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FEATURE / MOVEMENT

グラスが引き出す食への好奇心

第3回「本能が喜ぶ!! イタリアの伝統的ワイングラス」

オルトレヴィーノ 古澤一記 × 木村硝子店 木村祐太郎

2017.04.06

text by Reiko Kakimoto / photographs by Masahiro Goda

第3回のテーマは、木村祐太郎さんも思い入れの深いグラス「ウィーン135」。一見、コップに見えますが、イタリア人にとって、これはれっきとしたワイングラスなのだそうです。「イタリア人が見たら、当たり前のように『ワイングラスでしょ』と言いますね」と「オルトレヴィーノ」の古澤一記シェフ。そのココロは? 


木村祐太郎さん  木村硝子店代表取締役専務、グラスデザイナー・プランナー
1910年創業の木村硝子店の4代目。時代を超えて変わらない人とグラスの関わりや、時代を映し出すグラスの楽しみ方を見つめながら、独自の発想で生み出すグラスデザインに定評がある。

古澤一記さん   「オルトレヴィーノ」オーナーシェフ
2000年から7年間、イタリア各地で料理人として働いた後、「エノテカ・ピンキオーリ」でソムリエを1年務め、その後、トスカーナで2年ワイン造りに携る。2010年帰国し、「オルトレヴィーノ」をオープン。妻の千恵さんはアンティーク・コーディネーターで、古い家具や食器を楽しむライフスタイルを提案。


「日陰」の異名を持つワイングラス




木村祐太郎さん(以下敬称略):このタイプのコップには、フィレンツェのトラットリア「ソスタンツァ」で衝撃的な出会いをしたんです。正確には、「ウィーン135」と似た形のハンドメイドのコップだったんですが。

古澤一記さん(以下敬称略):「ソスタンツァ」、いいお店ですよね。僕らも大好きなトラットリアです。確かにありますね、このタイプのコップ。口まわりなんか使い込み過ぎて真っ白になっているような古いものが。

木村:3人で入ったのですが、コップが6個ドンと出てくるんですよね。水用とワイン用というわけです。へえと思いながら、キャンティを飲んだら、ワインの味がおいしくて!実はそれ以前に、ドイツ・ベルリンで「ウィーン135」に出会っていました。そこでは水を入れるコップとして使われていた。かわいいなと思ったんですが、通常、木村硝子店で取り扱う商品はサイズ展開があるのが基本で、このサイズしかないのは現実的じゃないなって、諦めていたんですね。でも、「ソスタンツァ」ですっかり惚れ込んでしまった僕は「ワイングラスとして仕入れちゃおう」と1パレット(3000個)仕入れた。社長(父君の木村武史氏)から「そんな売れないものを勝手に仕入れて」と怒られるだろうなと思いつつも(笑)。

古澤:(笑)

イタリア「Borgonovo(ボルゴノーヴォ)」の「ウィーン135」。厚手でストンとしたフォルムには、ファッションでいえばジーンズのようなこなれた洒落感がある。

木村:実際に売り始めて半年ほど経った時、ふと、「そもそもメーカー自体は何グラスとして作っているのだろう」と、メーカーに聞いたら「ワイングラスだよ」と。改めて、イタリア人って凄いと思いましたね。いろいろ聞いているうちに、この手のコップは「オンブレッタ・ディ・ヴィーノ」(日陰で飲むワイン)と呼ばれるということを知りました。その謂われは(ヴェネツィアの)サン・マルコ広場の塔の日陰で飲むワイングラスだ、と。

古澤:一杯飲み屋でちょっと飲む、という意味の、隠語みたいなものですね。

木村:そうみたいですね。職人とか漁師とか、陽が高いうちに仕事が終わる職業の人たちが、仕事終わりの一杯を日陰――日向だと暑くて飲んでいられないから――で飲むのだと。

――「オンブレッタ・ディ・ヴィーノ」とは、イタリア中でよく使われる言葉なんですか?

古澤:主にヴィネツィアで使われる、ヴェネト州特有の言い回しだと思います。トスカーナでは、そのような言い回しは聞きませんでしたね。言葉を省略して「オンブレッタ」とだけ言うこともあります。グラスを指すだけでなく、「オンブレッタに行こう(飲みに行こうの意)」などという使い方もします。

イタリア時代に古澤さんが働いたトスカーナのワイナリー「ポテーレ・ポッジョ・スカレッティ」のサンジョベーゼを注いで。

木村:なるほど。コップの形状そのものは一般的なんですか?

