HOME 〉

FEATURE / MOVEMENT

森を再野生化(Rewilding)するオランダのユニット「シュタインバイザー」って知ってる?

2024.11.28

森を再野生化(Rewilding)するオランダのユニット「シュタインバイザー」って知ってる?

text & photographs by Azusa Kumagai

大きすぎる問題を前にすると、「自分ひとりが何をしたって変わらない」と諦める。でも本当にそうなのか?を問うクリエイティブユニットが、オランダの「シュタインバイザー(Steinbeisser)」だ。
これからの生き方を模索する実験的なガストロノミーパーティが、やがて森を購入して再野生化する活動につながるまで。ヤオとマーティン、2人の自然体な歩みを植物写真作家の熊谷あずさが追う。

目次







今の私たちの食べ方を問い直し、「新しい選択肢」を探る実験的ガストロノミー

今の私たちの食べ方を問い直し、「新しい選択肢」を探る実験的ガストロノミー
©️Steinbeisser

古城や歴史的建造物の内部で執り行われる、どこか謎めいた晩餐会。芸術の中をさまよう様なしつらえに、来場者はまずうなるだろう。そして内心、身構えるだろう。「実験的ガストロノミー」の舞台となるテーブルの上に並んだ見慣れない料理と、斬新で、ともすると使いにくいカトラリーを前に、人々はどうするか。困惑する、挑戦する、諦める。そして最終的に、おのずと協力し合ってその困難を乗り越えようとする。主催者の狙い通りに。

©️Steinbeisser

食物を認識し欲したヒトは、道具を用いて口に運び咀嚼する。この「食べる」という基本的な行為を予想外の方法で見直して再構築し、新しい概念を創出する晩餐会の主催者、それがシュタインバイザーだ。ヤオ・ワインスマとマーティン・カリクの2人が運営し、2009年よりオランダを拠点として世界中の選ばれた場所で活動する。実験的ガストロノミーを通じて食事の体験をより豊かにし、来場者の既成概念に問いかけることで、持続可能な将来を見据えた新しい生き方を探ることを課題としてきた。

©️Steinbeisser

晩餐会の皿の上には、いつも有機農法、あるいはバイオダイナミック農法(農場というひとつの生態系が成立することを目指した有機農法の一種)で栽培された地元の野菜が載る。名だたるシェフたちの手によって、さらに美しく姿を変えて。シェフたちは、地産地消の完全なる植物由来のヴィーガン料理と飲み物の創作に挑戦する。環境に配慮したモチーフは、世界中のアーティストが手がける食器、テキスタイル、照明を通したインスタレーションにまで及び、食べる意味や論理、そして倫理をも再考する場となり、シュタインバイザーの実験的ガストロノミーを形づくっている。

©️Steinbeisser

おいしいプラントベースを追求したら「作物の祖先」に辿りついた

自然の循環を謳歌しテーブルに行き着いた農作物は、幾重にも重なる生物間相互作用(生物が互いに影響を及ぼし合うこと)のプロセスを経験して成熟したため、味が良い。その食材としての秀逸さをより深く追求するため、独自の研究を続けてネットワークを広げてきたシュタインバイザーは、およそ700軒の有機農家やバイオダイナミック農家、そして6000を超える植物由来の食材のデータベースを構築し、晩餐会で使用できるように参加シェフに提供している。

彼らは研究を通じ、農業と種子の人為的選択の歴史についても多くのことを学んだという。効率が悪いとみなされ放棄されてきた古い伝統品種の存在を知り、それが遺伝的に安定し、格段に滋味深いことに気づかされた。また、それに関連して世界中で栽培・消費されている作物の祖先である「作物野生近縁種(Crop Wild Relatives、以降CWR)」が存在することも知った。今日、CWR の多くはほかの野生植物とともに絶滅の危機に瀕しており、レッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)に掲載されている。植物の種類が少なくなりつつあることを示すこの事実は、彼らに多くのことを考えさせるものだったという。

オランダ南東部の自然保護区に、わずかに自生していたニンニクの仲間
オランダ南東部の自然保護区に、わずかに自生していたニンニクの仲間"Allium vineale" のつぼみ。作物野生近縁種のひとつで、2010年にレッドリスト入りしている。指先ほどの小さい花の塊だが、その色味が魅力的で広い野原の中にあっても目をひいた

生物多様性の危機に、森を買って対処する

身近に迫った危機に対し、自分たちの持てる力でできることとは。
種が減るということは、循環が乱れることを示唆している。自然とは本来、微生物をはじめとした様々な生物が作用し合うなか、物質が性質を変え循環して成り立っているものなのだ。

本来あるべき自然の姿からかけ離れていくことを少しでも食い止めようと、シュタインバイザーは生物多様性保全に乗り出すことを決意した。森を購入して絶滅危惧種を含む森林全体の多様性を維持しながら整えることで、自然の循環を森に取り戻していくことを計画。その可能性のある場所を探し始める。そして晩餐会の収益の半分以上を費やし、ついにオランダ国内に複数の森を購入。2022年より、保全の取り組みをスタートした。

