飲食の現場から
Smile Food Projectが示唆するシェフの力
2020.05.15
世界中で医療従事者への食事支援が活発化しています。
日本で逸早く立ち上がったのは、シェフたちが医療現場へ料理を届ける「Smile Food Project」。メンバーの迅速かつ緻密な連携によって、6月末までに計2万食の提供を目指しています。
これらの活動に見るシェフと社会との関わり方には、「支援」に留まらない意味と示唆があります。
「食は社会を元気にすると示したかった」
「Smile Food Project」は、東京・北参道のレストラン「シンシア」石井真介シェフと株式会社サイタブリア代表・石田聡さんをリーダーに、Chefs for the Blue、NKBを中心メンバーとして活動するプロジェクトだ。
「自然発生的に立ち上がったと言っていいくらい瞬く間に動き出しました」とサイタブリアの石田さんは語る。
石井シェフの4月6日のFacebook投稿「命がけで働いてくれている人たちに何かしたい!」に対して、すでに心の中で準備を進めていた石田さんが速攻で反応。広告会社であるNKBの寺田裕史さんやChefs for the Blueの佐々木ひろこさんらが賛同し、「最初のミーティング時にはポンポンと自然な流れで役割分担と進め方が決まっていった」と言う。
「NKBがプロジェクト推進の事務局業務、WEB制作、コミュニケーション施策を、Chefs for the BlueがシェフのコーディネートやPRを、サイタブリアが医療機関への打診、調理環境の提供から運搬まで調理に関わる全般を担当することに。ミーティングでは、調理後の状態変化の心配や温かい料理を食べてほしいとの思いから、キッチンカーで現場まで行こうといった意見も出ました。でも、食事をいつ取れるかわからない人たちが各自のペースで食べられるようにとの配慮から、お弁当という形を採ることになりました」
サイタブリアは「レフェルヴェソンス」「ラ・ボンヌ・ターブル」「サイタブリアバー」などのレストランと共にケータリングサービスを展開してきた。「作る」と「食べる」が切り離されたスタイルの食事、すなわち時間の経過や環境の変化による食中毒などのリスクを回避する知識やノウハウを20年近くにわたって積み重ねている。
「新型コロナウイルスの感染拡大と共にケータリングの注文がキャンセルになって、ケータリング用の調理スペース『サイタブリア フード ラボ』が使える状態にありました。そこをSmile Food Projectのキッチンとして提供することにした」
サイタブリアが日頃培ったノウハウと設備が、シェフたちの調理を支えるベースとなったわけである。
「この活動には、災害時の炊き出しともまた違った側面があります。食中毒の危険性に加えて、新型コロナウイルスの感染リスクもあり、届けた食事が不測の事態を引き起こせば、支援どころの話ではない。マスク、消毒、スタッフ間の距離の取り方はもちろん、調理場の衛生管理に加え、稼動しないスタッフは自宅待機させるなどの行動管理、朝晩の検温をはじめとする健康管理を徹底しています。ラボをキッチンとして提供することは、何かあった時の責任を私が取るということ。その覚悟で臨みました」
Chefs for the Blueのシェフたちがレシピを提供し、調理に携わる。栄養、衛生、味や彩りといった料理としての創意工夫を盛り込んだ献立を準備する一方で、石田さんのネットワークで医療関係者に打診。最初のミーティングから1週間後の4月13日には聖路加国際病院に第1回目の提供を実施した。活動が広く知られるに伴い、医療機関からの問合せは増え、日曜日を除く毎日の提供を開始。5月11日時点でのべ29件の病院に約3500食を提供している。
「感染拡大以降、営業自粛による閉店の危機など、飲食業界全体に暗いニュースが絶えません。社会にとって飲食店は必要であること、食は社会を元気にすることを示したいとの思いもありました」
支援に留まらない「Smile Food Project」の意味を、石田さんはそう語る。
「連帯」を「食」で示す。
石井シェフのFacebook投稿は、フランス在住の日本人シェフが医療機関への食事支援を行なっているとの報道を受けたものだった。コロナの感染拡大が日本よりも早く進行したフランスでは、シェフたちの活動も先行。その様子は日本のシェフたちを刺激した。
当サイトで連載「食を旅する」を持つパリのレストラン「Dersou」の関根拓シェフも医療機関への食事支援に参加した一人だ。その様子はNHK BS1「国際報道2020」でも紹介された。
関根さんは5月初旬、パリの様子を知らせるエッセイ【特別寄稿】「パン屋Mamiche」を寄せてくれた。
その中に次のような一節がある。
セシルとヴィクトリアはこれを「Solidarité, ソリダリテ」と表現する。
