パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内
vol.30 サルデーニャ州ジェルジェイのワイン生産者
2018.09.27
左がステファノ・カザデイ。右が共同経営者のアルテミオ・オリアナス。
ジョージアの古式ワイン醸造に魅せられた父と娘
ステファノ・カザデイ(Stefano Casadei)と知り合ったのは20年前、トスカーナにあるトレッビオ城(Castello del Trebbio)で、詩の朗読や音楽を聴きながらワインを楽しむ会を催した時のことだった。
僕が、ピエモンテ州アレッサンドリア県で1992年に立ち上げた「クラブ・ディ・パピヨン(Club di Papillon)」が、当時のフィレンツェ県でも小さな消費者運動として歩みを始めるきっかけとなったイベントだ。
僕たちは、このフィレンツェの城の主である彼に殊のほかにもてなしを受けて感銘を受けたし、提供されたワインも旨かった。
その後、彼とは会う機会がないままにいたのが、昨年末に知り合いの女性がミラノで企画したアンフォラ醸造によるワインの試飲会に招かれ、出かけて行ったレストランで再会することになる。他のジャーナリストたちと一緒に座ったテーブルの向かいの席にステファノが娘のエレナ(Elena)と座っていたのである。
その夜の試飲会にはサルデーニャにある彼らのワイナリー「オリアナス(Olianas)」のワインも出されたが、スペクタクルと評するに余りあるほどのクオリティだった。そんなわけで彼について空白の20年を知るべく語り合い、夜は楽しく更けていった。
ステファノは、ワイン事業展開のエキスパートとして世界の隅から隅まで駆け巡る。その中でジョージアに行き、この国に足を踏み入れた者の多くと同様に、彼もアンフォラ(土製の甕)を用いた醸造法とその効果に憑りつかれてしまった。
彼は自身のワイナリーをトスカーナに2カ所、サルデーニャに1カ所を所有していて、生産するワインの一部にアンフォラ醸造を取り入れようと決めた。アンフォラで造ったワインを加えることで、ワインの個性がさらに豊かになると考えたからだ。
ここまでのストーリーは申し分ないのだが、ここでワインにもワイン造りにもそれまで全く興味のなかった娘のエレナが登場する。父親は娘にアンフォラを用いた醸造をやってみろと全面的に任してしまった。
「ワインについての知識は皆無だったの。だから苦労をした。そしてゼロから始めた私には最終的にやっぱりアンフォラしかないと気がついたわけ」
まずまずの収穫があったある年、父親は娘のアンフォラ醸造に満足してこう言った。
「よし!お前のヤツも他のアンフォラと同じようにアッセンブラージュに用いてもいいだろう」
「何ですって!?」エレナはぎょっとした。「ここまで苦労して造った自分のワインが、他のワインの中に消えるっていうの?」
エレナの激怒は尤もと、カザデイ・グループで生産するワインのうち10%はアンフォラ醸造のみで瓶詰めされることになった。こうしてサルデーニャ島の中心部、ジェルジェイ(Gergei)にあるこのワイナリーが表現したい顔の全てが勢揃いしたのである。
ここはどこ? 過去と現代と未来が交錯するブドウ畑
数カ月前、初めて現地に行ってみた。その場所にピッタリな言葉は「バック・トゥー・ザ・フューチャー」以外見つからなかった。つまり位置づけの難しい空想的な何かがあるのだ。
この場合、「回帰」は過去に存在していたものの追求であり、「未来」は近代化の新たなコンセプトに可能性を探る賭けを意味する。
僕がカリャリ(Cagliari)からサルチダノ(Sarcidano)地域にあるこのジェルジェイ村の農園に降り立ってみると、ステファノとアルテミオ・オリアナス(Artemio Olianas)というこの地区出身でフィレンツェでレストラン業を営む共同経営者の二人が選んだヴェルメンティーノ(vermentino)、ボヴァーレ(bovale)、カンノナウ(cannonau)、セミダーノ(semidano)といった品種の苗木が植えられた畑は、まるで世の中から切り離された世界で、そこに僕が空から降ってきたような気にさせる。
20ヘクタールの窪地に広がるオリアナス農園は、ブドウの木の成長に適した温暖なミクロ気候を生み、土作りでは空気を多く含ませようと馬に牽かせて耕起を行っている。これは同時に耕運機の重たい履帯が地表面を踏み固めるのも防いでくれる。
青々とした下草も同様にインパクトを抑えるためにガチョウや羊を放し、草を食べさせている。これらはステファノが自ら考案したビオインテグラーレ農法の一環だ。
さらにはジョージア産の素焼きのアンフォラが20個あまり眠る醸造所も圧巻だ。アンフォラと木樽、そしてステンレス槽で熟成されたカンノナウを飲み比べ、その効果を確かめた後だったからかもしれないが、扉を開けて中に入るとアンフォラ醸造独特の香りがしてワインの息遣いや熟成の鼓動を感じた。
「ミジュ(Migiu)」はセミダーノ100%の驚くべきワインだ。ローズマリーや薬草、あるいはアルコール漬けにしたミルトやアプリコットを思わせる。
ジェルジェイからさほど遠くないバルミニ(Barumini)には、サルデーニャ独特の石造りの建造物“ヌラゲ”の中でも最も大きなものがある。観光スポットとして注目も集まってきているせいか、品の良いB&Bもいくつかオープンしており、サルデーニャの伝統的パスタ、マッロレッドゥス(malloreddus)作りを体験させてくれたり、ペコリーノやフィオーレ・サルド(Fiore Sardo)などのチーズ作りを見せてくれもする。
ステファノやアルテミオの功績もあって、この地域にも元気な仲間が増えた。マッスラス(Masullas)の若きロベルト・マッチョーニ(Roberto Maccioni)は、優れたペコリーノチーズの数々を生産しているし、名の知られた料理人ロベルト・ペッツァ(Roberto Petza)は州都カリャリを離れ、バルミニ近くのスィッディ(Siddi)に移り住んだ。
クオリティ追求のペダルを踏んで、経済という車輪が回り出す。そんな地域活性化のストーリーが僕には何とも魅力的に映る。
「バック・トゥー・ザ・フューチャー」の信念をしっかり読み取ったワイン生産者が行くつく先は、必然的に大地とブドウの木への尊重で、それを得た者の心はブレることがない。
そんなことを考えながらサルデーニャの大地に乾杯すれば、そのグラスに注がれたワインがさらに旨くなる!そんな気持ちをWeb料理通信の友人たちとも分かち合えたらと思う。
パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
http://www.ilgolosario.it
DATA
TENUTA OLIANAS
Loc. Porruddu 08030 Gergei (CA)
Tel. +39 055 8300411
Fax +39 055 8300935
info@olianas.it
www.olianas.it
『イル・ゴロザリオ』とは?
photograph by Masahiro Goda
イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。
The Cuisine Pressの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べる」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。
この10年間、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、月1回の記事交換をそれぞれのWEBメディア、ilgolosario.itと、TheCuisinePressでスタートすることになりました。
南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。