古澤:そうですね。このコップは一般的で、トスカーナでもありました。僕たちはつい、コップと呼んでしまいますが、コップではないんですよ。脚こそないけれど、これはあくまでワイングラスなんです。イタリア人がこれを見たら、みんな「ワイングラス」っていうと思います。

理屈なく「うまい!」。

――いったい何が違うんですか?

古澤:まずは形状。この厚み、このサイズ感からすべて、昔から当たり前にワイングラスとしてあるものなんです。日本人にとっての湯呑みのような感じでしょうか。湯呑みって、日本人なら10人中10人がそれとわかるじゃないですか。そんな感じ。手の収まりの良さも独特ですよね。僕は、この下部の透明なガラスの厚みもワイングラスたるものにしているように思います。ワイングラスは脚があって、液体をテーブルから独立させている。それと似ていて、液体の独立性を感じるんです。

底が厚くて、液体がテーブルから離れて存在する。リキュールグラスにも通ずるデザインで、酒 のグラスらしい。


木村:そして何より味わい。似たような形状のコップと飲み比べても、断然「ウィーン135」のほうがおいしいんですよね。これでワインを飲むと、単純に「うまい」。初めてこのグラスでワインを飲んだ時に「うめえー!」って思ったんです、「おいしい」じゃなくて。なんだろう、頭で飲むんじゃなくて、もっと本能で飲んでいるというか。今のワインの飲み方って、頭で甘味やタンニンや酸味だとかを分析しながら、丹念に確認するように飲むことが多いのではないかと思います。それに対して、ワインを丸ごと味わうイメージがこのコップにはあります。

古澤千恵さん(以下敬称略):こうしたコップで飲むワインは、日常に近いワインだからというのもあるでしょうね。

木村:「ウィーン135」は毎年約20万個が製造されているのですが、その95%がイタリア国内で消費されているそうです。

千恵さんが見出したイタリアのアンティークに囲まれた空間に、伝統的な「ウィーン135」がよく似合う。


千恵:私たちは、このコップをワイングラスとして使っているということが「トラディッツォナーレ(伝統的)」なトラットリアの一つの目印だと思っているんです。私たちが好きなのもそういう店。「あ、この店はオンブレッタのコップだ、期待できるかも!」って思うんです。フィレンツェで昔から地元の人が名前を知っているというトラットリアは大概、このタイプのコップをワイングラスとして使っています。そして、私たちはそういうトラットリアへ行くと、ワインはボトルで頼まない……。

木村:へえ!

古澤:そこで僕らが飲むのは、ワインリストから選ぶボトルワインではなく、量り売りで飲んだ分だけ支払う方式のワイン。イタリア語で「スフーゾ(バルクの意)」って言われているものです。一種のハウスワインですね。フルボディではなく、果実感が溢れていて、エグミや雑味のない、きれいなワインが多いです。

千恵:トラディッツォナーレなトラットリアは、大概、ヴィーノ・スフーゾのハズレがない。

古澤:あぁ、やっぱりワイングラスなんだなって思うのは、普通のコップでワインを飲むと、味がぼやけてしまいますが、これで飲むと、ぼやけないんですよね。唇に心地良い厚みと触感の柔らかさもあって、液体がすっと口に流れ込んできます。脚付きのワイングラスは味わいや香りを明確に感じ取れますから、木村さんがおっしゃるように比較的分析的に味わいがち。繊細な触感がワインをシャープに感じさせる。対して、このコップは、この厚みが、ワイングラスとは対極的な心地良さを与えてくれます。

ぽってりと厚みのあるガラスの質感は唇に心地良く、注いだワインにもやさしさや温かみを感じさせる。

堅い握手を交わしたような触感


古澤:ワインという液体が口の中に入った時の舌触りの柔らかさとか、グラスの唇に当たる感触とか、ワインを語る上でよく言及されることだと思うのですが、このコップに関しては、手からの触感というのも、他のグラスでは味わえない楽しさだと思いますね。