複数購入した森のうち、比較的新しい区画。森らしい循環はまだ見られない様子だった
複数購入した森のうち、比較的新しい区画。森らしい循環はまだ見られない様子だった

シュタインバイザーが入手した森は、かつて木材の供給源として活用されていた人工林だ。樹々が密に立ち並ぶ様子から、豊かな生態系のもとに成り立っているかのように見えるが、実際には人の手により自然の循環から隔絶され、孤立した状態にある。そこに生きる動植物の種類は限られ、手入れを必要とし、放置すれば荒れて植林地としての目的をも果たさなくなる。そこに、人工林になる前にあった自然の循環を復元するにはどうしたらいいか。

もともと植物の専門家ではない彼らは、まず助言を受けられる専門知識のネットワークを構築していった。所属するシードバンク団体の仲間や、生物学、植物社会学、自然保護と修復の分野で経験を積んだ知人たち、そして外来種の対処法を教えてくれる生態学者の意見を仰ぎながら、保全の取り組みを進めている。

触れるか触れないかの謙虚な手つきで、絶滅危惧種の生態を確かめているマーティン。日当たり具合や土壌の性質など、植物を取り巻く環境を自然保護区で学び、森の再生に反映させる
触れるか触れないかの謙虚な手つきで、絶滅危惧種の生態を確かめているマーティン。日当たり具合や土壌の性質など、植物を取り巻く環境を自然保護区で学び、森の再生に反映させる

シュタインバイザーの森の土壌と水環境の性質が似ている周辺の自然保護区は、この土地で自然の循環を復元させるためのヒントに満ちている。彼らは保護区内の植生(ある地域に自生している植物の集団)をつぶさに観察し、開花期、結実期と季節を変えて訪れては、森の再生プランに反映させている。太陽光の入り方の違いから、森の内、森の淵、森の外では同じ植物でも生育する姿や群生の規模が異なる。与えられた環境で一抹の草がどう順応して育って行くのか。図鑑を眺めるだけではなく、保護区に実際に生きる個体から実像を習う。

「この感じを再現したいんだ」。保護区内で多種多様な植物が均衡を保ちながら生育している様子を前に、感慨深げに言っていたマーティン。森の前途を思う気持ちがよく表れた言葉で、印象に残っている
「この感じを再現したいんだ」。保護区内で多種多様な植物が均衡を保ちながら生育している様子を前に、感慨深げに言っていたマーティン。森の前途を思う気持ちがよく表れた言葉で、印象に残っている

人の手が加わった森に再び循環のスイッチを入れるには?

森の再生手順として、まず常緑樹のマツだけで構成された人工林を、さまざまな種の落葉樹が育つ森に変えていく。そのために、人の手が入る前に生育していたであろう在来種の低木や高木を、専門家の意見を取り入れながら特定し、再導入して元来の生育地の様相を復元する。

次に、土壌の性質が似ている周辺の土地で絶滅の危機に瀕している植物を探し出し、それらが生育できる場所を森の中につくる。そして、できるだけ森に近い場所に残っている個体群から種子などを採取し、森に導入する。

朽ち木には、菌類、コケ植物などが定着しはじめていた。キノコは日本の八ヶ岳で見るナメアシタケに似ていたが、実際にはどうなのか。緯度・経度と植物との関係性は、いつも興味深い
朽ち木には、菌類、コケ植物などが定着しはじめていた。キノコは日本の八ヶ岳で見るナメアシタケに似ていたが、実際にはどうなのか。緯度・経度と植物との関係性は、いつも興味深い

しばらく放置されていたこの人工林では、少しずつ樹木の倒伏が始まっている場所があり、朽ち木に分解を促す菌類、コケ植物などが定着しはじめ、循環の第一歩が見てとれる。樹木は生物により分解され、やがて土に還り、姿を変えてこの森を循環するものになるのだ。

樹木は刃物で切られると復活しようとさらに強く生きる性質があるため、現存するマツは自然に任せて枯れるのを待つ。果てしなく時間はかかるが、できる限り人の手を入れず、土に還るのを待つ。

自然に倒伏した樹木。国内外の野山を歩くなかで見かける姿はみな荘厳で、そのたたずまいは「自然を知り身をゆだねる」ことの意義を教える
自然に倒伏した樹木。国内外の野山を歩くなかで見かける姿はみな荘厳で、そのたたずまいは「自然を知り身をゆだねる」ことの意義を教える

「自然に任せる」とは、「循環させておく」こと。森の再生の取り組みは、人が道具を用いて積極的に働きかけることで足早に進められるものではなく、生態系の構造を理解し、自然の時間軸に合わせて「うまく循環する環境を整える」ことにほかならない。


