幅允孝のウイスキー対談
オールドパー紳士録 Vol.4
高橋啓造
2017.01.06
text by Yoshitaka Haba/photographs by Daisuke Akita ,Tsunenori Yamashita
南青山の骨董通りを歩き、すこし横道を入ったところに、そのお店はある。高橋啓造が店主を務める「K’s papa」。ここは、様々なこだわりを持つ職業人が訪れるオーダー専門のシャツショップ。本企画の第4弾では、オールドパーを愛する彼にファッションと酒について、一夜をかけて話してもらった。
きれいだと思えるものを探しながら成長した青年期
1949年、大阪の船場に生まれた高橋。船場といえば、関東から関西に移り住んだ谷崎潤一郎が憧れ続けた場所として知られ、その憧れは小説『細雪』の世界観に凝縮している。大阪の旧家に生まれた4姉妹の生活を美しい筆致で描いた谷崎の代表作は、会話がすべて船場言葉。「船場は大阪の中でも、商売の街として独特の文化と艶があった」と高橋もいうが、少し特殊な美意識をもつ町で自身の好きなもの、きれいだと思えるものを探しながら成長していった青年期だった。
高橋は、実家がファッションメーカーだったこともあり、若い頃からお洒落とは何か?をずっと意識していたと語る。当時を振り返り、「生意気だったね」と高橋は笑うが、家業を手伝った後、2002年にオーダーシャツの店「K’s papa」を開店させ、彼の考える洒落っ気は、一つの店へと結実した。
ネクタイ、靴、スーツなど紳士服のあれこれを扱うのではなく、オーダーのシャツ一本に絞った潔い店「K’s papa」。高橋の審美眼が確かであることは、青山で流れた15年の時間が証明している。
会話から、デザインの糸口を探す
オーダーシャツを行う店自体は珍しくないが、高橋のこだわりはその「遊び心」だ。形式的に接客し、生地を選び、いくつかあるデザイン案の選択肢からシャツを決定するといった流れ作業には興味がないという高橋。まず彼は、扉を開いた人と会話をすることからデザインの糸口を探し始める。雑談から始め、相手の佇まいを観察する。顧客の要望も聞き取るが、時には相手が想像していないアイデアを提案したりもする。そうしたコミュニケーションの積み重ねの果てに、唯一無二のシャツができあがるのだ。
意外なことに、彼はファッションにおいてシャツは決して主役ではないと語る。ではスーツが主役か? というとそれも違うと言う。高橋曰く、主役はあくまでもそれを着る人。シャツは、その人らしさを最も引き出すことができるアイテムで「シャツを主役にするのではなく、トータルでその人の形が浮き出るようにする」ことが、高橋のシャツづくりの哲学である。
そんな高橋の男の隠れ家のような店内を見回していると、1本の古いオールドパーの瓶を見つけた。なんでも、これは実家にあった父親のコレクションを取り寄せたものなのだそう。長年ファッションの世界に携わってきた高橋の話にすっかり聞き入ってしまっていたが、じつは彼こそオールドパーの愛飲家。「焼き鳥好き」という彼の嗜好に応え、西麻布の「晩鶏」でウイスキーと高橋の馴れ初めについて話を聞いた。
オールドパーとの出会いと再会
高橋によれば、大阪の実家にはホームバーが設置されており、小さな頃から洋服だけでなくお酒も身近な存在だったという。定期的に洋酒が家に届き、父が趣味で作るカクテルを横から眺めていたという高橋少年。「こっそりと舐めて、『このリキュールはメロンの味がする!』なんて、確認してたよ」と悪戯っ子の顔で彼は語り続ける。
