グラスが引き出す食への好奇心
第4回 「コーヒーとグラスのマリアージュを探求する!」
ミカフェート 近藤洋介 × 木村硝子店 木村武史・祐太郎
2017.06.06
text by Reiko Kakimoto / photographs by Masahiro Goda
第4回目のテーマは、木村硝子店の社長・木村武史さんがデザインした「サヴァ」シリーズのワイングラスです。でも、合わせるのはワインではなくてコーヒー。会場は、今話題の「GINZA SIX」にオープンしたばかりの「GRAND CRU CAFÉ GINZA(グラン クリュ カフェ ギンザ)」。カウンターにグラスを並べて、グラスとコーヒーのマリアージュ探求が始まりました。
グラスの形状で変わる、苦味や酸味の感じ方
近藤洋介さん(以下敬称略):さっそく、コーヒーを淹れましょう。この豆は「MAMO」と言って、この店のオープンに合わせてデビューした新品種です。ハワイで開発したハイブリッドなんですよ。コーヒーの人工交配は珍しいことではないのですが、多くの場合、病気に強くする目的がほとんどです。でも「MAMO」は味の良さや面白さを追求しています。
木村祐太郎さん(以下、祐太郎):それは楽しみだな。何を掛け合わせているんですか?
近藤:「マラゴジッペ」と「モカ」です。アラビカ種の中でも最大級の大きさのコーヒー豆と、最小級の掛け合わせで、結果的に「MAMO」の豆のサイズは中間くらいになっています(笑)。川島が言うには、まだ美味しくなる可能性を秘めているそうです。今年は180キロ収穫できました。
祐太郎:このシャンパンボトルで100グラム入っているんですね。こちらのお店はボトルを購入するシステム?
近藤:はい、ボトル1本で5~6杯分です。1本を買っていただいて、2週間は責任を持ってお預かりいたしますので、その期間内、お楽しみいただけます。もちろん、残りをお持ち帰りになってもけっこうです。旅行客の方々などはその場で数人でシェアして楽しんで行かれますね。
祐太郎:「ボトルキープ」ならぬ「豆キープ」なんだ。
近藤:世界で初めてのシステムだと思います。さあ、コーヒーが入りました。グラスに入れてみてください。
――グラスは、「サヴァ 29oz ワイン」、「サヴァ 12oz VT シャンパーニュ」、「ベッロ」(シリーズ第1回に登場)、「ウィーン135」(シリーズ第3回に登場)、「ピーボ オーソドックス」の5種類ですね。
祐太郎:(グラスに注いで、木村武史さんに)どう?
木村武史さん(以下、武史):僕は詳しくはわからないな。でも「ベッロ」はまろやかに感じるね。
近藤:ええ、飲みやすい。コーヒーの苦味は主に焙煎によるもので、こちらは浅煎りなんです。だから、苦味が少ない。ただ、マラゴジッペという品種は、品種由来の苦味を持っているんですね。後半あたりに感じる苦味がそれですね。
祐太郎:グラスを変えると、酸味と、その隣にある苦味がちょっと浮き出てくるように感じます。グラスによって味のバランスが変わるような感じがありますね。コーヒーの味わいは空気に触れて変化しますか?
近藤:変化していきます。温度変化もあるのでしょうけれど。温度が下がるに従って、より風味がわかるようになると思いますね。飲む前に漂う香りよりも、飲んでからのアフター香の方がわかりやすいのが、ワインとは違うところかもしれません。
祐太郎:僕はワインにしても戻り香で楽しめる方が好きなんです。飲む前に香りを多く取ってしまうと、それに印象が左右されて、本来の味とはずれた印象になっていうように感じることがあって。さて、次は「ピーボ」のシャンパングラスで飲んでみます。
近藤:いかがですか?
