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JOURNAL / イタリア20州旨いもの案内

魚介の瓶詰は、海の生き物に捧げるアート

Vol.74 ラッツィオ州アンツィオの水産加工品生産者

2024.08.29

魚介の瓶詰は、海の生き物に捧げるアート

text by Paolo Massobrio / translation by Motoko Iwasaki

連載:イタリア20州旨いもの案内

漁船で一夜を過ごしてみれば、漁師の仕事がいかにきついものであるかがわかるはずだ。趣味の海釣りの話ではない、漁をすることで家計を支えている者たちのことだ。

その日の糧(かて)を得るためにアッチューゲ(カタクチイワシ)、鯛、スズキやタラ、ブリなどがかかってくれることを祈り、漁船を沖に出す。その夜も、その次の夜も獲れるかどうかの保証はなく、獲れたり、獲れなかったり。豊漁の根拠など一切手にできないまま陸を離れる。


鮮魚店に並ぶのは、集約型養殖場から届くものがほとんどだ。

ところが、そうして獲れた魚を僕たちが鮮魚店で目にすることはほとんどない。漁港に水揚げされた魚はもっぱら高級レストランに引き取られていくか、業者の手に渡って半調理や小骨を取るなどの加工を施され、より高値で流通される。鮮魚店に並ぶのは、集約型養殖場から届くものがほとんどだ。

魚を食べることで健康的な食生活を送れるという考え方が世に広まり、先進諸国では魚介類の行き過ぎた消費が進み、ただでさえ貧しくなった海洋資源は枯渇への一途を辿っている。国連総会が採択した「持続可能な開発のためのアジェンダ2030」には、14番目の目標として人間の活動によって危機的状況に陥ってしまった海洋資源の保全と持続可能な利用が掲げられている。

とはいえ『料理通信』の読者諸君なら、こんな前口上は既に度々耳にしていることだろうし、僕も海の幸はもう口にするなと訓戒を授けたいわけでもない。早速、今回の話の本題に入るとしようか。

狩人ではなく、農家のように海と向き合う

ある日、ラッツィオ州のレストランから素晴らしい海の幸の瓶詰を受け取った。水産加工会社「マナイデ(Manaide)」が作った「アンツィオ(Anzio)産ニッコウガイのパスタソース」だった。フライパンで軽く温めて、茹で上がったリングイネに和えて口に入れ、その旨さに言葉を失くした。

俄然、このパスタソースを作っている会社のことを知りたくなり

俄然、このパスタソースを作っている会社のことを知りたくなり、その洒落たガラス瓶のラベルをじっくり観察してみると、この貝を獲った漁船名と獲れた場所まで記されているじゃないか! ますます興味が湧いてこの会社のオーナーであるルイジ・クレシェンツィ(Luigi Crescenzi)と話がしてみたくなった。


伯父とカタクチイワシの塩漬けをよく一緒に作ったものです。

「この会社を立ち上げて11年になります。以前は化学薬品関連のグループ企業で営業責任者をしていましたが、心にしっくりくる仕事をしたいという気持ちがどんどん強くなり、転職することに決めました。僕は幼い頃、伯父のジャンカルロによく漁に連れて行ってもらった影響で、今でも漁に出るのは大好きです。伯父とカタクチイワシの塩漬けをよく一緒に作ったものです。

アンツィオには1700年代から魚の保存食作りの伝統があります

アンツィオには1700年代から魚の保存食作りの伝統がありますが、今から2000年前、皇帝ネロがアンツィオに館を建てた時代の文献でも、既にこの海で獲れる魚は帝国一と謳われ、現在でもティレニア海一の漁場とされています。そんな地域の伝統を紐解くうちに閃きがあり、この会社を始めました。その時はアンジェラ・カポビアンコ(Angela Capobianco)という地元の女性との共同経営でした。

『マナイデ』はまた、この地域独特の刺し網そのものを指す言葉でもあります。

社名の『マナイデ(Manaide)』とは、1700~1900年代初頭まで使われていた三角帆のある手漕ぎ舟のことで、刺し網漁に用いられていました。1900年代半ば以降、大型船で集魚灯を用いて巻き網に追い込む形態の漁が主流になり、この船は姿を消して久しいです。

『マナイデ』はまた、この地域独特の刺し網そのものを指す言葉でもあります。網目を大きくとることで、サイズの大きなカタクチイワシだけが網にかかる仕掛けで、しかもかかったイワシは網に掛かるとすぐに海中で放血される仕組みになっています。このため魚が売れ残っても、そのまま塩漬けして保存することができました。つまり沖で選別しながら漁をし、下処理もできていたわけです。


『マナイデ』という言葉は僕の新しい人生にピッタリだと思ったのです。

僕のそれまでの人生では化学製品を広めることを仕事にしていたけれど、これからは海に戻り、伝統と素材のよさをベースに、持続可能な漁業と地域の生物の多様性をリスペクトする仕事に生涯を捧げようと考えた。『マナイデ』という言葉は僕の新しい人生にピッタリだと思ったのです。

海洋資源は無尽蔵じゃない、それは誰もがわかっているはずですが、残念ながら漁師は狩人の意識で行動し、農家の人たちのような考え方は持ち合わせていません。本来、海も耕すべきものであり、尊重すべきもの、そして育つまで待つべきもののはずなんです。