そんな彼がオールドパーと初めて出会ったのは、大学生の時。当時、高橋はノルディックスキー部に所属していたのだが、他大学と合宿をしていたある晩、ひとりの学生が家からこっそり「一番上等そうなお酒」と、オールドパーを持ち出してきたのだ。オールドパーどころか、スコッチさえ飲んだことがなかったという高橋だが、一口飲んで衝撃を受けた。「じつはあまり味は覚えていないんだけど、何かすごいもの飲んだ! という感動が忘れられなかった」と当時を語る高橋は、鮮烈な初邂逅をまだよく憶えているようだ。彼が、今なおオールドパーを飲み続ける理由は、そんなところにあるのかも知れない。
オールドパーの12年をソーダで割りながら、出される豊潤な焼き鳥をどんどんいただく。タレでも塩でもオールドパーのハイボールは平気で受けとめ、みるみるグラスの中の酒が減ってゆく。ささみのような淡白な味わいも、内臓のようなしっかりした口溶けも、ぜんぶ包み込む寛容なやつ。それが、オールドパーの懐の深さなのだろう。
一杯だけ酒を飲み、時には葉巻をくゆらせながら、何軒もなじみの店に顔を出してゆくのが高橋の飲み方。あまり長居はせず、店から店へとバーホッピングをするのだそうだ。例えば、帝国ホテルのオールドインペリアルバーも、そんな通い慣れたカウンターの一軒。何年も通い続けたある日、1本お預かりしましょうかと提案された時、高橋は迷いなくオールドパーを選んだという。最初はロックでもらい、途中から少しずつ、少しずつ炭酸を加えていくのが最近の高橋流。葉巻と一緒に、上質な空間での一杯を味わっているそうだ。
道具であり、衣装でもあるシャツへのこだわり
というわけで、今夜も次なる一軒へ高橋の足取りは軽い。「焼き鳥のあとは、オーセンティックなバーに行く」のが通例だということで、渋谷にある「石の華」へと向かった。ここのオーナーバーテンダーを務める石垣忍は、国内外のバーテンダーコンクールで、数々の優勝経験を持つ人。そして、高橋がつくるシャツの愛用者でもある。この晩、彼がカウンターで着こなすシャツも、高橋のアイデアが込められたもの。「たるみをつくらないように」と短めにあつらえられた袖から伸びる手は、きちんとオーバーホールされた機械式時計のように正確な手はずで次々とカクテルをつくり出す。心地よい緊張感が、バーカウンターに生まれている。
敢えて「おまかせで」と頼んだこの宵、高橋の手元に最初に出てきた一杯は、オールドパーを使ったスコッチ・オールドファッションド。傍らには、お酒に漬けられていたチェリーが添えられている。通常のオールドファッションドよりも、オールドパーを使うと柔らかく仕上がるという石垣。口にした高橋は、「まろやかだね」とご満悦の表情だ。
そんなカクテルを飲みながら、こっそりと高橋は美味しい酒を飲み続ける秘訣を教えてくれた。「それは、何も難しいことなんかない。一言でいうなら、無理をしないこと。僕は何十年もの間、毎日欠かすことなくお酒を飲んでるけれど、決して意地になって飲むことはないんだよね」。無理してお酒に付き合ったり、体に無理をさせて飲むようなこともしない。あくまでも、お酒は自発的だから愉しいものだという高橋。「ウイスキーも『ストレートが格好いい』なんて思ってた時期もあったけれど、今は自分の口と体に正直になって、必要なら氷や水、ソーダを加えながら飲む。そういう意味でも、オールドパーは器が大きな酒だから、どう飲んでも旨いのかもね」。最近の高橋は、どれだけバーを渡り歩いても必ず12時には家に帰る。それも、健康を気遣ってというより、「そうしたいから帰る」だけとのこと。自然な自分をあぶり出すようなシャツを作る男は、自分自身にも正直で気取らない、とびきり洒落者の大人だった。
決して無理をせず、素直に自分と向き合ってみる。
するといつしか自分らしいスタイルが見えてくる。
ビスポークシャツを通して、ファッションの本質、生き方をも指し示す高橋氏の背中が
言外に多くのことを語ってくれました。
次なる紳士との出会い、お楽しみに。