82歳。「発酵っておもしろうて、毎回違う糀ができる。だから、やめられんがよ」
生涯現役|高知・四万十町「井上糀店」井上征子
2025.04.24

text by Kasumi Matsuoka / photographs by Taisuke Tsurui
連載:生涯現役シリーズ
世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。
井上征子(いのうえ・せいこ)
御歳82歳 1943年(昭和18年)2月28日生まれ
高知県高岡郡四万十町生まれ。四人姉妹の長女として、代々糀店を営む家に生まれる。二人の娘の子育てが落ち着いた30代後半で、6代目として家業を継ぐ。2011年、現在7代目として切り盛りする次女が帰郷したのを機に、代を譲る。現在は仕込みなどを手伝いながら、娘をサポートする。趣味は60歳を過ぎて始めたフラダンス。健康のためのプール通いも10年以上続けている。
(写真)仕込み中の井上征子さん。蒸しあがった米を広げて冷まし、糀菌を混ぜ込む。人の手によって、手間を惜しまずつくることで、発酵の力が最大限に引き出された糀ができあがる。文政元年(1818年)の創業から、薪や釜戸を使った昔ながらの製法を守り続けている。
私で6代目。総勢13人で
ワイワイ楽しく作りゆうよ
うちは200年以上前から、ここ四万十で糀を作りゆう。糀の仕込みは、代々受け継がれてきた釜戸で、一度に120キロ(8斗)の米を蒸し上げるところからスタート。蒸しあがった米は広げて冷まして、こうやって人の手で満遍なく、麹菌を混ぜ込む。その後、「室板(むろいた)」(木製の容器)に麹菌を種付けした米を盛って、糀菌を発酵させるために温度管理してある「糀室(こうじむろ)」で二晩寝かせるがです。
糀作りは、この温度管理が特に大事で、一定の温度に保つことが必要ながよ。暑過ぎると発酵が進んでべちゃっとなるし、かといって寒過ぎても発酵が進まん。寒い冬場はストーブを使って温度管理するけど、これはもう、失敗を重ねながら培ってきた長年の勘が物を言うところやね。発酵って面白うて、季節や天気によっても、毎回違うものができあがる。コントロールできんところが難しさであり、面白さでもあるね。
私はここで生まれ育って、ここで子育てもして、今もここに住みゆう。小さい頃から、糀作りの風景がすぐそばにある中で暮らしてきた感じやね。昔は兼業農家として、田んぼでお米を育てながら糀を作りよったがよ。私は子育てが落ち着いた30代の終わり頃から70歳ぐらいまで、6代目として糀作りをしよったけど、少しずつ体力がなくなってきて、今は少し仕事をペースダウンさせてもろうちゅう。けど、仕込みは今も手伝いゆうよ。
糀と味噌は年間を通して作りゆうけど、仕込みの最盛期は、お米が取れる10月頃から3月ぐらい。味噌も“寒仕込み”になる冬場の仕込みがメインやけど、寒い時期は雑菌が繁殖しにくく、季節が進むにつれて、自然に発酵してくれるきね。仕込みは朝9時からみんなで始めて、2時間ぐらいで終了。終わったらコーヒーを淹れてみんなで休憩して、袋詰めの作業をする人もおれば、午前中で帰る人もおる。従業員は親族を中心に、総勢13人で楽しゅうやりゆうよ。
食事はやっぱり、普段から発酵食品をよう食べるね。朝は甘酒と豆乳を入れたスムージーが定番。野菜と果物はバナナ、リンゴ、人参、レモン、小松菜を入れるのがお決まりで、これを飲むと腸の調子がええんよ。それに小豆と米糀を煮た「発酵あんこ」をつまんだり、徳島に住みゆう長女から送ってもらう鳴門金時芋をつまんだり。
昼は具沢山の味噌汁とご飯、おかずが多いかな。季節の野菜をもらうことが多いき、その時々にあるものでこしらえる。人参をたくさんもらったらカレーにしたり、菜の花をもらったらパスタにしたり。野菜を買うことはあんまりないね。
夕食は6時〜7時くらい。いろんなものを食べるけど、肉より魚が多いかな。冬場は塩糀を使って鍋をすることも多いよ。塩糀と味噌たまり(味噌の発酵・熟成中にできる味噌の表面にたまる醤油のような液体)でスープの味付けをして、野菜やしゃぶしゃぶ肉を入れて食べるとおいしいがよ。
娘が7代目を継いでやってくれゆうがは、頼もしいし嬉しいね。私もこれからはゆっくりしたいところやけど、今はゆるめに仕事させてもらいゆうき、これぐらいのペースがちょうどいいかな。一人で籠もっておるより、みんなと世間話しながら、ワイワイ楽しく作業しよったほうが元気でおれると思うき。今ぐらいのペースで続けられたら一番ええなと思いゆうよ。

毎日続けているもの「糀」
◎井上糀店
高知県高岡郡四万十町六反地21
☎0880-222-8210
9:00~18:00 土日祝休
JR四国土讃線六反地駅より徒歩8分
https://inoue-kouji.com/
■ご意見・情報はメールで(info@r-tsushin.com)
(料理通信)
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