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FEATURE / MOVEMENT

北欧の食・最新事情(全4回) Vol.1

4回目を迎えたMADフード・シンポジウム

1970.01.01




MADの真っ赤なサーカス・テントの会場には、650人もの参加者が集まった。

社会改革を起こし、新しい発想を食卓へ


8月も終わりに近づいたある風の強い日。朝8時半に最初の水上バスがコペンハーゲンの港、ニューハウンを発ち、港内対岸のラフスヘーレウーウン島へ向かった。そこは、2日間にわたりMADフード・キャンプの会場となる、かつて工業用地だった島。小規模でも大きな影響力をもつこの食のシンポジウムを主催するのは「ノーマ」のレネ・レゼッピ氏。シェフやレストラン業界の関係者、有識者など約650名が、今年で4回目となるこのイベント用に建てられた真っ赤なサーカス・テントの下に集まった。ブラジル人シェフ、「D.O.M.」のアレックス・アタラ氏が、このシンポジウムのもう一人の立役者である。

型にはまらない食のシンポジウム


“MAD”は、デンマーク語で「食品」を、英語では「狂気」を意味する。とてもユニークなこのシンポジウムに漂うのは、マドリッド・フュージョンのような従来の料理学会ではなく、TEDカンファレンス* に近いムードだ。このシンポジウムのコンセプトを決めるにあたり、レネ・レゼッピ氏がイメージしたのは、シェフたちがテクニックや料理以上の何かを披露できる、食の大会議。会期中は、講演やインタラクティブな討論会、食事会などのさまざまなセッションが行われ、最後は街の中心地、クニペルスブロゲーデ橋の下で開かれた深夜パーティーで盛大に締めくくられた。このMADでは、料理は皿の上だけにとどまらないという考えを反映し、食材よりも“思想”が主役となっていた。

*TEDカンファレンス
学術・エンターテイメント・デザインなど、さまざまな分野の人物が集まってプレゼンテーションが行われる大会。年に一度、カリフォルニア州ロングビーチにて開催される。


参加者一人ひとりにあいさつをする、レネ・レゼッピシェフ。

料理とは何か?


「料理とは何か?」をテーマにした今年のシンポジウムは、北海道の蕎麦店「楽一」の頼 立(らい たつる)氏による蕎麦打ちのデモンストレーションで開幕した。「楽一」は、アメリカのセレブリティ・シェフ、アンソニー・ボーディン氏のテレビ番組「ノー・リザベーションズ」で一躍有名になった店。頼氏の静かなパフォーマンスの後には、祝祭の本質と現代におけるその意味を考察したライターのジュリアン・バギーニ氏、セレブリティ・シェフのルーツを古代ギリシャにまで遡った歴史学のポール・フリードマン教授、さらに、食とデザインの融合について考察した建築キュレーターのパオラ・アントネッリ氏と、刺激的なプレゼンテーションが続いた。午後のセッションでは、アラン・サンドランス氏やオリヴィエ・ロランジェ氏といった伝説のシェフたちが講演し、シンポジウムはさらに哲学的な方向へとシフトしていった。

photograph by MAD 4


蕎麦打ちのデモンストレーションで観客を魅了した、「楽一」の頼 立(らい たつる)氏。

社会正義を求めて



ゲリラ・ガーデナーと称するロン・フィンリー氏は、世界中にメッセージを投げかけている。

2日目のプレゼンターたちは、社会変革を起こす手段として、食のテーマをそれぞれに追求していた。ポルトガルのフード・アクティヴィスト(食の活動家)、イザベル・ソアレス氏は、規格外の作物を消費者に直接販売することで農業廃棄物の削減を目指す草の根運動である「フルッタ・フェイア(Fruta Feia:ポルトガル語で醜い果物の意)」というプロジェクトを紹介。ブラジルの裁判官、ジェイミー・サントス氏は、料理教室を開くことで恵まれない若者たちに自立の機会を提供するプログラム「ガストロモティーヴァ(Gastromotiva)」について説明した。また、ロサンゼルスの低所得地域の空地に果物や野菜を植える“ゲリラ・ガーデナー”のロン・フィンリー氏は、ヒップホップ調の挑発的な語り口で、自分の食べ物を自分で栽培することの重要性を説いた。「君たちに必要なのは庭だ。(中略)心をもっと健康にし、生活を自立させていくためにも」。


ドラマティックな講演を展開した、ロン・フィンリー氏。

文化を味わう


シンポジウムのハイライトのひとつは、自身のレストランが9月に“ラテンアメリカのベストレストラン50”にランクインした、ブラジルで人気急上昇中のスター・シェフたちによるランチ。「モコト(Mocotó)」のロドリゴ・オリベイラ氏と「レマンソ・ド・ボスケ(Remanso do Bosque)」のチアゴ・カスターニョ氏が担当した。二人が用意したブラジルの伝統的な家庭料理は、味、テクスチャーともに、エキゾチックでありながら、どこかほっとするような親しみを感じさせてくれた。二口、三口食べただけで、単なる言葉を超えたレベルで文化的な理解を促す、そんな料理。この体験こそが「料理とは何か?」という問いに対する、最も根源的かつ直接的な回答だったように思われる。





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