【食のプロの台所】八ヶ岳の森に引き込んだフランス製キャンピングトレーラー
料理写真家・小林キユウ
2025.05.19

text by Noriko Horikoshi / photographs by Kiyu Kobayashi
連載:食のプロの台所
台所は暮らしの中心を占める大切な場所。使い手の数だけ、台所のありようがあり、その人の知恵と工夫が詰まっています。お邪魔したのは八ヶ岳の森に引き込んだキャンピングトレーラー。料理写真家・小林キユウさんのセカンドハウスです。
小林キユウ
写真家。長野県茅野市生まれ。新聞記者を経て1998年よりフリーの写真家に。料理やアウトドア関連の撮影を多く手掛ける一方、社会派ルポルタージュの著作も上梓。2017年より八ヶ岳山麓にキャンピングトレーラーを構え、デュアルライフを実践中。著書に『キャンプで淹れる美味しい珈琲』(誠文堂新光社)、『焚き火とフライパン』(山と溪谷社)。
https://www.kobayashi-kiyu-photo.com/
(TOP写真)
手狭さ加減が妙に心地よい、トリガノ社「スターレット」の車内。あえて電気も水道も引かず、照明はランタン、冷蔵庫とコンロはボンベ式のガスが動力源。家族で過ごす週末は、パスタやスープなど、手の込んだ料理も食卓に。
山と小屋熱、いまだ冷めやらず
横浜の自宅から月1回、少なくとも2日間は山へ。そんな生活に切り換えて2年になる(2019年当時)。セカンドハウスは、90坪の敷地に引き込んだフランス製キャンピングトレーラー。ここで家族と過ごす週末もあれば、ひとり平日に車を飛ばして来ることも。八ヶ岳南麓の、しんと静もった森の中。腐葉土の匂い。紅茶を沸かし、蓄電器につないでラジオを聴き、ぼーっと“車窓”を眺め、気がつくと2時間以上が経っている。
「山国育ちだから。山には“行く”というより、“帰ろう”という感覚ですよね」。とりわけ好きなのが八ヶ岳という。家から、校舎の窓から、いつも眺めて育った山。高校、大学で登山を覚え、自分の足で登って、思慕はさらに募った。しかし、このトレーラーハウスには、また別の愛着のタネがある。
小さいながらも3口コンロ付きのキッチン、ダイニングもベッドも、すべてが三歩幅で届く近さにあるコンパクト感だ。「そもそも狭い所が好きなんです、子供の頃から。押入れとか、テントとか、寝台車とか。カプセルホテルも大好き(笑)」
昔ロシアを旅した時、あちこちで目にした「ダーチャ」も、そうだった。別荘とは名ばかりの質素な小屋。雄大な自然のほかは何もない。何もしない。でも、人々は満ち足りて寛いでいる。憧れた。いつか、自分もきっと。遠い旅先で灯った“小屋熱”が、今も熾火のように燃え続けている。


(雑誌『料理通信』2019年12月号掲載)
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