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FEATURE / MOVEMENT

平野紗季子さんが語る「音楽と食~私を触発するもの」

MAKE WAVES RADIO×料理通信コラボ企画

2022.09.22

text by Noriko Horikoshi / photographs by Hiroshi Kawashima

音楽も食も「その人が何に感応したか」が表れるもの。
食への感度の高さで注目されるフードエッセイストの平野紗季子さんは、どんな音楽、食に心揺さぶられるのか?
平野さんの情熱をかき立てる食の魅力、音楽との意外な共通点について、自身の音楽歴も交え繰り広げられたトークをお届けします。


※MAKE WAVES RADIOとは?
クリス智子さんがナビゲーターを務める「ヤマハ銀座店」発の参加型インターネットラジオ番組。「料理通信」読者をリスナーに迎え、平野紗季子さんをゲストに8月4日公開収録を行いました。

平野紗季子 フードエッセイスト/フードディレクター
小学生から食日記をつけ続け、慶應義塾大学在学中に日々の食生活を綴ったブログが話題となり文筆活動をスタート。雑誌・文芸誌等で多数連載を持つほか、ラジオ/podcast番組「味な副音声」(J-WAVE)のパーソナリティや、NHK「きみと食べたい」のレギュラー出演、菓子ブランド「(NO)RAISIN SANDWICH」の代表を務めるなど、食を中心とした活動は多岐にわたる。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)、『味な店 完全版』(マガジンハウス)など。instagram: @sakikohirano


レストランでの食事は、「おいしいところでやめなさい」が平野家のルールでした(笑)

クリス智子(以下、クリス) 平野さんのエッセイやインスタグラムからは、本当に食の世界が好きで、食べることを心から楽しんでいらっしゃる様子が伝わってきます。いつ頃から食を意識するようになったのですか?

平野紗季子(以下、平野) 5歳のときに福岡から東京に引っ越して、週末に家族と近くのレストランへ通うようになりました。蛍光灯ではない照明の下で、お姫様気分のサービスを受けながら、給食や家のごはんと違うとんでもなくおいしい料理を家族で囲む。「レストランって、夢なんだ!」と子供心に実感したのを覚えています。

クリス 「おいしい」「楽しい」では終わらず、小学生の頃から食日記もつけていらっしゃったそうですね。

平野 あれほど感動したのに、翌朝になるともうお腹が空いているし、記憶も薄れてしまっているのが悲しくて。子供心に「食は消えもの」だと悟ったんですね(笑)。そのやるせなさに抗うため、すぐにできる手段が“文字に残す”ことでした。

クリス どんなことを書いていたんですか?

平野 けっこう辛口の日記も書いていました。「シェフのやりたいことはわかるけれど、水菜は“ゆで”より“生”がいい」とか「もう2度と行きたくない」とか(笑)。何様なんだ・・・という感じですが、誰のためでもなくあくまで自分が見返すための日記だったので・・・許してください(笑)。親といえば、平野家の外食の家訓は少し変わっていて、父には「残さずに食べなさい」ではなく、「おいしいところでやめなさい」と言われて育ちました。

クリス ユニークな食育ですね!

平野 楽しむために来ているんだから、料理を最大限に楽しみなさいという。外食好きな父からのメッセージだったのかもしれません。とはいえ余ったら残して良いのではなく、残すのは残すで失礼なので、オーダーのときの集中力も鍛えられました。全体として、食を楽しむことへの“気概”のようなものを教わった気がしています。

クリス ご両親とではなく、1人で外食できる年頃になっても、食への熱は冷めやらず?

平野 まったく(笑)。何事にも望むことには一直線の“オタク気質”なのですが、食への熱量は特別でしたね。食日記も、中学時代からは「花の中学生サキの食日記」というブログに変えて書き続けていました。公開はしていても、ビューワーは自分と母だけしかいないという(笑)。けれど、不特定多数の誰かに発信する場を持つことで、食について客観的に伝える楽しさ、難しさもわかり、現在の文筆活動につながったのではと思っています。


食と音楽。どちらも人生を豊かに彩ってくれるもの。美しくシンクロしたら最高です

クリス 平野さんは音楽も大好きで、小さい頃からピアノを習われていたとか。今回もお気に入りの1曲としてドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」をリクエストされていますね。

平野 幼稚園からヤマハ音楽教室に通っていました。学校の音楽会では常に伴奏役でしたし、今もピアノを弾くのは好きです。

クリス 普段はどんな音楽を聴かれるのですか?

