食のバリアフリーを目指して
「INSTITUT CUISINE LIBRE」 料理活動家 ナディア・サミュ
2022.05.02
グルテンを受け付けない自己免疫疾患セリアック病を伴って生まれた。
食事の度に制約や制限と向き合い続ける中で、女性初のミシュランの星獲得シェフである母の料理に癒された。
「どんな人でも等しく食べる喜びを享受する権利があるはず」――そう考えるようになる。
2012年、「CUISINE LIBRE(キュイジーヌ・リーブル)」を提唱。以来、グルテンフリーをはじめとするアレルゲンフリー食の啓蒙活動に取り組む。
Nadia Sammut(ナディア・サミュ)
1981年、南仏プロヴァンス生まれ。母親は一ツ星レストラン「オーベルジュ・ラ・フニエール」オーナーシェフ。家業に関わりながら、フードジャーナリストの姉と、食をテーマにしたオーダーメイド旅行代理店「トラベル・フード」を設立。自らのアレルギー体験を元に、グルテンフリーメニューの開発とアレルゲンフリー食の啓蒙のため、2012年、CUISINE LIBREの活動をスタート。グルテンフリー、アレルゲンフリーの第一人者として国内外で活動。
Sans Gluten(サングルテン)――グルテンフリーをフランス語ではこのように表記する。Sansとは「~なしの、~抜きの」といった意味だ。
このSansを、ナディアは「ネガティブ」と感じた。
確かに、アレルギーは「~なしの、~抜きの」生活を強いてくる。普通の食事がままならない不自由さがある。でも、Sansに縛られて、あれもなし、これも抜いてと排除していく生き方は創造的ではないと彼女は思った。
Sansと捉えるよりFreeと捉えるほうがいい。指すものは一緒だけれど、ぐっとポジティブ。グルテンが及ぼす作用から解き放たれて自由になるイメージが湧く。言葉はイマジネーションだ。ナディアが「キュイジーヌ・リーブル(自由な料理)」という名称を掲げる理由がここにある。
素材の物性をとことん知る
SansではなくてFreeを選んだナディアは、除去や代替といった考え方からも解放されている。「小麦粉のバゲットの代わりを作るとか、そのための素材の置き換えをするといったような発想はありません。おいしいパンを作る、おいしいお菓子を作るアプローチの条件が違うだけ」
そのために大切なのは素材に近づくこと。素材の物性をとことん知ること。そうして、生かし方を考える。
たとえば、粉なら、米粉、片栗粉、ひよこ豆粉、アーモンドパウダー、キヌア、ソルガムきび、サイリウムハスクなど、粉という粉を知り尽くす。手触り、密度感、水と一緒になった時のテクスチャー、熱を加えた時の変化、他素材との反応や相性などを把握する。「ひよこ豆粉は加水するとねっとりした生地になり、キヌアは生地に滑らかさを与えます。サラサラときめの細かい粉は発酵には向かない・・・」
どんな生地を作りたいか――形状、厚み、弾力、食感、風味、等々――によって、配合する粉は5、6種にものぼる。「粉には、テクスチャー、ストラクチャー、接着剤、素材同士を混ざりやすくするといった作用があります。個々の粉がもたらす作用を複合的に結び付けるように使う。生地の構造をイメージして、それを実現する配合を考えるのです」
新しい道筋を切り拓く
ナディアのこんなアプローチも、「ある時期まで、調香師になりたかったんですよ」と聞くと腑に落ちる。
「(セリアック病で)味覚の楽しみが薄かった分、嗅覚に喜びを求めていたのだと思うのです。事実、嗅覚がいろんなものをキャッチする窓口だった」
花や果実、樹皮などから抽出した香り成分を調合して、ひとつのイメージ世界を創造していく調香師という仕事。素材を成分や性質に分解・分析して把握した上で、組み合わせて味を生み出していくナディアの仕事。両者にはどこか通じるところがある。ちなみにナディアは大学で生化学を専攻したという。
素材を成分や性質で見ることによって、食材の選択肢は大幅に広がる。「レシピを考える時にフラストレーションがないですね」
最近もっぱら研究しているのは植物性油脂だという。「他素材の味わいをアップさせ、滑らかさをもたらし、質感をしっとりさせて、リッチにしてくれる。レシピに上手く取り入れることで、いろんな効果が見込めると思うんですよ。ただ、加熱したオイルは酸化しやすい。酸化させずに熱する方法を探っているところです」
その探求ぶりはさしずめ開拓者。伝統的な方法論にはなかった新しい道筋を切り開く冒険者と言ってもいい。
全員が同じ料理を食べるために
パリのグルテンフリーカフェ&パティスリーとして有名な「ノーグル」のメニュー開発、「エリック・カイザー」のグルテンフリーパンのレシピ開発などを手掛け、2014年には、ピエール・エルメに招かれてルレ・デセールの会合でグルテンフリーとアレルゲンフリーの菓子の必要性と可能性について講義した。
けれど、ナディアが目指すのはもっと広くて大きな領域だ。「ヴィーガン、ローカーボ、イスラム食、糖尿病食、アレルゲンフリー食・・・ひとつのテーブルを囲んでいながら、みな別々の料理を食べていたりする。それが現代の食の風景です」
同じテーブルに着く全員が同じ料理を食べることはできないのだろうか? ナディアが目指す地点はそこだ。身体的リスクも宗教上の禁忌も関係なく、人々が分かち合って食べられる料理を生み出すこと。だからこそ、ナディアは「リーブル」、あらゆる属性からの解放を名称に掲げるのだ。そう、それは食のバリアフリーに他ならない。
◎Auberge La Fenière(オーベルジュ・ラ・フニエール)
Route de Lourmarin
84160 CADENET FRANCE
☎ +33.(0)4.90.68.11.79
Fax +33.(4)4.69.96.20.96
月曜、火曜休
e-mail:contact@aubergelafeniere.com
http://www.aubergelafeniere.com/
通訳・コーディネート 勅使河原加奈子(CREMA)
取材協力 「Restaurant 8ablish」
(雑誌『料理通信』2016年8月号掲載)
掲載号