パオロ・マッソブリオのイタリア20州旨いもの案内
vol.57 プーリア州ガルガーノの若手養鶏農家
2021.10.28
text by Paolo Massobrio
translation by Motoko Iwasaki
リスクを冒してでも自然と接して自活できる仕事をしよう
1973年にドタバタコメディアンのコンビ「コーキー&レナート」が大ヒットさせた曲の歌詞にこうある。「ニワトリなんてのは賢くない動物。人を見る目で一目瞭然!」。ところが、最近の研究でこれが完全に否定された。ニワトリは高い知性をもつ動物で、それぞれが異なる性格や感情を持ち、人を認識できるし、数も数えられる。人間の知能で言えば6、7歳に相当するそうだ。
ガルガーノ国立公園(Parco Nazionale del Gargano)の指定地域の中心部にある町サン・ジョヴァンニ・ロトンド(San Giovanni Rotondo)には、僕が以前には目にしたことのなかったような放し飼いによる採卵養鶏所「トゥオルロ・ビアンコフィオレ 自然が生んだ気高き卵(Tuorlo Biancofiore, Nobiluovo di Natura)」がある。
そこは仕事でも人生でも良きカップル、アレッサンドラ・ジェルマーノ(Alessandra Germano:34才)とアントニオ・ビアンコフィオレ(Antonio Biancofiore:36才)が築いた王国だ。二人は共にサン・ジョヴァンニ・ロトンドの出身で、一旦は安定した職に就いたものの、2013年に「地元に帰りたい、リスクを冒してでも自然と接して自活できる仕事をしよう」と決意した。当時、アントニオはアブルッツォ州の医療従事者で、アレッサンドラはエミリア・ロマーニャ州で獣医学を学び、さらに食品関連マーケティング&コミュニケーションの修士号を得たところだった。
市場調査をしてみると放し飼いによる養鶏業はビジネスとしてかなりの可能性が秘められているとわかった。それでまず、実家が所有していた1ヘクタールあまりの土地で50羽の牝鶏を飼い始めることにしたわけだが、これに作業員として真っ先に手を貸してくれたのは彼らの両親だった。その両親たちも、失業率の高いこの地域で安定した職に就くことのできた幸運な人たちであったが、当時、20代前半だった息子たちの夢には将来性があると直感したと言う。
さて、彼らはこうして50個の卵を初めて手にしたが、それを売りさばくことは乗り越えられない障害に思えた。ところがそんな心配をよそに、高価格帯で高品質の製品を提供する食品加工業者、食料品専門店やパスティッチェリアに興味をもってもらうことが出来た。
問題は個人消費者に対するコミュニケーションの難しさだった。卵の表面に養鶏情報をコード番号で表記することを、かなり不自然に受け止められてしまう。まさにそのコードこそが品質を保証するものなのに、理解してもらえない。価格も問題だった。スーパーで売られている低価格な鶏卵は一個20セント、オーガニックのものは40セントなのに対し、彼らの卵は消費者価格で75セント(約100円)する。
それでも、この卵を口にすれば昔懐かしい味わいがする。おばあちゃんが卵の黄身に砂糖を一つまみ加えて泡立てたものにカカオを振ってくれた、あの愛情たっぷりのおやつのおいしさをほうふつとさせる味だ。この二人の英雄が追求して止まない卓越性、ピュアさ、完璧主義、彼らの品質への気高い追及に僕たちは圧倒された。こんな味を実現できたのだから成功しないはずがない。2019年、僕たちの食の祭典「ゴロザリア・ミラノ」に出店デビューを果たし、それがきっかけでミラノをはじめとする北イタリア都市部の市民の手で始まった「ファットルミア(FattorMia、家畜や果樹などのオーナーになるプロジェクト)」と提携し、彼らのニワトリのオーナーになった人にその卵を発送する活動も始めた。これは消費者に共同生産者になってもらうことで、大都市と地方の距離感を埋めるという試みだ。
鶏も人間も、自然の中であるがままに
今日、彼らの養鶏所では、白い殻の卵を産むリヴォルネーゼ種(レグホーン種の原種)、茶色の殻の卵を産むパドヴァーナ種の2品種、約3000羽を飼育する。2ヘクタールの土地を3区画に分けた飼育スペースで、自然な生態を完全に反映させ、全ての生活サイクルを太陽の下で過ごすことができる放し飼いにしている。
飼料には地元で栽培されたトウモロコシ、軟質小麦、大麦、カラスムギ、そら豆の一種のファヴィーノ、モロコシなどを消化促進のために刻んで与えている。それら以外にも地面の小石を食べたり草をついばむが、これは卵の殻を形成し、穀類の吸収に役立つ。さらに微生物学的に澄んだ(つまり抗生物質などを含まない)新鮮な水を飲みたいだけ飲んで活力をつける。