平野 プレイリストを昼用の“DAY”と夜用の“NIGHT”に分けて、その時々のシーンや情緒に合わせて聴き分けています。いいと思った曲をどんどん追加するので、全部聴いたら何百時間分になるくらい大量に入っていて。

クリス 音楽も食と同様に、平野さんにとってなくてはならない存在なんですね。

平野 食を楽しむという行為は総合的な体験なので、味や人といった要素だけでなく、音がとりわけ重要な役割を持つと思います。両方がよりよい形でシンクロするのが最高ですよね。どちらも忘れられない記憶として残り、刻まれる。ドビュッシーのピアノ曲も、大好きなカフェで流れていたときに、その日に飲んでいた紅茶の匂い、くぐもった雨の音や湿り気のある空気感と溶け合っていて「ああ、いいなあ」と。もし、そこでヘヴィメタルのロックがかかっていたら、紅茶の味も変わっていたかもしれないですよね(笑)。

クリス 思春期の頃は、浜崎あゆみさんの大ファンだったとも伺いました。“あゆ沼”にはまっていた!?

平野 はい、もうどっぷりと。大好きすぎて自由研究のテーマにも選んでいたくらいです。「なぜ、この世界は浜崎あゆみを必要としているのか」という壮大なタイトルで(笑)。その裏付けをディスコグラフィと生い立ちから考察した内容で、レポート10枚が課題のところ、80枚も書いてしまって。

クリス 80枚! それはすごいですね。

平野 夢中になったら深堀りせずにはいられない、オタク気質がここでも全開でした(笑)。


素晴らしい体験に出会ってもらうための“より良いドア”をつくるのが自分の仕事

クリス 執筆活動以外にもラジオ・TV番組への出演、新しいお菓子ブランドのプロデュースなど、食を軸とする平野さんのフィールドが広がっている中で、今、“Make Waves=心を震わせる”体験と言えば、どんな食の形をイメージされますか?

平野 「ここにしかない」と思える出会い、刹那の喜びがあること。具体的には、今まさに世界の潮流となっている“デスティネーション・レストラン”での食体験に注目しています。あらゆる食材や情報が流通し、“似たようなもの”ばかりに流れやすい食の世界にあって、「その土地でしか表現できないこと」「自分にしかできない何か」を探求する姿に尊敬と共感を覚えるし、自分の手のうちにないものに学び、特に自然から教えてもらおうとする料理のアプローチにも、都会のレストランにはない懐深さを感じますね。

クリス そういった新しい食の情報を発信していくうえで、大事にしていることはありますか?

平野 私が日々仕事にしているのは、その場所、人、料理に出会ってもらうための「より良いドアをつくる」ことだと思っています。なぜなら、ドアの入り方ひとつで食体験が変わってしまうケースをよく見てきているから。デスティネーション・レストランにしても、「山奥にある陸の孤島」といった面ばかりが強調されると、引いてしまう人がいるかもしれない。塩対応の店があったとして、奥には深い哲学があることを理解できれば、「最悪の接客」と断罪されなくてすむかもしれない。だからこそ、そのお店に出会うためのより良いドアを作ることができるよう、丁寧に伝えていきたいと思っています。

クリス 作り手の気持ちに寄り添う取材ということになるでしょうか。

平野 もちろん、正当な批評も必要です。けれど、常に愛をもって。「料理には愛が必要」という言葉をよく聞くけれど、食べ手も愛をもって味わうことが大事ではないでしょうか。私自身は本当に食べることが好きで、大好きすぎて、作り手へのリスペクトがまず先に立ってしまいます。心が動く食体験と出会った時は、特に。店をやってくださって、ありがとう。わくわくさせてくださって、ありがとう、と。そんな感謝の気持ちしかありません。

クリス これからも、どんな“平野ドア”が開かれるのか、乞うご期待ですね。本日は楽しいお話を、どうもありがとうございました。

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