“おいしさ”は、細部を積み上げることで開花する 肉職人ユーゴ・デノワイエ、来日インタビュー | 料理通信
1970.01.01
Photo by Masahiro Goda
ユーゴ・デノワイエ。
フランス国内はもとより、日本でも食に関心の高い人々の間では知らない人がいないほど注目を集めている肉職人です。今回、緊急来日に際し、特別に話を聞く機会が持てました。
「ユーゴの肉は、違う」。トップシェフたちにそう言わしめる彼の“肉仕事”の背景に迫ります。
「最高の質」は飼育農家との二人三脚から
パリ屈指の肉職人、ユーゴ・デノワイエは、数々のトップシェフ達を顧客に持ち、一流中の一流と言われるレストランからオーダーを受ける。一方、卸だけではなく、16区にある彼の精肉店とターブル・ドット(イートインスペース)には、朝の8時半から夜の7時半までひっきりなしに客が訪れるという。
プロから一般家庭まで、彼の肉は幅広い層に支持されているというわけだ。
ユーゴには「熟成肉の」という冠が付くことが多いが、彼の仕事は熟成庫にとどまらず、飼育農家とともに牛を育てることから始まる。
「今はフランスだけでなく、オーストラリアの生産者とも契約している。1頭あたり1haの広さの放牧地で、食べさせるのは主に自然の草。オリジナルに配合したトウモロコシなどの飼料は別として、化学的な飼料は与えないようにしてもらっているんだ。生産者とコミュニケーションを何度も重ねながら、飼料にまで自分が口を出せるようになったのは、ここ4~5年ほどのことなんだよ」とユーゴは語る。
ただひとえに“おいしい肉”を作るため、こうして自然なものを食べさせ、のびのびと育てられた牛たちは、屠殺前はリラックスできるよう、シャワーを浴びたり、音楽を聞かせられる。
そして、屠殺後は、外側の脂を取り除き過ぎず、冷蔵室で3週間熟成、4週目をめどにカットされ、店頭に並べられる。
加えて、ユーゴはさらなる展望を語った。
「次に徹底したいのは、水。実施してもらっている生産者もいるんだけれど、牧場のそばに流れる川の水をただ飲ませるのではなく、その牧場の牛たちにとって最適な水がどんなものかを研究した上で、与えるようにしたいんだ」
こだわりは、テーブルの上にまで及ぶ
彼の肉職人としてのこだわりは、牧場から精肉店までではなく、テーブルの上にまで及ぶ。
彼の古くからの友人にイヴ・シャルルという料理人がいる。「ラ・メゾン・クルティーヌ」という一ツ星レストランのオーナーシェフだったが、ある時、今まで見たことのない鋭い切れ味のナイフに出会った。
その切れ味を自分の店のテーブルナイフにしたい、とすっかり惚れ込んでしまったイヴは、ついに工房ごと買い受けてしまった。そしてイヴが理想とするテーブルナイフ「9.47」が誕生した。
ユーゴもイヴから相談を受け、理想とするステーキナイフをつくることになった。
「ワインをおいしく味わうためにグラスの形状を選ぶのと同じように、料理に合わせてナイフを選んでほしいと思ったんだ。『Perceval』 は、素材はもとより、職人が徹底的に研ぎ上げた刃が素晴らしい。肉の組織を崩さずに、音もなくすっと切ることができるからね。僕がそこにプラスしたのは、刃の直線とカーブのバランス。片側は一直線、片側は緩やかなカーブを描くようにしたんだ。両端のフォルムが異なるようにね。このバランスだと肉に刃を入れた後、流れるような動作で切ることができる。そして、ステーキ用であることを考慮して、長さも『9.47』よりも17ミリ長くしている」
そのナイフの名前は「888」。今やパリ中のレストランやビストロがこぞって肉料理に添えている。
ユーゴは、肉だけでなく、ナイフでも、時代の先端を走るシェフ達を魅了してしまったのだ。
Photo by Hide Urabe
職人への敬意をパッケージに
「肉と同様、ディティールをどう重ねていくかで、最終的な味が変わってしまう。ひとつの過程の完成度をどこまで高められるか。このナイフはね、僕の希望を叶えてもらったものだけど、実際には『Perceval』の職人が一つひとつの工程を完璧に仕上げているから、この切れ味を生み出しているんだ。間違いなく、肉料理を一番おいしく食べられるナイフだね」
インタビュー中に彼が何度も口にしたのが、「これはね、職人がつくったナイフなんだ」というフレーズ。「Perceval」 製品すべてのパッケージには、トリコロールと民衆を導く自由の女神がモチーフのmade in Franceのシールが貼られている。“フランスの職人”がつくったことを保証するシールだ。彼がオーナーのイヴに進言して貼るようになったのだという。 それは肉職人である彼の、ジャンルは違えど、同じポリシーを持つ職人へのリスペクトの表れでもある。
「8」はユーゴのラッキーナンバー?
最後に、彼が「888」と名付けた理由を聞いた。
「8が付いた年には、とてもいいことがあったんだ。1998年は自分の店をオープンした年で、2008年は息子が生まれた年。さらにもうひとつ、8が付く年に“いいこと”があったから、そのラッキーな年を3つ合わせて『888』としたんだ。3つめの“8の年”と、その“いいこと”って? それは内緒」
ちなみに、本人の発音では「ウイト、ウイト、ウイトッ」。
「あとから知ったんだけど、『8』は、日本と中国では縁起のいい数字だそうだね」とユーゴは微笑んだ。
今秋には、日本への進出が決まっているとのこと。オンラインストアや、飲食店への卸、そしてターブル・ドットのある精肉店といった展開をしていくそうだ。
職人として、経営者として、常に前進を続けるユーゴ・デノワイエ。次の“8の年”に何を起こすのか、これからも目が離せない。