海の森を守るため“海藻の新しい食文化”をテストキッチンから発信
「シーベジタブル」友廣裕一、石坂秀威
2022.03.07
text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo
昆布、海苔、わかめ、ひじき、寒天……日本には世界に誇るべき海藻食文化があると私たちは思っている。「でも、そこで止まっている。そして、そこに留まっていられない現実がある」と友廣裕一さん。彼がオーガナイズする「シーベジタブル」は“海藻の新しい食文化”を世に送り出そうとしている会社だ。海藻の種苗培養殖の研究者、海藻調査・分類の第一人者、水質分析や設備開発の専門家など、少数精鋭のスペシャリストが携わる。昨秋、料理人の石坂秀威(しゅうい)さんが加わって、新たな海藻の生産から食べ方の開発まで一気通貫での新しい海藻の食文化をつくっていく動きを本格稼働させた。
海藻の食べ方は昭和で止まっている。
中目黒駅から徒歩3分の高架下に、シーベジタブルのテストキッチンはある。常駐するのは料理開発担当シェフの石坂秀威さん、元「INUA」の料理人だ。惜しまれつつクローズしたINUAは、ご存じのようにガストロノミーの潮流を生み出してきた「noma」のDNAを受け継ぐレストラン。石坂さんの身体にもそのDNAは流れる。
シーベジタブルに加わったのは昨秋だが、海藻との向き合いはINUA時代から。というのも、INUAで使われる海藻の種類は突出して多く、調理法も独創的だった。
「日本の海域は、暖流と寒流がぶつかり合い、複雑な海岸線と岩場や浅瀬も多いことから、藻場ができやすく、1500種以上の海藻が生息していると言われています。にも関わらず、私たちが食べているのは100種にも満たない。海藻の大半が自然採取で、分布がまばらなため生産量がまとまらず、流通に乗らなかったせいでしょう。しかも食べ方は昭和のまま。こんなに食が多様化し、調理技術は進化しているのに」と、友廣さんは海藻を取り巻く状況を語る。
「アオノリ(乾燥)の成分は約30%がタンパク質です。それは大豆(乾燥)よりやや少ないくらいの含有量。つまり、アオノリで醤油も作れれば、味噌も作れる」と石坂さんは海藻の活用度の高さに太鼓判を押す。
取材時にキッチンで試食させてくれたのは、ロースト昆布塩、ヒジキの麦塩麹漬け、ベルガモット塩蔵ヒジキ、イロロの青唐辛子酢漬け、トサカノリのかんずり漬け、ハバノリ蕗味噌、アオサのコンブチャ、ハバノリ醤油、アオノリ味噌、アオサハニー、アオノリミルク。いずれも味の完成度が高い。
思い浮かべてみてほしい。海外ではオリーブのピクルスをそのまま酒のつまみにもするし、料理にも使う。サラダやパスタにアクセントとして加えたり、刻んでソースにすれば、煮込みにも入れる。ピクルスにすることで使い方が拡張されるわけだ。日本では海藻が刺身のツマに使われるが、何の味も付いていないことが多い。結果、刺身だけ食べられてツマはそっくり残される。オリーブの例を参照すれば、海藻になんらかの調味加工を施したなら食材としての可能性は広がるはず。ということを、石坂さんは示唆している。
石坂さんはさらにそれらをガストロノミックな料理へと展開していく。
それはアワビとアオノリの養殖から始まった。
シーベジタブルの根幹である海藻の生産は、海藻研究一筋の蜂谷潤さんが担う。
「彼は海に潜るうちに海藻の減少に危機感を覚えて、高知大学農学部栽培漁業学科(現在の農林海洋科学部に相当)に進学したという人物です。進学後、研究のために室戸岬へ行くと、室戸の海にすでに海藻は激減し、かつて特産だったアワビもいなくなって地元の人たちが嘆いていたのに出会った」と友廣さん。
そこで蜂谷さんは大学在学中に事業プラン「海洋深層水を活用したアワビ類及び海藻類の複合養殖」を引っさげて学生を対象にしたビジネスプランコンテスト「キャンパスベンチャーグランプリ」に応募。見事優勝する。2009年のことだ。そのチャレンジを友廣さんが手伝ったのが、現在のシーベジタブルの出発点と言えるだろう。
プランの実装に取り組むものの、アワビは1年に約2cmと生育に時間がかかる。一方、餌として育てるアオノリは1日で2倍に増える。アワビ養殖のビジネス化が難航していたところ、アオノリの主産地である吉野川や四万十川の河口部の水温の上昇に伴って生産量が激減、思いがけずアオノリへのニーズが高まった。お好み焼きやポテトチップスなどアオノリがマストな業界のメーカーから熱烈な生産要請が入る。
「その頃には世界初となる地下海水を利用したアオノリの陸上養殖の技術を確立して、安定的に供給できる目処が立っていました」
2016年、蜂谷さんと友廣さんは合同会社シーベジタブルを設立。要望に応える形で生産拠点を増やし、アオノリ以外の海藻の養殖にも取り組むようになった。現在、生産拠点は、高知県の他に、岩手県陸前高田、三重県尾鷲、愛媛県今治、熊本県天草など各地に点在している。
海の砂漠化を防ぐ手段のひとつとして。
「僕たちが、アオノリの生産に留まらず、新しい海藻の食文化をつくっていく動きを始めたのは、海藻のフィールド調査・分類の第一人者として知られる新井章吾さんが加わってくれたことも要因のひとつ」と友廣さんは言う。
