繋がりゆく、生命のかたち 「古来種野菜」は、美しい
2022.05.20
text by Kyoko Kita / photographs by Masahiro Goda
土地に根差す「古来種野菜」には、受け継がれる生命のかたちがあります。種から芽吹き、花が咲き、実がなり、枯れて種を残す。その種を再び蒔く。何世代も繋いだ種は、土地の風土や歴史、文化を映した日常の記憶です。八百屋「warmerwarmer(ウォーマーウォーマー)」を営む高橋一也さんは、時代を生き抜いた古来種野菜には、独特の美しさがあるといいます。
自然が生んだ、個性的で自由奔放な野菜たち
一つとして同じものがない、色のグラデーション、ユニークな姿形。古来種野菜は1時間見ていても飽きません。悠久の時を越えて繋がれてきた命。生きている、そのエネルギーに圧倒されます。
一時は神宮前のワタリウム美術館でも販売しました。デザイン関係の知人からは「古来種野菜は何年もかける芸術作品のよう。歳月をかけて繰り返し人の手が加わり、作られてきた形」だと。
種は大きく分けて2つあります。「F1種」と「古来種」。F1種は人工的に改良した種で、そこから育つ野菜は大きさや味が均一、収量がとれて日持ちもするなど利点が多く、現市場の大半を占めます。しかし性質を保つのは一代限り、農家は毎年種を買うことから始めなければなりません。
一方、僕が「古来種野菜」と名付け、「warmerwarmer」で販売するのは、何世代も受け継がれる種から育つ野菜。長い年月をかけてその土地に適応してきたので、肥料や農薬に頼らない自然に近い農法で栽培できます。全国で1214種(自店では年間約300種)。ごく短い旬の間に自らの子孫を残すべく命を輝かせる野菜たちは、今では1%しか流通せず、1%の人にしか認識されてないといいます。
しかし昭和30年頃までは日本人が食べる野菜の殆どが古来種でした。「在来種」「固定種」、呼び方は様々ですが、あえて「古来種」という新しい言葉を作った理由は、言葉の定義が自治体や種苗会社で違い、販売の際、定義に縛られて言葉の自由を失うから。僕らにとって大切なのは定義でなく、シンプルに「種を守る」ことなのです。
古来種野菜の存在を知ったのは10年前。800年前から受け継がれているという「平家大根」との出会いがきっかけでした。当時、僕は自然食品店の有機野菜のバイヤーでしたが、有機野菜でも種はほぼF1種。大根は全国北から南まで青首大根一辺倒。そこに違和感もありませんでした。
そんな中、商談中の事務所の隅で偶然目にした光る物体、それが平家大根でした。形はいびつで大きさも不揃い、でも独特の力強いオーラを放ち・・・、ただただ、美しい。「一体これは何!?」。そしてこれまで食べた大根とは全く違う、複雑で野性的な味。「800年?」、「なぜ流通していない?」湧き上がる疑問を突き詰める過程で、これまで意識しなかった「種」に向き合います。
TOP写真(「」内は高橋氏コメント):
石川 加賀太きゅうり (右上)
昭和11年金沢市久安町で栽培されたのが始まりとされる短太系キュウリ。「現代人が忘れがちですが、キュウリは“瓜”です。ずんぐりと太い実にうっすら白いライン。緑のグラデーションとごつごつした白いイボ」。
長崎 赤紫紫蘇 (左上)
表と裏で色が違う紫蘇。直火で炙ると香りがよい。「表は緑を含む赤紫色、裏は赤紫を含む緑色です。葉の切れ込みが深く細かく繊細なフォルム」。
長崎 モロヘイヤ (中央右)
一般のモロヘイヤと比べて粘りが強く、生命力のある味わい。「2、3メートルの高さにまで成長します。小さく細かく切れ込まれた葉、丸い茎。砂漠地帯でも育つ強い生命力」。
長崎 ふだん草 (中央左)
アカザ科。熱を加えると色はさらに鮮明になる。「その茎の鮮やかさ! そして力強く葉脈にまで届くその色には目を奪われます」。
長崎 打木赤皮栗南瓜 (右下)
石川県金沢市打木町の農家が、福島県から伝わった種を栽培し続け、完成させたといわれる日本古来の西洋カボチャ。その後、種は広がり、写真は長崎の農家が種採りしながら育てているもの。「愛嬌のある円錐形にツンとがった栗のような形」。
鳥取 三宝甘長とうがらし (左下)
鳥取固有の品種で昭和初期から栽培。肉質が軟らかく、青臭さも少ない。「唐辛子とは名ばかりで。甘く肉厚で品のある香り。成長すると全長17 ~ 20センチの長さにも」。
日本には大根だけで110種もあるといいます。これ程多様なのは世界でも日本だけ。大根の種は遠い昔、ヨーロッパ、中国を経て辿り着き、鳥や人、風によって各地に運ばれ、その土地の気候風土に順応し土着しました。人は毎年種を採り、蒔いて育てることを何世代も繰り返してきた。辛味や苦味が強くても、個性を生かしておいしく食べる。そこから郷土料理や保存食が生まれた。いつ収穫できるかわからないところに祈りや祭りがあった。種は土地の風土を映すものであり、歴史、文化であり、それを繋ぐ人々の日常の記憶です。
僕らの仕事は、一粒の種が紡ぐストーリーを野菜と一緒に食べ手に届けること。食べ手がいなければ、種はいずれ途絶えます。古来種野菜の多くは軒先や畑の隅で細々と育てられ、生産者は年々減少しています。でも僕らは何百年と繋がる命のバトンを握っている。自然淘汰は仕方がない。でもできる限り食い止めたい。自然が生み出したこの個性豊かで力強い美しさと、自由奔放な味を。
◎ warmerwarmer
http://warmerwarmer.net
info@warmerwarmer.net
(雑誌『料理通信』2019年9月号掲載)
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