「すべての人に手工業を!」パン職人不足を解消するドイツの職業訓練施策
Germany [Berlin]
2025.07.14

text by Hideko Kawachi
ベルリン「バックプファイフェ」で働くワエル・ゼフゼフさん(左)と同僚のティモ・ギーツさん。ワエルさんは耳が聞こえないが、手話を使ってコミュニケーションを取る。
ドイツのパン業界の人材不足には、長らく警鐘が鳴らされてきた。パン職人を目指す人も減少の一途を辿っていたが、2024年、職業訓練生の数が15年ぶりに上向きに。増加の背景には、SNSを使った幅広い広報活動の他、2020年に施行された専門人材移民法による海外からの研修生の採用や、多様な人材が一緒に働ける体制づくり(インクルージョン)の効果もあるようだ*。
その好例が、ベルリンのパン店「バックプファイフェ(Die Backpfeife)」である。店内にイートインスペースもなく、お客が4人も入ればいっぱいになる小さな店。大きなガラス窓から職人がパンを作る様子が見え、いつも焼きたてパンのいい香りが漂う。

工房で働くスタッフの1人が、チュニジアから来たワエル・ゼフゼフさんだ。彼は耳が聞こえないが、見習いを経て、いまや店に欠かせない職人となっている。母国では多くの差別を経験し、手話がより広まっているヨーロッパを目指したというワエルさん。バックプファイフェが拠点を置くカルチャー施設で清掃の仕事をしていた縁で、同店で働くことになった。
「ワエルをサポートする人からうちの店で見習いができないかという問い合わせがあって、すぐOKしました」とオーナーのマッティス・ハーぺリングさんは言う。
「当時は、私もスタッフも手話ができなかったけど、ワエルに好感を持っていたし、一緒に働きたいと思ったんです」
ドイツでは障がいを持つ訓練生の給与に補助金が出る他、労働局や統合局からのサポートで職業訓練校の授業に手話通訳をつけることもできる。工房のスタッフはワエルさんを含めて3名。皆が手話を覚え、仕事に必要な言葉はもちろん、今では日常会話も皆が手話で行なっている。オーブンはブザー音で焼き上がりを知らせるタイプだったため、スマートウォッチの振動アラーム機能を使うなどの工夫も行った。
国の支援体制にはとても感謝しているというマッティスさんだが、職業訓練校にはインクルーシブ教育をより進めてほしいと望んでいる。
「理解のある教師ももちろんいますが、大人数のクラスで聴覚に障がいを持つのはワエルだけ。彼は故郷でもパンをよく焼いていたそうで、実技は完璧でしたが、理論を学ぶのは苦労したようです。早くて情報量が多い授業で、ドイツ語でノートを取るのも外国人には簡単ではない。それに手話通訳がいても、専門用語を表す手話がないんです。グルテンが通じなくて“麺“を表す手話で代用したり、サワードウは“酸っぱい“と言っていました」とマッティスさんは笑う。

苦労の甲斐あって、ワエルさんは昨年、無事に職人(ゲゼレ)試験に合格した。チュニジアの食文化との交流も考えているというマッティスさん。バックプファイフェの今後の展開が楽しみだ。

◎Die Backpfeife
Holzmarktstraße 25, 10243 Berlin
8:00~19:00(日曜~16:00)
月曜休
https://www.instagram.com/die_backpfeife/
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