HOME 〉

PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

80歳。「匿名にならざるを得ないミルクの名を、もっと世に知らせたい」

生涯現役|東京・吉祥寺「武蔵野デーリー」木村義之

2025.05.16

text by Michiko Watanabe / photographs by Masahiro Mitsui

連載:生涯現役シリーズ

世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。


木村義之(きむら・よしゆき)
御歳80歳 1945年(昭和20年)4月19日生まれ

吉祥寺生まれ、吉祥寺育ち。子どもの頃から牛乳が大好きで、ご飯に牛乳をかけて食べていたほど。現在、3代目となる息子の充慶さんとともに店を営む。牧場巡りをしながら、牧場主と対話し、それぞれの牧場の理解を深めると同時に、接客に生かしている。かつて、スキューバダイビング、アーチェリー、釣りなど趣味は多彩だったが、今はミルク一筋。

(写真)店頭に立つ木村義之さん。牛乳屋に生まれ、業界を見つめてきた木村さんが温めてきた夢が、自然放牧の牛乳を集めたミルクスタンドを開くこと。ひとたび牧場の話になると止まらない牛への愛。立ち寄った際には、ワインを味わうように、木村さんの話に耳を傾けながら、一杯に込められた作り手や農場の景色を感じながら楽しみたい。


牛乳の自販機販売は
日本でウチが一番早かったんですよ

牛乳屋は私で2代目。創業は100年ぐらい前になります。
昔は家庭配達がほとんど。そう、瓶牛乳でね。ところが、スーパーの出現で、牛乳を取り巻く状況が大きく変わっちゃった。対抗策じゃないけど、学校とか病院とかに自販機を置かせてもらって販売するようにしたんです。当時は殺菌技術が稚拙だったためにトラブルが多かったけど、どんどん改良されていった。牛乳の自販機は日本でウチが一番早かったんですよ。

昔から牛乳が大好きで、車やオートバイで地方の牧場巡りしてたんです。牧場で牛乳を飲むと、すごくおいしい。おいしさの秘密は何だろうと探ったら、結局、「放牧」ということだった。牛はもともと自然の中で育っていたわけだから、その状態が一番いいわけですよね。調べてみたら、放牧している牧場は全国各地にあった。牧場主はそれぞれ、強いこだわりがあり、愛情をもって牛を育てている。牧場によって、品種も違えば飼料も育て方も異なるから、味に違いが出てきます。そういう放牧で育てられた牛のミルクのおいしさをもっともっと知ってほしい。そんな思いが募ってきた。10年ぐらい前のことです。ただ、このときはまだ、機が熟していなかった。

時を経て、牛乳が大嫌いで、家業を継ぐ気がなかった息子はサラリーマンになったんですけど、ある時北海道の放牧で育った牛のミルクのおいしさに目覚めて、牧場巡りをするようになった。いま、170ヵ所ぐらい行ってるのかな。私より多くなっちゃった。

彼は、社会情勢に敏感な業界にいるから、俯瞰で物事を見ることができる。「自然循環や自然環境に関心を持つ人が増えていく中で、うまくブランディングできれば、私の思いが伝わるんじゃないか」と言ってくれて、いろんな牧場を回って契約をとってきてくれた。そして3年前に一緒にミルクスタンドをオープンしたんです。

多くの牧場主は、強い信念を持って愛情を注ぎながら育てていて、できれば自分の牧場の名前で売りたいと考えています。ただ、流通が整っていないがために、どうしても組合に頼って、他の牛乳と一緒になって匿名にならざるを得ない。うちなんて微々たるもんですけど、単一の牧場から届けてもらい、牧場の名前で販売しています。遠方の牧場からはクール便で空輸し、到着までに1日はかかる。賞味期限も短いですから、なるべく早い日数で売りきらなくてはいけない。当然、売り値は他のところより何倍も高くなる。だから、いかに付加価値をつけるかも大事です。

いまは、土日だけの営業です。毎月テーマを決めて、訪ねた中でおいしいと感じた3つの牧場のミルクの飲み比べをお出ししています。ミルクって、こんなに個性的だったのかと思っていただけるはず。そして、こんなにおいしいのかと驚かれるはず。うちのミルクを飲んで、嫌いだったのに好きになった子も多いんですよ。

朝5時頃起きて、金曜日は依頼していた牛乳が来るので、販売の準備に8時〜夕方まで仕事。料理は何でもできるので、自分で作って食べます。外で食べるより、自分で作って食べたほうがおいしい。料理は得意でね、なんでも作りますよ。金曜日は賄いの買い出しに行って、土日はバイトの子のためにいろいろ作ります。なにしろ、彼は僕の4倍ぐらい食べますから(笑)。それもまた楽しみなんです。

昨夏からは地下に工房を作って、牛乳を低温殺菌して製品化したり、グリークヨーグルトを作ったりしています※。自分で製品化することができる牧場はほんのひと握り。でも、いつか6次までやりたいと思っている牧場はたくさんあります。ここが、そのきっかけになればと。ともかく、カードに書かれた1軒1軒の牧場のストーリー(僕も話します)を読みながら、味の違いを確かめてみてください。ミルクのそのおもしろさにハマると思います。

※「CRAFT MILK’S PROJECT」_店舗地下の工房「CRAFT MILK LAB」にて、これまで製品化されてこなかった牧場の牛乳やヨーグルトなどを、牧場単位で製造・販売する取り組み。

月替わりで3種セレクトされる「今月の牛乳」。「3種飲み比べセット」(¥800・税込)。左から北海道・喜茂別「牧場タカラ」、神奈川・山北「薫る野牧場」、沖縄・名取「きゆな牧場」。そのほか温めた状態で楽しめる「熱燗ミルク」や、近隣のコーヒーショップやティースタンドとコラボレーションしたミルク出しコーヒーやミルク出しほうじ茶のほか、熊本のなかはた農園とコラボしたイチゴミルクなど、オリジナルドリンクも楽しめる。  
ミルク名を記したカードの裏には、産地情報の詳細を記載。


毎日続けているもの「牛乳

◎武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND
東京都武蔵野市吉祥寺本町2-25−2
8:00~16:30
土曜、日曜のみ営業
JR線吉祥寺駅から徒歩7分
https://musashino-dairy.com/

◎CRAFT MILK’S PROJECT
全国のクラフトミルクから、アイスクリームやヨーグルトなどのプロダクトを作るプロジェクト。
詳細は以下リンクよりご確認ください。

■ご意見・情報はメールで(info@r-tsushin.com)

(料理通信)

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。