マナイデ社では今、手漕ぎ船で漁をするような漁師たちからだけ魚を買い、大手の水産物卸売り業者とは一切取引しません。

マナイデ社では今、手漕ぎ船で漁をするような漁師たちからだけ魚を買い、大手の水産物卸売り業者とは一切取引しません。だから製品の一つひとつにその素材を提供した船の名前と漁場を明記しているのです。

マナイデ社の主力商品は4つあります。まず、カタクチイワシの塩漬け。その塩漬けのオリーブオイル漬け、シリアツブリガイ(訳注:殻が貝紫の染料だった貝)の塩水漬け、そしてマダコの水煮です。

カタクチイワシの塩漬け。

製造にはフランス産の手作業による天然塩や、ラッツィオ州ティヴォリ(Tivoli)の生産者、ジャンルーカ・マリア・ラウリ(Gianluca Maria Lauri)が作るE.V.オリーブオイル「アンティノオ(Antinoo)」を使用しています。このオリーブオイルは樹齢100年を超えるオリーブの実から搾られ、スローフード協会ではこれを「オリーブのプレシディオ」に指定しているそうです。
そしてアンツィオからポンツァ(Ponza)沿岸の沖合8時間以内で漁を行い、船上で急速冷凍をせず、直ぐに加工の下処理が施された魚を用います。


船上で急速冷凍をせず、直ぐに加工の下処理が施された魚を用います。

11年前に僕がこの仕事を始めた時、カタクチイワシは年間1000キロほど扱っていましたが、昨年はたった35キロでした。そのため扱う魚の種類を増やすことを余儀なくされましたが、それでも生産量は増やしません。少量でも質の良いものを、季節に応じて、持続可能な漁法で種の絶滅に拍車をかけないように注意しながら得た魚を用いて生産を続けています」

現在のマナイデ社はアンジェラが抜けてルイジ一人になり

現在のマナイデ社はアンジェラが抜けてルイジ一人になり、漁師からの魚の買い付け、加工、ビン詰め、販売までの全てを彼一人で行っている。

漁師からの魚の買い付け、加工、ビン詰め、販売までの全てを彼一人で行っている。

魚がいてこそ僕は自分の思うように生きていける

カタログに掲載している商品は全部で15種類ほど。魚があれば週2ロット分を生産する。ロット1回分の生産には2日を要し、200~280g入りの瓶詰にして最大で100個ほどになるが、これを一般の消費者が店頭で12~20ユーロで購入できるように流通させる。

ビンナガマグロのオイル漬け、漁師風カタボイワシのオイル漬け、ヒメジのパスタソース、ニッコウガイのパスタソース、マダコやジャコウダコの水煮、シイラのオイル漬けレモン風味、ヴェントテネ(Ventotene)島で獲れる野生のフェンネルで風味づけをしたカジキマグロの煮込み、そしてカタクチイワシの塩漬けを用いた製品を数種。最後にとてもデリケートな風味のコラトゥーラ(魚醤)だ。

ビンナガマグロのオイル漬け、漁師風カタボイワシのオイル漬け、ヒメジのパスタソース、ニッコウガイのパスタソース、マダコやジャコウダコの水煮、シイラのオイル漬けレモン風味、ヴェントテネ(Ventotene)島で獲れる野生のフェンネルで風味づけをしたカジキマグロの煮込み、そしてカタクチイワシの塩漬けを用いた製品を数種。最後にとてもデリケートな風味のコラトゥーラ(魚醤)だ。3年間オーク製の小樽で熟成され、素晴らしく調和のとれた味わいだが、年間の生産量はたったの10リットルという希少な品だ。

ルイジは僕に「卸すところは小売店」と特に強調して言った。良い小売店は、自分が売るものを十分理解した上で販売してくれる。

ルイジは僕に「卸すところは小売店」と特に強調して言った。良い小売店は、自分が売るものを十分理解した上で販売してくれる。プロとしての知識とその商品の情報を添えてお客にその良さを理解してもらえるように勧めてくれる。大規模チェーンとは取引はしないし、オンラインによる販売もしないそうだ。

大規模チェーンとは取引はしないし、オンラインによる販売もしないそうだ。

彼のような人は、決して金持ちにはなれないかもしれないが、自分の思うモノづくりをしながら自由に、そしておそらく大きな満足感をもって生きていけるのではないか。諸君も読み取ってくれたと思うが、彼の瓶詰は素晴らしく旨く、そして開けるのがもったいないくらい美しい。


彼の瓶詰は素晴らしく旨く、そして開けるのがもったいないくらい美しい。

「魚がいてこそ僕は自分の思うように生きていけるのだと思います。僕が魚をきれいに瓶に詰めようとするのは、フラワーアレンジメントに似ているかもしれません。ですが、それは美観を生みだすだけでなく、むしろ、生きとし生けるもの、僕がこの営みを続けることを許してくれている小さな命へのリスペクトのつもりです。だから時々、詰め終わったガラス瓶の上にラベルを貼るのをもったいないと感じることがあります」

詰め終わったガラス瓶の上にラベルを貼るのをもったいないと感じることがあります

◎Manaide srl

◎Manaide srl
Via Jenne, 113 00042 Anzio (Roma) Italy
☎ +39 320 0213191
https://www.manaide.it/


パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio

イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
https://www.ilgolosario.it/it

『イル・ゴロザリオ』とは?

『イル・ゴロザリオ』とは?

イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。

(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)

『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーション

私たちの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べよう」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。

そして、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、2016年にそれぞれのWEBメディアで記事交換をスタートしました。

南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。

『イル・ゴロザリオ』で公開されている『料理通信』記事はコチラ

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