手を差し伸べられる者が、必要とする者に手を差し伸べること。
フランス人のDNAに宿るこの言葉の意味を、彼女たちはパンを通して体現する。
「Solidarité, ソリダリテ」とは、日本語で「連帯」と訳される。フランスでは、人々が手に手を取り合うべき時に必ず使う。たとえば、2015年のパリ同時多発テロ事件の時。昨年のノートルダム寺院火災の時。東日本大震災の折にはフランスから日本に対して即日「支援と連帯」の意志が表明された。新型コロナウイルス感染拡大と共に、フランスからの報道においては言うまでもなく、日本でも「連帯」という言葉を目にする回数が増えている。
フランスの社会思想に基づくこの理念の詳細は割愛するが、「連帯」をデモ行進ではなく「パン」で実践するところに、食に携わる人間の矜持があると関根さんのエッセイは教えてくれる。セシルとヴィクトリア、2人のブーランジェのみならず、そのパンをサンドイッチに仕立てて医療機関へと渡す料理人も然り。もちろん「Smile Food Project」をはじめ、日本で同様の活動をする人々もだ。
料理人とは技術者である。
シェフたちによる医療従事者への食事支援を見るにつけ、料理人の技能はレストランにおいてのみ発揮されるものではないことがよくわかる。
レストランのシェフを取材していると時折耳にするのが「僕たちはお客様の生命を預かっている」という台詞だ。
たとえば「ル・マンジュ・トゥー」の谷昇シェフは「極端な言い方をすれば、僕たちは料理に毒を入れることだってできるんです。レストランで食事するということは、実はシェフに生命を預けることに等しい。お客様からのその信頼を裏切らないよう、レストランの料理人は衛生管理の徹底を厳しく自分に課す」と言い続けてきた。
飲食店を成立させているのは、食材知識、調理技術、飲食環境への対処、食べ手の体調への配慮、栄養計算、衛生管理など幅広い技能である。そして、それは飲食店という限られた空間のみならず、社会の多様なシチュエーションにおいて機能し得るものだ。東日本大震災での炊き出しもその一例だが、石田さんが指摘するようにより難易度の高い今回のようなケースでも料理人の技能は心強い役割を果たす。
「料理人とは流動する人材である」――辻静雄料理教育研究所の所長を2002~2011年に務めた山内秀文さんはそう指摘する。
その前提となるのは「料理人とは技術者である」との考え方だ。
「フランスでは、料理人は職場(店)を移動しながら労働を提供し、対価として給与を得て、技術を磨いてゆく。つまり、店を移りながら見習→料理人→部門シェフとポジションを上げ、そしてシェフへと上る。店を移る際、雇用主は仕事内容、地位等を記した労働証明書を渡すことが義務づけられ、料理人の技能の保証となる。こうして店を移動しながら技術を高め、キャリアアップしていく」
このシステムが円滑に機能するのは、どこの店にも通用する共通技術が存在し、そしてすべての技術の公開が原則となっているから、という条件付きではあるが、料理人を成立させるのは技術であり、店はあくまで場であるとの捉え方は明確だ。MOF(フランス最優秀職人章)のような、最高位の技術者としてフランス政府が認証する制度が料理に適用されるのも、「料理人=技術者」と位置付けられているからにほかならない。
その技能は社会で様々に活かされる。
日本では店という場と料理人が持つ技能を一体化して考えがちだが、店と人を分解して見ると、料理人の機能が明快になる。さらに、その機能の社会における活かし方は店のみではないことが見えてくる。その一例が医療機関への食事支援だろう。
現在の状況がいったん収束した後、飲食業界にどんな展開が待ち受けているのかはわからない。店という業態の維持が困難になる局面があちこちで起こる可能性もある。その時、「料理人は技術者である」との捉え方と価値を打ち出していくことは重要だ。
4月24日、「Smile Food Project」への募金が開始された。目標額21,000,000円は期日を待たずして達成され(募金は6/30まで継続中)、人々がこの取り組みに寄せる思いの大きさを読み取ることができる。
サイタブリアの石田さんは「Smile Food Project」を稼動させる中で、レストラン従事者の日頃からの社会参加の必要性を感じたという。
「もっともっとレストランの外で起きている事象に対して興味を持ち、より幅広い人脈と関わりを持ち、政治にも目を向けて、意見を述べていく必要があるでしょう。料理人をはじめとするレストラン従事者の社会的地位を上げていかなければ」
そのためにも、「Smile Food Project」が果たしている役割は大きい。
◎ Smile Food Project
https://smilefoodproject.com/
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