南雲 主于三さん(なぐも・しゅうぞう)
ミクソロジスト
2020.06.01
バー以外にもカクテルの場を創る
構想2年。開店目前で、コロナ禍に見舞われた。バーテンダー、南雲主于三さんが、カカオをテーマにした新業態のバー「memento mori」を開こうとした矢先のことだ。
南雲さんは、「あらゆる食材をカクテルに昇華させる」というテーマのもと、「ミクソロジー」が日本に浸透していなかった頃から、前衛的なカクテルを提供してきた。
2017年からは、お茶のカクテル、焼酎カクテルの各専門バーを創り、第一人者として新ジャンルを確立させてきた。
現在営むバーは、八重洲、赤坂、銀座など都心に5店舗。社員は21人。コロナ禍での営業自粛は多大な負担となってのしかかってきた。だが、「お客様のリスクになってはいけない」と3月には営業自粛を決意。すぐ取り組んだのは、同業者のための助成金や給付金にまつわる的確な情報発信だった。
南雲さんは、「あらゆる食材をカクテルに昇華させる」というテーマのもと、「ミクソロジー」が日本に浸透していなかった頃から、前衛的なカクテルを提供してきた。
2017年からは、お茶のカクテル、焼酎カクテルの各専門バーを創り、第一人者として新ジャンルを確立させてきた。
現在営むバーは、八重洲、赤坂、銀座など都心に5店舗。社員は21人。コロナ禍での営業自粛は多大な負担となってのしかかってきた。だが、「お客様のリスクになってはいけない」と3月には営業自粛を決意。すぐ取り組んだのは、同業者のための助成金や給付金にまつわる的確な情報発信だった。
バー業界全体が生き延びるために
具体的で有益な情報は、南雲さん個人のSNSで毎日何度もつぶさに発信された。
「日々状況が変わり、情報が錯綜していました。保証制度を知らないがゆえに動けない人が多数出てもおかしくない。バー業界が死滅してしまう可能性すらある。こんな時こそ、個ではなく全体が助かる道を考えるべきだと、僕なりに情報共有しました」
間髪入れず、次の行動に出た。4月、国税庁から期限付き酒類小売業免許が飲食店に付与され、酒のテイクアウト販売が可能になった。だが、バー業態の要とも言える
「混成してつくる酒」=カクテルは、認可されていなかった。収入が見込めず、固定費の支出だけが続く。死活問題だ。そこで南雲さんは、署名を集めて国税庁へ嘆願書を持参し、カクテルのテイクアウト販売の認可を求めた。すべては認められなかったものの、所轄官庁と折衷案を探ることができた。そのまとめを皆に共有したのだった。「思いついたら動かずにいられませんでした。飲食店と違い、バーには戦える武器がない。知恵の出し合いが大事だったんです」
新しい武器として、小分けにした材料を混ぜれば、自宅で失敗なくカクテルが完成するキットを販売。その武器を少しでも強化し、かつ愉しんでもらえるものにしようと、イタリア料理人・奥田政行さんの料理を合わせたペアリングセットもつくった。販売が落ち込む酒蔵との話し合いからは、注ぐだけで愉しめる「ボトルドカクテル」を監修し、商品化にこぎつけた。
「日々状況が変わり、情報が錯綜していました。保証制度を知らないがゆえに動けない人が多数出てもおかしくない。バー業界が死滅してしまう可能性すらある。こんな時こそ、個ではなく全体が助かる道を考えるべきだと、僕なりに情報共有しました」
間髪入れず、次の行動に出た。4月、国税庁から期限付き酒類小売業免許が飲食店に付与され、酒のテイクアウト販売が可能になった。だが、バー業態の要とも言える
「混成してつくる酒」=カクテルは、認可されていなかった。収入が見込めず、固定費の支出だけが続く。死活問題だ。そこで南雲さんは、署名を集めて国税庁へ嘆願書を持参し、カクテルのテイクアウト販売の認可を求めた。すべては認められなかったものの、所轄官庁と折衷案を探ることができた。そのまとめを皆に共有したのだった。「思いついたら動かずにいられませんでした。飲食店と違い、バーには戦える武器がない。知恵の出し合いが大事だったんです」
新しい武器として、小分けにした材料を混ぜれば、自宅で失敗なくカクテルが完成するキットを販売。その武器を少しでも強化し、かつ愉しんでもらえるものにしようと、イタリア料理人・奥田政行さんの料理を合わせたペアリングセットもつくった。販売が落ち込む酒蔵との話し合いからは、注ぐだけで愉しめる「ボトルドカクテル」を監修し、商品化にこぎつけた。
皆が助かる手段を探す――この原動力は、どこから湧いてくるのだろうか?
