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FEATURE / MOVEMENT

日本 [埼玉] 日本の魅力 発見プロジェクト ~vol.1埼玉県 秩父地域~

「ちちぶ」、新たなる挑戦。-メープルベース-

2017.03.02

text by Rei Saionji / photographs by Hide Urabe

メープルシロップの産地といえば、多くの人が思い浮かべるのはカナダであろう。事実、世界中に出回るメープルシロップの約8割がカナダ産である。カナダ産のメープルシロップの原料は、サトウカエデの樹液。サトウカエデが自生しているのは、カナダの南東部を中心とするごく一部の地域に限定されており、そこに位置するケベック州が主な原産地。カナダ産のメープルシロップのうち、このケベック州産が9割を占める。夏の平均最高温度は26度、冬の平均最低気温はマイナス10度を下回る寒暖の差が激しい気候故である。諸説ある伝説の一つによれば、北アメリカの原住民が、木肌から大量の樹液を流している木を発見したことがメープルシロップの起源であるともされている。




所変わって日本では、秋の風物詩は、赤や黄色に色づく紅葉を愛でる紅葉狩りであることは言うまでもなく、この紅葉は、葉の形がカエルの手に似ているということでその名がついた「カエデ」が代表的である。日本には、なんと28種のカエデが自生し、それぞれが葉の形や大きさ、色づく色が少しずつ違う。日本では、秋になると山々が暖色系の絵の具のみで描かれたような艶やかな姿に変わるのは、これらの様々なカエデのお陰である。カエデに恵まれたわが国でも、北アメリカに劣らず、アイヌ民族が古くからイタヤという品種のカエデの樹液を採取していたという歴史があった。夏季の最高気温35度、冬の最低気温マイナス10度、昼夜の平均寒暖差が12℃という寒暖の差が厳しい「ちちぶ」には、28種のうち、イタヤはもちろんのこと、計21種のカエデが自生している。これは、自生可能な北限と南限が交差しているためであると言われている。





TAP&SAP代表 井原愛子さん



1999年、とあるプロジェクトが「ちちぶ」で始まった。その名も、『秩父100年の森』。「ちちぶ」の森林と林業の維持・発展を目指し、森林に関わる調査・研究及び森林の保全・育成活動を行うとともに、優れた森林を次世代に引き継ぐための環境教育活動を推進することを目的として始まったものである。「ちちぶ」は、そのほとんどが山間部=森林。稲作には不向きな風土であるため、代わりに人々は古くから山の恵を活用してきた。しかしながら、その林業は現在、衰退の一途をたどる。林業とは、森林資源である木を伐採後、次の世代のために植樹し育てていくという、長い時間軸の中にある産業。現在、日本の林業を取り巻く状況は厳しく、山を守ることも難しいなか、秩父が誇るべき森林資源を改めて見直すべく着目されたのが、木を伐らずに毎年冬にカエデの樹液を採取する「伐らない林業」であった。

この「伐らない林業」は、「ちちぶ」の中でもカエデが多く自生している大滝で、NPOや埼玉大学の協力のもと数年にわたり行われた調査から始まり、やがてある程度まとまった量のカエデの樹液が採れるようになった。現在「ちちぶ」では、建築用資材として戦後に植樹された杉やヒノキが伐採の時を迎えているらしい。楢やブナ、カエデなど落葉広葉樹は葉を落として土を作るだけでなく、「緑のダム」と言われるほど保水性が高い。また、根の張り方が杉やヒノキといった針葉樹に比べて広く堅固なため表土の流出を阻止する効果もある。落葉広葉樹は生息する生物に対しての食料供給源としても極めて有効なのだ。このために、NPOでは、時期を迎えた杉やヒノキを伐採しながら、将来の森を支えるためにカエデを植樹している。

メープルベースは自然に調和した、スタイリッシュなログ・キャビン風の店舗



MAPLE BASE (メープルベース)は、2016年秩父ミューズパークに、まさに「ちちぶ」のメープルシロップの基地=ベースとなるべくオープンした。ここでは、メープルシロップをたっぷりとかけたパンケーキ、カエデの樹液やキハダの樹液で作ったサイダ-の他、「ちちぶ」で採れた果実を使ったメニューを自然に溶け込んだ空間で味わうことができる。イチローズモルトのジェラートもはずせない。



併設されたラボには、日本で1台しかないという本場カナダから取り寄せたメープルシロップ製造機、樹液を蒸発させてシロップを作る「エヴァポレーター(蒸発機)」が置いてあり、冬季は、タイミングが合えば、メープルシロップ製造の最終工程である樹液を煮詰める様子を間近で見ることができる。





「ちちぶ」に自生している21種類すべての苗木がMAPLE BASEの入口に植えられている。



カナダのメープルシロップと、「ちちぶ」のメープルシロップはどこが違うのであろうか。「ちちぶ」のメープルシロップは、カルシウムやカリウムなどのミネラルが多く、サッカロースの他にグルコースやフルコースを含むため、甘さが繊細である。「ちちぶ」で主に使われているのは、アイヌ民族も注目していたイタヤカエデが中心で、その他に、オオモミジ、ウリハダカエデ、ヒナウチワカエデから樹液を採っている。メープルシロップを作るには、樹液を40分の1まで煮詰める必要があるため、大量の樹液が必要となるが、現在は樹液を採集している木の本数がまだ少ない。このため、これらの品種の樹液をブレンドしたメープルシロップが作られているが、いずれは、「ちちぶ」オリジナルの単一品種のメープルシロップも作り出されるようになるかもしれない。

メープルベースの他、地元酒蔵である武甲酒造や菓子屋を始め、ちちぶの老舗の店の協力によって支えられている「ちちぶ」のメープルシロップのプロジェクト。近い将来には、メープルシロップは「ちちぶ」の新たな伝統となっているに違いない。

MAPLE BASE (メープルベース)
埼玉県秩父郡小鹿野町長留1129-1 秩父ミューズパーク内
西武鉄道「西武秩父駅」または、秩父鉄道「秩父駅」より、秩父ミューズパーク循環バス「ぐるりん号」に乗車。「スポーツの森」で下車し、徒歩3分。





※本プロジェクトは、経済産業省関東経済産業局が実施する「平成28年度地域とホテルコンシェルジュが連携した、新たなインバウンド富裕層獲得のための支援事業」と連携して、グランド ハイアット 東京 コンシェルジュ/明海大学ホスピタリティ・ツーリズム学部教授 阿部佳氏のアドバイスを得て実施しています。



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