木村:ああ、それはわかる! 手の収まりがいいですよね。

古澤:ええ。質感があって、心地良い重さがある。手づかみでものを食べている時の心地良さと通じる。おすしを手で食べたり、リンゴを齧ったり、骨付き肉を手づかみで齧ったりしている時のように、ワインを手づかみで飲んでいるような感覚があります。このコップだと、ワイングラスよりもう一歩、無意識に近い、より自分が油断した状態でワインを飲んでいる気がしますね。それが木村さんのおっしゃるような……。

木村:気楽に飲める。

古澤:そう、楽においしく感じる。脚付きのワイングラスが気取っているわけでは決してないと思いますが、このコップだとより油断した状態になりますね。

木村:ああ、油断という表現はすごくわかります。「ウィーン135」で飲むと、僕は飲みすぎちゃうんです(笑)。小さいけれど楽しめる要素が詰まっていて。



手に持った感じがまた良い。手の内に収まりよく、ごく自然に握れるサイズ。つい酒もすすむ?


古澤:そう、「握る」というのがいいですね。このグラスの魅力について改めて考えた時に気付いたのは、握った時の心地良さでした。それってすごくイタリア的だなって。夫婦でイタリアに渡ったばかりの頃を思い出しました。まだ20代だった頃です。ある日、道端でイタリアの老夫婦とお話しする機会があったんです。彼らと別れ際に挨拶する時、「初対面だし、目上の人だし」と、僕は遠慮がちに握手したんです。そしたら、お爺さんに怒られました。「握手はその人の気持ちを測るものだから、しっかりと力強く握るものだ」って。それから僕は、イタリアで誰かと握手する時は、しっかりと力を入れて握るようになったんです。イタリア人は、特に年配の方は、すごく握手が強いんですよ。このコップの重さを感じて、手の中に収まる感じから、お爺さんとの握手を思い出して、なんだかとてもイタリア的な器だなと改めて思いました。

木村:なるほど、握手の手の感覚ですか。面白い。イタリア人は理屈抜きの根源的なものが好きですよね。パスタもお肉もそうですが、本当においしいものだけが残っているでしょう。このコップにしても、口径の大きさ、ガラスの厚み、手に収まるサイズ、これらは計算し尽くされたところからではなく、長い歴史の中から経験的に集約されてできている。だから、どのメーカーが作っても、大体同じようなサイズで、同じような形になっているんですよね。それにしてもこのコップ、頑丈で全然壊れないから、リピートオーダーが全然来ないんですよ(笑)。



木村さんがこの手のグラスと出会ったフィレンツェのトラットリア「ソスタンツァ」の話題で大盛り上がり。


――テーブルウェアを専門とする千恵さんから見たこのコップの魅力は?

千恵:私が思うに「原点」なのかな、と。木村さんのお話に出てきたトラットリア「ソスタンツァ」は、私にとってイタリア食文化の原点を今に感じられる場所。おいしいものを毎日作って、シンプルな白いお皿に盛り付けて、コップと白いテーブルクロスで食べる。ただそれだけなんですが……。

木村:食べ終わった景色までもが美しい。

千恵:そうなんです。そこが原点と感じられるんです。このコップもまさに同じ。

古澤:レトロ趣味でもなく、奇を衒うわけでもなく、昔から普遍的にある。そんなトラットリアのような魅力がこのコップにはあると思います。

木村:ワイングラスを使う人たちに、このコップの魅力に気がついてくれる人が増えると楽しいなと思って、啓蒙活動を地道にしています。

古澤:ワインを含めた食文化が成熟し、多様性が生まれている今の時代には、受け入れられる余地が広がっているのではないでしょうか。

木村:ありがとうございます。(コップを覗いて)しかしこのワイン、おいしいなあ。

古澤:いいでしょう。ひたすらサンジョベーゼの心地良さが広がるワインです。

「オルトレヴィーノ」の一角には、千恵さんがイタリアで購入したアンティークの「オンブレッタ・ディ・ヴィーノ」が無造作に置かれている。



OLTREVINO オルトレヴィーノ
http://oltrevino.com/
神奈川県鎌倉市長谷2-5-40
☎ 0467-33-4872
e-mail: info@oltrevino.com
定休日:水曜日
eat-in 12:00~18:30 L.O  /  shopping 12:00~ 19:00










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