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JOURNAL / JAPAN

日本 [東京] 

樋口敬洋シェフが発見する「東京宝島」の魅力

vol.2 手間をかけ、島の味に磨きをかける、神津島の人々。

2020.03.13

テグスには50個の釣り針が付いている。釣り針ひとつひとつに餌となる冷凍の真イカを装着していく。

太平洋に浮かぶ個性あふれる11の有人島、「東京宝島」。東京都の一部ではあるけれど、都市から遠く離れた島々では、いまも手間を慈しむ暮らしがごく当たり前に営まれています。
人気イタリア料理店「SALONE TOKYO」の樋口敬洋シェフが神津島で出会ったのは、島の味に磨きをかけようと、精魂込めて海と向き合い土地と向き合う人々でした。



島の漁師の創意工夫。

樋口敬洋シェフが神津島を訪れた日、島には猛烈な風が吹いていた。
神津島と言えば、キンメダイで知られる。真っ赤に輝くキンメダイの水揚げを目撃しようと楽しみにしていたが、時化て船が出ないため、叶わない。そこで漁師の浜川一生さんが自身の仕事場へと案内してくれた。

「キンメダイの釣り糸に餌を付けていたところです」と作業中の釣り道具を見せてくれる。
キンメダイは一本釣りだ。美しい姿に傷を付けないため、網では獲らない。50個の釣り針を付けた数十メートルに及ぶテグスを海に垂らして釣り上げる。浜川さんは、その釣り針に餌となる冷凍の真イカをひとつひとつ引っ掛けているところだった。



漁師の浜川一生さん。手製の釣り道具でキンメダイを釣り上げる。

テグスには50個の釣り針が付いている。釣り針ひとつひとつに餌となる冷凍の真イカを装着していく。


「キンメダイは水深300~500メートルの深海に生息しています。魚群探知機と潮目を見ながら、テグスに3kgの重りを付けて海に沈める。資源管理上、一日に使える釣り針の数は1人100個までと決められていて、釣り上げても400g以下の個体は資源保護のために放流します」
「漁師は実力主義の世界です。誰がどれだけ獲ったか、ひと目でわかる。釣れなきゃ終わり。どうしたら釣れるか、日々、試行錯誤ですね」

浜川さんは、父も祖父も漁師という漁師一家に生まれた。「父親からは反対されましたが、小学生の頃から漁師になろうと決めていた」。17年間、父親の船で経験を積み、3年前に自分の船「大生丸」を持った。
いとこの息子さんと2人で年間20数トンの漁獲を誇る。その8~9割はキンメダイだ。「私が船に乗り始めた頃は今ほどキンメダイが高値じゃなかったし、出荷もキンメに集中していなかったな」と言う。見目麗しさ、現代人好みの脂のノリから、ノドグロ同様、ここ10年で価値が上昇した魚種のひとつなのだろう。

漁師の仕事は天候次第だ。海に出られない日も多い。先月は半分しか漁に出られなかったけれど今月は毎日漁に出るといった不規則な働き方をポジティブに捉える胆力がいる。魚の値付けも一定ではない。いまや高級魚として高値の付くキンメだが、それでも暴落する時があるという。
そんな時のために、浜川さんは魚醤づくりに取り組み始めた。サバ、サメなど、様々な魚種を試してみて、キンメとサバに落ち着いたという。魚と塩だけ、水は一滴も加えずに仕込む。
仕込んだ樽の蓋を開けて樋口シェフに見せる。と、覗き込んだシェフ「キンメって、もしやエビを食べてる?」、浜川さん「え、匂いでわかるの!?」。食材を扱う者同士、共通する感覚が2人の距離を一気に縮めた。


仕込み中の魚醤を樋口シェフに見せる浜川さん。

ズラリと並んだ魚醤の樽。試行錯誤を重ねて、ようやく目指す味にたどり着いたところ。

魚種、魚と塩の比率、仕込み日を記録。「マル」とは丸ごと仕込んだことを示す。

樋口シェフに渡すため、この日初めて瓶詰めにした。商品ラベルはまだこれから。キンメダイの魚醤はあえて光を通さない瓶に詰めている。



漁協女性部のお母さんパワー。

神津島漁協が運営する海産物加工販売所「よっちゃーれセンター」では、キンメダイをはじめとする神津名産の魚の切り身を冷凍の真空パックにして販売している。ウツボ、方三(ハガツオ)、カサゴ、カジキ、タチウオ、メダイ、ヒラマサ、ハチビキ(赤サバ)などが、ただの切り身だけじゃなく、味噌漬け、みりん漬け、干物、照り焼きまで冷凍パックにされて並ぶ。2階に上がると、そこは漁協女性部のお母さんたちが腕を振るう海鮮料理の食堂。「漬丼定食」「刺し身定食」「煮魚定食」などに、港から届くとびきりの魚が使われている。




