パリの美食家が選び取るのは、日本人シェフによる正統派フランス料理店
France [Paris]
2026.02.12
text by Sakurako Uozumi
「仔牛内もも肉のロースト、アルマニャック風味の仔牛のソース、キノコ添え(Noix de veau rôti, jus à l’Armagnac, champignons)」。仔牛の中でも特に上質な赤身の内もも肉は、内部温度を見極めながら丁寧にローストし、柔らかさと張りを併せ持つ状態へと導く。アルマニャックが香る肉汁が、肉の甘味を引き立て、キノコの滋味が味わいに奥行きを与える。
近年のパリでは、かつての大衆食堂“ブイヨン”を現代的に再解釈した「予約不要・高回転・低価格」を掲げた店が、一つの潮流を形成している。一方で手間暇を要するソースの基礎に忠実な正統派フランス料理は、決して途切れることなく支持され続けている。SNSによって情報が過剰に拡散し、料理の表現が均質化しつつある現代においてこそ、フランス料理は、流行や視覚的な演出を忌避する経験豊かな食べ手たちによって、より厳しく選び取られていると言えるだろう。
16区の閑静な住宅街に2024年10月にオープンした「アルト(alt)」は、正統派の流れを象徴する1軒だ。掲げるテーマは“Voyage dans le temps(時の旅)”。懐古趣味ではなく、伝統的なフランス料理がもつ寛容さと誠実さを、現在形で捉え直す試みをしている。
オーナーシェフの青井和明氏は語る。
「特別なことはしていません。基本に忠実に火入れを行い、ソースを作る。それだけです」
料理はクラシックな構成を踏まえつつ、味わいは軽やかで明快。和食材を取り入れたり、新しさを装うことはない。技術と感覚の精度を磨き続けた先に、現在形のフランス料理が立ち現れている。
例えば「ポワロー・ヴィネグレット」は、ポワローの甘味を軸に、カニとそばの実を重ね、抑制の効いた構成で素材の力を引き出す。一方フォワグラのコンフィは、火入れと調味の精度がそのまま味の輪郭となり、記憶に残る1皿だ。
完全予約制で昼、夜それぞれ8席。料理人である妻スンミ氏がサービスとソムリエを兼ね、夫婦2人で切り盛りする体制は、規模を抑えることで料理に向き合う密度を高める選択でもある。
PRに頼らず、口コミから始まったこの店は、『フィガロ』『ル・モンド』『フーディング』といった、フランスの手厳しいメディアの料理欄で好評価を重ねてきた。流行に左右されず、削ぎ落とされた皿でこそ真価を見極める美食家たちに、その姿勢が正確に届いたのである。
◎alt
25, rue le Sueur 75116
☎+33.(0)1.45.00.13.05
12:00~14:00最終入店、19:00~20:30LO
土曜昼、日曜休
要予約(電話予約のみ)
Instagramのアカウント:@restaurantalt.paris