祐太郎:…うん、全然違う。顔が液面にすごく近づくので、香りが強く感じるんだけど、味わいはけっこうあっさり感じる。グラスでかなり変わるものだなあ…。
近藤:「MAMO」の香りはそこまで高くないんですよ。でも確かに、「ピーボ」は香りを強く感じますね。僕が面白いと思ったのは「ウィーン135」、味をまとめてくれますね。「ベッロ」は酸味をより感じます。
クセを楽しむか、まとまりを重視するか?
武史:僕はコーヒーの酸味をあまり好まないのだけれど、「ベッロ」がいいですね。僕、ワイングラスをデザインする立場ではあるけれど、深い意味まではわからなかった。そこで、ソムリエの田崎真也さんにあえて「どうしてブルゴーニュとボルドーではグラスの形状が違うんだろう?」と聞いたことがあります。すると、田崎さん、様々なグラスを並べて同じワインを注いで、「木村さん、飲んでごらんよ」って言うんだ。飲み比べると、確かにグラスによって表情が変わるのがわかった。
祐太郎:フルート型のシャンパングラス「サヴァ 12ozVT シャンパーニュ」は、味をキュッとまとめてくれる感じ。エッジが効いてくる。
武史:あるソムリエがこういう細めのグラスでバローロを飲んだ時、「うまい!」って言ってくれてね。でも、大きなボウルのブルゴーニュ型グラス「サヴァ 29ozワイン」で出したら、このグラスはダメだと言う。「このグラスはワインがおいしくなってしまう。どの酒もおいしくなってしまうからつまらない。細いグラスの方がバローロのクセが出て面白い」と。僕は柔らかい味をおいしいと思うのだけど、彼はクセを楽しんでいる。この辺りは好みが分かれるでしょうね。
祐太郎:グラスを変えることも、味の操作のひとつなんですよね。お客さんにプレゼンテーションする際にイメージ操作ができてしまう。まずはカップでスタンダードを味わっていただいてから、グラスを変えていくと楽しそうですね。
ブルゴーニュグラスで、フルボディのコーヒーに !?
近藤:別のコーヒーを淹れてみましょう。グアテマラ、サン セバスティアン農園の2015年です。今提供しているのは2016年収穫分ですので、1年前のヴィンテージになります。
――熱いコーヒーをグラスに注ぐ時、何か注意点はありますか?
祐太郎:ドリップした状態のコーヒーはすでに80℃以下になっていますから、そのままグラスに注いで問題ないでしょう。ドリップし終わったコーヒーを最後に温めて提供する場合、グラスに10滴ほど熱い液体を入れてぐるりと回して、それから注ぐと安心です。目安は、グラス温と液温の温度差を50℃以内に収めること。グラスの温度=室温とするなら、今日は20℃くらいの室温だから、液温が70℃くらいまでは大丈夫です。もっともJIS規格だと、ガラスの耐熱温度差は30℃と言われています。ガラスは工場によって特性も違うので。耐熱ガラスは120℃の耐熱温度差ですね。
近藤:では、抽出前の香りをどうぞ。(ポンと音を立ててシャンパンボトルの栓を開ける)。2015年は当たり年なんですよ。
祐太郎:シャンパンみたいに開くんだ。ああ、いい香り。コーヒーは、焙煎直後の香り、ドリップ前の香りが一番好きだな。
近藤:じゃあ、淹れていきますね。そういえば、木村硝子店では耐熱ガラス容器はお作りになっていないんですか?
祐太郎:作っていないんです。
武史:ガラスメーカーにも得手不得手があって、うちは耐熱ガラスについての情報を持っていない。厚みがどのくらいがいいとか、微妙なところまで経験で知っていないと作れないから。この世界、けっこう細分化されているんですよ。
祐太郎:コーヒー豆は何グラムで、お湯は何℃ですか?
