幅允孝のウイスキー対談
オールドパー紳士録 Vol.6
串野真也
2017.03.06
text by Yoshitaka Haba/photographs by Jun Kozai
京都で驚くべき靴に出会った。それは、靴というより生き物に近い匂いがした。
京都二条にアトリエを構える串野真也(写真左)は「Masaya Kushino」を手掛けるファッションデザイナー。なかでも、彼のつくる靴は独特の個性をもち、レディ・ガガやスプツニ子など愛着を表明するアーティストも多い。
目の前にある「Bird witched」シリーズの一足は、まさに鶏。伊藤若冲の鶏の絵柄を織り込んだ京都伝統の技が生み出す西陣織の生地に、ワニ革や羽など様々な素材を組み合わせ、最後は真鍮で出来た鶏の下肢を組み合わせて完成する。金属や革やファブリックなど、まったく異なる素材をコラージュしてつくっているのに串野の靴には不思議な一体感がある。彼は靴をつくっているはずなのに、作品には命を抱き込む包容力がある。今回は、そんな串野の頭の中を「オールドパー」片手に解き明かしてみたい。
京都から世界に発信する、ニッポンのクリエイション
広島県の因島で生まれた串野は、もともと洋服を作っていた。しかし、洋服は他のアイテムと組み合わせコーディネートをしなければ世界観を表現できない。串野自身は、服と服を掛け合わせるスタイリングにあまり関心が持てず、ひとつのディテールを集中してつくりあげたいと考えていた。そして、出会ったのが靴のデザインだった。洋服は人が着ないと形を維持できないが、靴は人が履いても、履かなくても形が保たれる彫刻的なものである。そんな靴を細部から積み上げ徹底的につくり込むことで串野のイマジネーションは具現化し、多くの人の心を揺さぶる作品が誕生した。
ひんやりとした串野のアトリエには何台ものミシンが並び、机の上のカッターマットは、何度も厚い革を切ったであろう刃物の痕跡が幾重も残る。小回りが利いて糸目が細かいPFAFFのミシンは手元を確実に照らすよう、自作のライトが付けられている。袋物を差し込んで縫う腕ミシンや、ニッピーという日本製の革すき機など様々な道具を駆使しながら串野は創造主になる。細かな手作業を繰り返しながら、靴の宇宙をつくっている。
20代のある時期を海外で過ごした串野にとって、京都という場所で靴づくりをすることも重要だったという。西陣織だけでなく、日本の伝統の粋が集まる京の町には自然と本物の技が集う。彼が過ごしたイタリアでは、自国文化に敬意を払う若手たちが沢山いたが、東京とはまったく違う時間が流れる京都だからこそつくることができる世界があると串野は信じている。
目の前にある「Bird witched」シリーズの1足は、これから英国ビクトリア&アルバートミュージアムに収蔵されるという。串野は「美術館に入るということで靴は普遍性を獲得できるし、100年、200年後の人にインスピレーションを与えることができたら嬉しい」と語るが、一方で自身はきちんと歩ける靴をつくっていることにも胸を張る。串野の靴は26センチ、つまり自身のサイズでつくられており、自らが最初に体感することを欠かさない。前出の「Bird witched」シリーズも竹馬に乗るような重心移動をすることでちゃんと歩くことができ、実際の使用に耐えうる構造づくりにも腐心しているようだ。串野の靴は、鑑賞して美しいのはもちろんだが、それが靴という機能を決して失わないゆえ、無類の拡がりと可能性を保てているのかもしれない。
初春の宴を、オールドパー シルバーで愉しむ
この日は、串野が先日受賞した京都府文化賞 奨励賞の受賞記念祝いに仲間たちが集まった。骨董についてよく話をするという京都在住のキュレーター、山内德太郎や、京都の若いクリエイターや高感度な人々の社交場として人気の「ぎをんせくめと」オーナーの篠原まゆみ、そして料理をケータリングしてくれたのは“手織り寿し”というスタイルを打ち出して京都で話題の「AWOMB」(AWOMB)の宇治田博である。アトリエは今日だけ特別なパーティ会場となり、いつも革を切る机には鎹継ぎがなされた美しい花器が置かれた。さあ、宴の始まりである。
「オールドパー シルバー」のソーダ割りで乾杯したあとは、この日のために準備された春の皿を皆で眺める。「AWOMB」の宇治田は今日、「オールドパー シルバー」に合う春の食材を用意。手巻き寿司よろしく具材を自らが巻き、織り込んで食べる”手織り寿し”を、誰もが「自分で巻くなんて何年ぶりだろう!」と驚きながらも鮨づくりに興じる。