上が「漬丼定食」、下が「刺し身定食」、どちらも1000円。漬丼はキンメダイとハチビキ(赤サバ)、刺し身はキンメダイと黒ムツ。どちらにも赤イカを添えて。


「よっちゃーれセンター」では、漁協のお母さんたちが港から届いた魚を捌き、人々が買い求めやすいよう切り身にしていく。

「魚だけじゃないんですよ」と教えてくれたのは、神津島漁協女性部副部長の清水紀子さん。「神津島では上質なテングサが採れます。そのテングサからトコロテンを作る加工場が最近閉鎖してしまって、この食堂でトコロテンも自家製しています」。


神津島のテングサから作るトコロテン。透明度が高くて滑らか。



贅沢とは、ここでしか食べられないこと。

民宿「音の葉」では、女将の稲葉豊美さんが、樋口シェフに島の味を思いっきり体験してもらおうと支度を整えていた。キンメダイの煮付け、ウツボの唐揚げ、ツワブキと岩のり、赤イカの塩辛、切干餅、明日葉のツナ和えなど土地の料理がずらりと並ぶ。




堂々たるキンメダイの煮付け。煮汁は漉して取っておき、次にキンメを煮る時に使う。

手前左が岩のりとツワブキの煮物、手前右はツワブキの甘酢漬け、奥は岩のりと明日葉。


「ツワブキはなるべく葉が開き切らないうちに摘み、摘んだらすぐに葉を落としてしまいます。茎をまず60℃の湯に浸けて、湯の中で表皮を取り除いたら、真水に浸ける。水を替えること3回。そうやってアクを抜いてから煮るんです。煮始めてからも3回煮汁を変えます」
「岩のりは危険な場所に生えていることが多くて、採りに行くだけでも大変なんですよ。採ったら、すのこの上に広げて乾かします。これは知人が採ってきてくれた岩のり。採る大変さを思うと、大切にいただかなければという気持ちが強くなる」
「キンメダイは50~60℃のお湯を全体にかけ、1~2分浸けておいて、臭みを抜きます。その後、水を替えて鍋に入れ、酒、みりん、砂糖、醤油で煮るのですが、この時、前回の煮汁を加えるのがポイント。毎回煮汁を鰻のタレのように漉して取っておき、継ぎ足し継ぎ足し使うの。コクが出るし、調味料の節約にもなるでしょう」
「切干餅は、サツマイモをスライスして乾燥させて粉末にして、もち米と砂糖と共に餅にして揚げています」


「音の葉」稲葉さんの自宅の庭にはお祖母さんが植えたツワブキが繁る。料理用には島で自生する場所へ摘みに行く。


どれひとつとして簡単に作れるものはない。土地に伝わる郷土料理の知恵をベースに独自のコツがプラスされた稲葉さんのレシピを、樋口シェフは丹念にメモしていった。
「お金をかけるから贅沢なのではない。ここでしか食べられないもの、手間をかけたものがご馳走だと思うの」という女将の稲葉豊美さんの言葉に、シェフが何度も頷く。



島々で人気の焼酎は水と樽熟が決め手。

米の栽培に向かない土地柄だから、日本酒は造れない。島の人々は昔から焼酎を飲んできた。どの島でも飲まれる人気銘柄といえば神津島酒造の麦焼酎「盛若」。神津島酒造は1894年創業の老舗である。
仕込みの真っ只中にも関わらず、代表の江川廉一さんが丁寧に説明してくれた。例年であれば11月から仕込み始めるところ、今期は、昨秋の台風で屋根が飛ばされたため、年が明けてようやく仕込み始めたのだという。寸暇を惜しんでタンクと向き合う江川さんの造りの厳格さは島でも評判らしい。
「まろやかさ、飲みやすさを目指しているので、減圧蒸留を施した後、樫樽で熟成させます」
色が付きすぎると焼酎の規格から外れてしまうため、熟成期間は1年以内。規格から外れたものはスピリッツとして流通させる。
神津島は湧水ポイントが多数あるなど、水の豊かさでも知られる。樽熟も良い水で仕込んだ原酒あればこそだろう。