近藤:豆は48g、お湯は87℃で450ml淹れます。昔からのバランスなんですよね。湯温がこれより下がると冷めたコーヒーと言われるし、90℃以上だと欲しくない味が抽出されてしまいます。さあ、入りました。
祐太郎:では「ウィーン135」から飲んでみよう。あ、ちょっとフルーティ、苦味も強いですね。
近藤:はい。フルーティという点がこの豆の一番のポイントです。よく言われるのはハチミツ、キャラメルの香り。チョコレートの風味、余韻も感じられるかと。実は、元々桃を植えていた畑にコーヒーを植え替えたんです。そのせいか、ちょっとしたピーチの香りも感じ取れます。これがあと2年くらい経ってくると、もう少しベリーやドライフルーツの香りが出てくると思います。
武史:さきほどの豆「MAMO」に比べると苦味も少しある。でも、「ベッロ」で飲むと、柔らかく感じるな。
祐太郎:「サヴァ 29ozワイン」だとフルボディになるね。
近藤:「サヴァ 29ozワイン」、これは香りが立ちますね、すごい…! 全身で味わう感じ。風味を強く感じますね。香りが増えたような感覚すらあります。
祐太郎:ボディがドスンとしてくる感じですね。フルート型のシャンパングラスは、時間が経っているからかもしれないけれど、酸味がキュッとしている。エッジを効かせる味になる。
近藤:これもいいなあ。旨いですね。
薄いガラス容器で味の変化を楽しむ
武史:グアテマラ、サン セバスティアン農園の2015年には、どのグラスが良かったですか?
近藤:「サヴァ 29ozワイン」が良かった。シャンパンのフルート型グラスも良いけれど、前者の方が風味がより際立ちました。
武史:僕は「ベッロ」。つまり、柔らかいのが好きなんですね、個性がはっきり出るものよりも。クセを感じずに飲める。僕はさらっと、ふわっとしたマイルドなコーヒーがすごく好きで。
近藤:基本はそこですよね。口当たりは優しいけれど、香りはすごくある。これは誰にでもおいしいと言われるコーヒーの条件だと思います。
――今はコーヒーも「シングルオリジン」、つまり作り手ごと、畑ごとで楽しむ時代だから、コーヒー豆の特徴をどれだけ楽しむかという味わい方が求められる傾向があると思います。その一方で、コーヒーを飲むシチュエーションには「何も考えたくない」という時もあって、そういう時には、すっと身体に入ってくる、何もそこに思考が入り込まない味が欲しい。
武史:僕は後者を求めますね、ワインにしてもコーヒーにしても。そんな僕がクセのある「サヴァ」シリーズをよく作っているなと我ながら思いますが(笑)。
祐太郎:僕の中には「本当においしいものは味がしない」説があって。何にも考えさせずに、ペロリと食べてしまうもの、そういうものが本当においしいなと思ってしまう。
――川島さんのコーヒーもある意味「クセがない」。不要なものを徹底的に取り除いた洗練された豆。では最後に、コーヒーを飲む器としての条件とはどのようなものでしょう?
近藤:今のところ僕が思うのは、良い品質のコーヒーは、温度帯によって見える顔が違うんですよね。だからなるべく早めに冷める器がいいなと思っています。おいしいものって、すぐに食べ終わったり飲み終わったりして、なくなってしまうから。短い時間で温度変化させるためには薄い器がいいんじゃないかと。
祐太郎:それは面白いですね。「ミカフェート」のコーヒー豆はシャンパンボトルに入っている。そのイメージから、ワイングラスやシャンパングラスを使っても面白いと思いますね。
近藤:おいしい深煎りの豆に合わせる器をもっと探求したいと思っています。深煎りの香りが好きだけど、苦いのは嫌という方もいらっしゃるんです。器の合わせ方によって、苦味は抑えて、香りを生かせる組み合わせがあるんじゃないかと。
――器でコーヒーの味の最後の仕上げをするイメージでしょうか?
祐太郎:形状によって味の感じ方は異なりますからね。
近藤:今日はとても刺激を受けました。いろいろ試してみたいと思います。
「GRAND CRU CAFÉ GINZA(グラン クリュ カフェ ギンザ)」
東京都中央区銀座6-10-1 GINZA SIX 13F
☎ 03-6274-6841
11:00~23:30 (休店日はGINZA SIXに準ずる)
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