「父親の存在が大きいのかもしれません」
南雲さんが26歳の時に他界した父は、精神科医で正義の人だった。重く閉鎖的だった精神病院を、物理的にも対外的にも明るく広げた。過労死の意見書を裁判所に書き、企業の責任が問われるようにした人でもある。公に対する憤りや自分ができることへの使命感に、大きな影響を与えたのだった。
「父親の存在が大きいのかもしれません」
南雲さんが26歳の時に他界した父は、精神科医で正義の人だった。重く閉鎖的だった精神病院を、物理的にも対外的にも明るく広げた。過労死の意見書を裁判所に書き、企業の責任が問われるようにした人でもある。公に対する憤りや自分ができることへの使命感に、大きな影響を与えたのだった。
活路はオンラインとリアルの行き来
新しい生活様式となった今、バーはどうやって生き残っていけばよいのか。
南雲さんは言う。「お客様が僕らのフィールド(=バー)に来られないなら、こちらから出向くことを考えなければ」。大事なのは、マスよりも言葉が届くファンをつくることだ。そのために求められるのは、オンラインとオフライン、デジタルとアナログを行き来すること。具体的な取り組みの一つが、インスタライブでの無償のオンライントークである。カカオ生産者やスペシャリストとの共同配信は、これまでにない新しいバーの認知を深め、好奇心を刺激する。
有償のオンライン上のバーテンダースクール開校の構想も実現間近だ。
「メイキングの技術や知識の教育は、基本的に反復学習に頼るところが大きく、むしろオンラインが向いていると思います。ウェブセミナーとお酒のキット販売をセットにするといったことも考えられます」
ただし、究極のアナログともいえる「飲むこと」だけはリアルでしか成しえない。
とくに、カカオパルプやニブとボタニカルと合わせるカクテルは、カカオ=チョコレートという単純な概念を吹き飛ばす新しいジャンル。バーでは、細やかな説明を添えて知的好奇心を満たし、香り、味わい、ホスピタリティと五感に訴える悦びをしみじみと感じさせる。そのかけがえのないリアルな場を守るために、オンラインでも提供できる価値を探ることが必要なのだ。
「テイクアウト販売にしても、それを日常化するのに大事なのは、情報をシェアしてより多くの人に認知してもらうことです」
そう語る南雲さんの会社「スピリッツ&シェアリング」の意味は、「魂の共有」。技術も知識もシェアしていく想いが込められている。一人が助かる道ではなく、「誰のために何をするべきか」を想うバーは、顧客と心を通わす、魂の共有の場でもある。
南雲さんは言う。「お客様が僕らのフィールド(=バー)に来られないなら、こちらから出向くことを考えなければ」。大事なのは、マスよりも言葉が届くファンをつくることだ。そのために求められるのは、オンラインとオフライン、デジタルとアナログを行き来すること。具体的な取り組みの一つが、インスタライブでの無償のオンライントークである。カカオ生産者やスペシャリストとの共同配信は、これまでにない新しいバーの認知を深め、好奇心を刺激する。
有償のオンライン上のバーテンダースクール開校の構想も実現間近だ。
「メイキングの技術や知識の教育は、基本的に反復学習に頼るところが大きく、むしろオンラインが向いていると思います。ウェブセミナーとお酒のキット販売をセットにするといったことも考えられます」
ただし、究極のアナログともいえる「飲むこと」だけはリアルでしか成しえない。
とくに、カカオパルプやニブとボタニカルと合わせるカクテルは、カカオ=チョコレートという単純な概念を吹き飛ばす新しいジャンル。バーでは、細やかな説明を添えて知的好奇心を満たし、香り、味わい、ホスピタリティと五感に訴える悦びをしみじみと感じさせる。そのかけがえのないリアルな場を守るために、オンラインでも提供できる価値を探ることが必要なのだ。
「テイクアウト販売にしても、それを日常化するのに大事なのは、情報をシェアしてより多くの人に認知してもらうことです」
そう語る南雲さんの会社「スピリッツ&シェアリング」の意味は、「魂の共有」。技術も知識もシェアしていく想いが込められている。一人が助かる道ではなく、「誰のために何をするべきか」を想うバーは、顧客と心を通わす、魂の共有の場でもある。