京都らしい仕出しスタイルの進化形
海苔の上に酢飯を乗せ、南京瓜と京都産のもち豚を桜のチップでスモークしたものを巻き畳んでいただく。シャリは丹波のコシヒカリを使い、京都・村山酒造の千鳥酢を合わせて酢飯にしたものだ。酢飯の酸味ともち豚のスモークが不思議とよくあい、そこに南京の甘みが重なり合ってくる。赤かぶらとごぼうに加える初物のホタルイカ。生クリームと塩コショウで和えたシェリーポテトサラダ。若筍と万願寺とうがらしなど、一見手巻き寿司のタネにみえないようなものも、海苔に巻き口に放り込むとじつに一体感がある。宇治田いわく、スモークしたものや、オールドパーを味付けで使った素材は、酢飯の酸味が加わってオールドパーとの相性は絶妙のようだ。
華道家、中川幸夫の器と呼応する、串野の創造性
そんな彩り豊かな食材を盛る皿は、串野の美意識が反映されたものだった。透明なガラス皿は前衛華道家、中川幸夫の作品。串野の私物である。串野の本棚に中川幸夫の代表的な作品集『魔の山』が並んでいたので尋ねてみると、靴づくりのなかで中川幸夫の華に影響を受けた部分は大いにあるらしい。流派に属さず、伝統や様式にとらわれない革新的な華道を志した中川幸夫は、植物という限られた時間内の生を凝視する作家。串野の本棚には、植物や動物、骨や鉱物など自然科学に関する本が多く並んでいたので、自然がつくりだす人知を超えた形に串野が惹かれていることは想像に難くない。が、そんな自然に対し何ができるのか? を常に考え、植物の生に執着する力強い作品をつくり続けた中川の花と串野の靴には、交錯するポイントがいくつもあるように思えた。ともあれ、中川が花器としてつくったガラス作品に、この日は春の食材が花ひらいたわけである。
和のフレーバーでさらに広がる“シルバーボール”の魅力
紫芋の上に蓮根やラディッシュスプラウトを乗せて菊の花びらをあしらった白味噌仕立てのお吸い物が運ばれ、宴も佳境を迎える。お酒も「オールドパー シルバー」の“シルバーボール”に山椒の実、桜の塩漬け、柚子の粉を散らした春めいたアレンジが始まり、鼻孔から心地よい香りが駆けあがる。夜会は二次会へと続くのだ。
「ひとつの生き物として完結している」靴づくりを目指す串野真也。彼の本棚にはアートや骨董、ファッションから自然科学まで実に多様な好奇心が並んでいた。アトリエの壁に掛けられていた細江英公の写真作品も、楽焼や根来や三輪休雪など器の本も、中上健次や安部公房の小説も、井上有一の書も、つくり手の切実さや高めの体温、むせかえるような匂いは共通項といえる。京都という磁場で、たくさんの「本物」と対峙しながら、串野は自身の美意識を毎日研磨しているのだと思った。
そんな串野が京都で最もよく通うお店が「ぎをんせくめと」というスナック。ここでも毎夜芸術談義をしているのかと思いきや、ここのカウンターは「ただただ気持ちよく酒を飲み酔う場所」なのだそう。串野が考える「ぎをんせくめと」の魅力は「温かい目で見守ってくれる『愛』」。オーナーの篠原まゆみさんや店長の髙橋愛さんの寛容に感謝しながら、夜毎お酒に身も心も委ねている」と串野は潔く認める。
京都は町が狭くて飲める場所も限られているから、このお店で交錯する人らとも「あぁ、また会ったね」、「ただいま」という感覚なのだとか。そんな仲間が皆ニコニコしていて、愉しんでいるから帰れなくなってしまうという串野は、最近ウイスキーに目覚めてきた。
普段、カウンターでビールを飲むことが多かった串野がウイスキーも嗜むようになったのは幾つかの訳がある。人生の先輩たちが飲むウイスキーはずっと大人っぽく思えていたが、「しっかりしたものが飲みたい」と思い始めたとき蘇った記憶が、親戚の家の応接間に置かれていたオールドパーのイメージだった。串野は、小学校低学年のとき様々な色や形に惹かれて近所の酒屋で捨てられている酒瓶から蓋を集めていたのだが、「その蓋から微かに香る大人の匂いもウイスキーのものだったと最近やっとわかりました」と彼はいう。
京都の町で様々な人と美に出会い、過去のウイスキーの思い出とも出会いなおす。串野真也と京都の夜の蜜月は、まだまだ愉しく続きそうである。
ブレンデッドウイスキーの王道「オールドパー」は、時代を超えて日本の男たちに愛され続けています。
ハイボールや食事と相性のよい「オールドパー シルバー」は、あらゆるシーンに寄り添い、
伝統的なブランドの新たな魅力を発信し続けていきます。
「オールドパー」はこれからも、日本の紳士と共に時を刻み続けるでしょう。