神津島酒造代表の江川廉一さんと、熟成が静かに進む樽の前で。

赤ワイン樽仕込み、白ワイン樽仕込みなど、様々に工夫を凝らしたラインナップが揃う。神津島酒造で働いた経験を持つ草野さんの「カフェ&ダイナー アイラナ」で。



東京の島々が思い起こさせてくれたもの。

今回の島旅で、樋口シェフがとりわけ惚れ込んだのが明日葉だった。神津島、式根島、利島、すべての島で至る所に自生していて、朝昼晩どの食事にも必ず使われていた野菜である。てんぷら、お浸し、ツナ和え、味噌汁や吸い物にと、様々に使われる。山菜にも似た香りや苦味が爽快で、栄養価も高い、と良いこと尽くめだが、残念ながら東京ではあまり見かけない。


どの島でも明日葉は自生している。野生の明日葉を摘んでは齧ってみる樋口シェフ。
photo by Shinya Morimoto

てんぷら、お浸し、ツナ和えが定番。汁の実としてもよく使われる。
photo by Shinya Morimoto


島の人々は、自分の庭に適度に生やした明日葉を食べているケースが多いようだが、畑で栽培する明日葉農家もあると聞いて、樋口シェフが訪れた。神津島の明日葉農家、関佐代子さんの畑だ。
「種を蒔いて半年で収穫できるようになり、その後3~4年は毎日摘めますね」と関さん。葉を摘んでも明日には芽が出るから「明日葉」の名が付いたと言われる通りらしい。


明日葉農家、関佐代子さんの畑で。一帯を埋め尽くすように繁り、生命力の強さを感じさせる。


「その強靱さ、どこにでも生える野草感覚、山菜にも似た爽快な苦味のある味わいは、イタリアの野性味の強い青菜と通じるものがある」と、樋口シェフ、島から持ち帰った明日葉をいろんな調理法で試してみたそうだ。
「イタリアでは、ズッキーニの葉とかビエトラ、ボリジといった、たっぷりのオリーブオイルとニンニク、だしで含め煮にする青菜があるのですが、その調理法がドンピシャ」
さっとゆがいた明日葉を、たっぷりのオリーブオイルで表面を焼き付けて香りを出したニンニクと共に炒めて、キンメダイのブイヨンを加えて含め煮にしたところ、目の覚めるようなおいしさになったという。


明日葉がイタリアンになった。本場で食べる青菜のソテーも顔負けのイタリア料理らしさが溢れる。


東京の島旅を通じて「シチリア時代を思い出した」と樋口シェフは言う。「シチリアって、内陸に入っていくと、岩と砂ばかりの荒涼たる土地もあったりするけれど、食文化や生活文化的に貧しいなという所はないんですよね。東京の島々も同じだなって。島特有の気候や風土に根を張って生きている、日々の営みを丁寧に紡いでいる暮らしが、ちょっと忘れかけていたものを思い起こされてくれました。これからの料理人人生の転機になりそうな旅でした」


島旅を終えて、樋口シェフは3島の食材を使って魚介のスープを作り上げた。利島のイセエビ、神津島のキンメダイ、式根島のアメリカ芋などが使われている。キンメダイは利島の椿オイルでマリネしてから、椿の炭で焼き上げた。
photo by Shinya Morimoto


樋口敬洋(ひぐち・たかひろ)
1976年生まれ、東京都出身。2002年からシチリアで3年間修業。帰国後は銀座「リストランテ シチリアーノ」のシェフを務めて以降、サローネグループをイタリア料理界のトップランナーに引っ張り上げてきた。2011年から統括総料理長、18年からは「サローネトウキョウ」エグゼクティブシェフも兼任。サローネグループは、昨年の「パスタ・ワールド・チャンピオンシップ」で世界1位に輝いた横浜「サローネ2007」の弓削啓太シェフ、2017年の「RED U-35」でゴールドエッグを獲得した「イル テアトリーノ ダ サローネ」の山口智也シェフなど、イタリア料理界を担う人材を次々と輩出中。

◎ SALONE TOKYO
東京都千代田区有楽町1-1-2
東京ミッドタウン日比谷3F 316
☎ 03-6257-3017
12:00~13:00LO 18:00~20:00LO
無休
http://salone.tokyo/

◎ 3/6(金)~3/31(火)、「SALONE TOKYO」のコースに島の食材を使用したメニューが組み込まれます。





◎ よっちゃーれセンター
東京都神津島村 37−2
☎ 04992-8-1342

◎ 音の葉
東京都神津島村 476
☎ 090-7677-1151

◎ 神津島酒造
東京都神津島村 142
☎ 04992-8-0253

◎ カフェ&ダイナー アイラナ
東京都神津島村667
☎ 04992-8-0128




◎ 東京都総務局行政部





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