「新井さんは、日本で海のアセスメント調査がなされる際には、多くの現場で海藻の専門家として参加してきた人物。45年前から国内外で多い時には年間250日以上海に潜って調査をしてきたキャリアを持ち、日本の海域のどこにどんな海藻が生息しているかを把握している。新種の海藻の発見も多く、共著を含めると200本以上の論文が書かれているようです」
新井さんは長年、海の森が消失する磯焼けの調査にも取り組み、海底の実態をつぶさに知る立場から折にふれて警告を発してきた。
「海水温の上昇によって、海藻を食べる魚、たとえばアイゴやウニなどの生育範囲が広がったこと、摂餌(せつじ)活性が上がっていることなどが原因で、海藻の森がたった数年で砂漠化した地域もある」
新井さんが発してきたメッセージを伝えることも自分たちの役割と友廣さんは考える。
「海藻がなければ、魚も生息しにくい。藻場はまさに“海のゆりかご”なんです」
海底に海藻が繁殖できないのであれば、海面養殖に取り組むべきではないか。新井さんと多くの海に潜りながらたどり着いた仮説から、シーベジタブルでは陸上養殖だけでなく海面養殖にも力を入れる。
「従来、海面養殖は、海苔・わかめ・昆布など、安定して大きな需要のある海藻でしか行われてきていない。もっと多種類の海藻でも取り組めば、藻場がなくなってしまった海域にも海藻がある状態をつくれて、海の生態系に多少なりとも良い影響を与えられるのではないか? 今、僕たちは各地の漁業者と連携しながら、様々な時期と海域で、多種多様な海藻の生産を広げています」
その意味でも、料理開発は重要だ。
「新しい海藻食文化が広がれば、海藻の多様なニーズが生まれ、海面養殖を推進しようとの気運も起こるでしょう。いろんな海域で海藻を育てる可能性ができる。」
海藻ムーブメントを起こしたい。
「新井さんから『日本で一番いろんな種類の海藻を使っているのがINUAの料理人だと思うよ』と紹介されたのが石坂でした。蜂谷と2人で初めてINUAを訪ねた時、彼がヒロメのミルフィーユを作ってくれたのですが、あまりのおいしさに2人で半泣きになった。海藻がおいしいスイーツになるなんて想像したこともなかったので」
友廣さんは「食べる」という行為が持つ力を再認識する。“食べる”と“育てる”は両輪だ。“海藻の多様性を活かし切れていない食の現場”と“海藻が枯渇しかけている生産現場”を石坂さんがつないでくれるのではないか。人々が食べる海藻の種類や量が広がれば、定番の海藻以外も生産することができる。新井さんが熟知する「食べられるのに食べてこなかった海藻」や「いつしか食べられなくなってしまった海藻」の出番が増えて、海藻の世界が活性化されるだろう。
「ここで僕がやることは、今まで誰もやっていないことかもしれないし、誰も調理したことのない食材かもしれない。そんな面白さがありますね」と石坂さんは言う。
今、ガストロノミーが力を注ぐのはイノベーションだ。気候変動、食糧危機、生物多様性の危機といった社会課題の解決に結び付くような調理法や加工法の開発に邁進する。発酵が世界的なブームになった背景には、食材の可食部を増やす、消費期限を延ばす、食材ではなかった動植物を食材にするといった意味もある。石坂さんの役割はそれに等しい。
「海藻の天敵、アイゴの調理法の開発もミッションのひとつです」
アイゴは背ビレに毒があり、放置するとアンモニア臭が発生する嫌われ者。市場で値が付かない。網に掛かってもリリースされる。アイゴを捕食するアオリイカは人気で捕獲されるから、ますますアイゴが増え、海藻は減る。
「でも、新鮮な状態で使う分にはネガティブな要素はないんですよ」と石坂さん。アイゴで取るだしをすでに開発済である。
樹木など陸上で吸収・貯留される炭素「グリーンカーボン」に対して、海藻など海洋生物により吸収・貯留される炭素を「ブルーカーボン」と称して、2009 年作成の国連環境計画(UNEP)の報告書に CO2吸収源として盛り込まれた。藻場には世界的に熱い眼差しが注がれる。海藻の枯渇を防ぎ、海藻の新しい食文化をつくり出すことは、地球の未来を救うことにつながる可能性がある。
「最近、インスタグラムでテストキッチンのアカウントを作って発信を始めました。nomaの発酵ラボが世界の発酵ムーブメントを牽引したように、このテストキッチンから海藻ムーブメントをつくっていきたいと思っています」
友廣 裕一(ともひろ・ゆういち)
1984年生まれ、大阪出身。早稲田大学卒業後、全国70以上の農山漁村を訪ねる旅へ。各地の暮らしに寄り添いながら、どんな人たちがどんな想いで生きているのかを学ぶなかで、2009年に蜂谷潤さんと出会う。室戸での活動に加えて、東日本大震災以降は一般社団法人つむぎやを立ち上げ、宮城県石巻市・牡鹿半島のお母さんたちと浜の弁当屋「ぼっぽら食堂」や、鹿の角を使ったアクセサリー「OCICA」などの事業も運営してきた。
石坂秀威(いしざか・しゅうい)
1988年生まれ、シドニー出身。「QUAY」「Bennelong」などの有名店で修業。オーストラリアのU30の料理コンテストで優勝後、「INUA」の立ち上げに際して来日。スーシェフとして料理開発を担当。リサーチトリップを頻繁に行ない、様々な食材を使って基礎調味料から作り上げる。ドラマ『グランメゾン東京』の料理開発の一部も担当。多種類の海藻を使用して新しい切り口の料理を生み出している。
◎シーベジタブル
https://seaveges.com/
◎オンラインストア
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