週末森に通い、持続可能な人間社会のあり方を探る

森の入り口に案内してくれたヤオとマーティンの眼差しから感じたのは、この森を再生させるための「覚悟」のようなものだった
森の入り口に案内してくれたヤオとマーティンの眼差しから感じたのは、この森を再生させるための「覚悟」のようなものだった

「匂いが浅い」。撮影のために初めてシュタインバイザーの森に足を踏み入れた瞬間に感じたことだ。日本の野山を歩いて触れてきた数々の円熟した森には、それぞれに固有の、深く、芳醇な、ときに排他的であるとひるむほどに強く覚える匂いがある。生まれたての循環の層からくる浅い匂いは、まだ人の営みの隣にある趣。どこか初々しく、多様な生物間相互作用が融合した深い匂いに比べて個々の存在が際立つような印象だ。

森の一部にわずかに残る在来種、ヒペリカムの仲間
森の一部にわずかに残る在来種、ヒペリカムの仲間 "Hypericum pulchrum "。日本に自生するオトギリソウよりもはるかにか細く、繊細な印象だった。このまま消えずに増えていってほしいとのこと

生物多様性保全の活動といっても切り口は様々だが、共通するものは生態系におけるいわゆる「物質循環(物質が生物と非生物の間を、性質を変えながら移動して循環すること)」を支えるための環境を整えること。ガストロノミーの表現素材としてバイオダイナミック農法により栽培された農作物を扱ってきたシュタインバイザーは、「植物界の構造」から気づきを得て保全活動へアプローチし、日々の研究をもとに森の再生の取り組みを始めた。

近隣の自然保護区で見つけた、森に導入したい絶滅危惧種の植物の一部。カンパニュラの仲間
エニシダの仲間
近隣の自然保護区で見つけた、森に導入したい絶滅危惧種の植物の一部。カンパニュラの仲間 "Campanula rapunculus"(上)、そしてエニシダの仲間 "Genista germanica"(下)。このカンパニュラはドイツ語で「ラプンツェル」と呼ぶことを、マーティンから教わった

森の土壌に合う植物を探るため、彼らは周辺の自然保護区にたびたび足を運ぶ。オランダには、生態系を維持するために十分に考慮された方法で管理された自然保護区が各地に点在している。人々は土を踏み、微生物に触れ、自然の循環を身近に感じることができるのだ。各都市部から自転車に乗り30分ほどで到着する自然保護区は、人の営みから決して切り離すことのできない循環の具体を教えている。オランダではこうして、高いエコロジカル・リテラシー(生態系を総合的に理解し、その法則に沿って持続可能な人間社会を築く能力)が養われているのだと感じた。

週末を利用して足しげく森に通うヤオとマーティン。将来を見据えた新しい生き方を探ることを課題としてきたシュタインバイザーの当初からの理念は、森を再生させる取り組みに帰結した。彼らは言う。「これはほんの小さい取り組みにすぎないことは分かっている。でもやるんだ」
週末を利用して足しげく森に通うヤオとマーティン。将来を見据えた新しい生き方を探ることを課題としてきたシュタインバイザーの当初からの理念は、森を再生させる取り組みに帰結した。彼らは言う。「これはほんの小さい取り組みにすぎないことは分かっている。でもやるんだ」

私は植物写真作家として、植生の定着を追いながら森が循環を取り戻していく様子を写真に残す作業を継続的に行うため、これから季節を変えてオランダにあるシュタインバイザーの森を訪れることになる。土にはじまり微生物、動植物、大気を経て再び大地へ。小さいものから大きいものへとスケールを変えて循環が伝播していく過程が、まだ若く浅い匂いのするこの森に時間をかけて構築されていく。人の侵入を躊躇させるような重厚な循環が、やがてこの森にも訪れる。

シュタインバイザーの森の底に転がる枯れ枝や木片。コケ植物が定着し、その上に数種類の植物が覆いかぶさる。藪漕ぎで進む緑の中で、わずかながらに森の当たり前の光景が復元され始めている様子を目の当たりにし、少しずつ循環が広がり巡る未来を想像した
シュタインバイザーの森の底に転がる枯れ枝や木片。コケ植物が定着し、その上に数種類の植物が覆いかぶさる。藪漕ぎで進む緑の中で、わずかながらに森の当たり前の光景が復元され始めている様子を目の当たりにし、少しずつ循環が広がり巡る未来を想像した

熊谷あずさ/植物写真作家
植物を取り巻く環境と、そこに介在する相互作用に焦点をあてる撮影方針に共感したシュタインバイザーの依頼を受け、彼らの森の植物の遷移を撮り始める。国内では、自然科学と自然哲学の視点に基づく作品制作を、展覧会や著述などを通して行う。登山歴20年。東京都内在住。
ウェブサイトhttps://azusakumagai.com/

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。