採卵にしても、一般的な養鶏方法では飼料を用いて刺激を与え1日に2回採卵するのに対し、彼らの養鶏所では30時間に1回だ。病気に罹ったニワトリに抗生物質を処方して治療をすることもしない(そもそも病気に罹りにくい)。採卵期間を終えた、いわゆる廃鶏からは旨いブロードはとれないと言うだろう? しかし、アレッサンドラとアントニオのニワトリは、採卵の最盛期を過ぎた段階で、種の保護を目的に地域の農家に譲られるが、この後も多少の卵を産むことがあるという。
「品種についてですが・・・(と、アレッサンドラ)白いリヴォルネーゼ種は、結構粗野で聞き分けのない子たちなんですが、たんぱく質の構成がより複雑で殻が薄く、パスティッチェリアで使うのに適した卵を産んでくれます。気性が穏やかで茶色の殻の卵を産むパドヴァーナは、より一般的な用途に適した卵を産み、生産性も高いんです」
「ニワトリって早起きじゃないんですよ。私たちも9時ごろから採卵をはじめ、リサイクル紙や植物原料を利用した特製の箱に手作業で詰め、イタリア国内に向けて発送しています。そして午後3時に2回目の採卵を行います。鶏糞は、飼育スペースの広さが十分にあるため集積する必要もなく、そのまま肥料として土地に吸収させています」
「私たちのニワトリは、足で引っ掻いたり、つついたり、シンプルな方法で幸せだよと僕たちに伝えてくれる、これを私たちは偽りのない自然の呼び声と受け止めています。毎日、この気高い卵を与えてくれることに私たちは喜びと感謝を感じるし、翼をばたつかせたり、滑稽な足どりで歩き回ったりするのはなんとも愛らしく、愛撫しても嫌がらないでいてくれるから家で飼う動物たちとまるで変わらない。自然のもたらす時間の移り変わりの中で生活できることが、僕たちの仕事の本当の利点だと思っています」とアントニオ。
素晴らしい人生観だ!
僕たちは往々にして自然とは何か異質なもので、たまにそこに戻るのは体に良いぐらいに考え、自分達も自然の一部であることを忘れてしまっている。僕たちにとってより良い環境、それはあるがままの自分であることに心地よさを感じられる、自然の中に身を置いている時、そこが自分のいるべき家となるのだ。残念なことだが多くの時間を僕たちはケージで飼われるニワトリのごとく暮らしている。僕は彼らの仕事に対する喜びに驚きすら覚える。彼らは、報酬の大小に関係なく、この仕事に喜びを感じているのだと思う。自分のしていることに自分自身が見いだせているから、この仕事に満足感と達成感がにじみ出ている、そう思う。
彼らの仕事についての快楽主義的観念や人生観に、僕も多少近いものを感じる。日々の雑多な事柄に時間を奪われ、そんな人生の優先事項を人は忘れがちになるが、あんな素晴らしいニワトリたちと暮らしていたら、それを忘れてしまうことはきっとないに違いない。
◎TUORLO BIANCOFIORE Nobiluovo di Natura
Contrada Pantano 71013 S. Giovanni Rotondo (FG)
☎+39 389 4277666 / +39 329 1839237
info@tuorlobiancofiore.it
https://www.tuorlobiancofiore.it/
パオロ・マッソブリオ Paolo Massobrio
イタリアで30年に渡り農業経済、食分野のジャーナリストとして活躍。イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「ワイナリー」「オリーブオイル」「レストラン」を州別にまとめたベストセラーガイドブック『Il Golosario(イル・ゴロザリオ)』を1994年出版(2002年より毎年更新)。全国に50支部6000人の会員をもつ美食クラブ「クラブ・パピヨン」の設立者でもある。
https://www.ilgolosario.it/it
『イル・ゴロザリオ』とは?
イタリア全州の優れた「食材生産者」「食料品店」「オリーブオイル」「ワイナリー」を州別にまとめたガイドブック。1994年に創刊し、2002年からは毎年更新。全965ページに及ぶ2016年版では、第1部でイタリアの伝統食材の生産者1500軒を、サラミ/チーズ/肉/魚/青果/パン及び製粉/パスタ/米/ビネガー/瓶詰め加工品/ジャム/ハチミツ/菓子/チョコレート/コーヒーロースター/クラフトビール/リキュールの各カテゴリーに分類して記載。第2部では、1部で紹介した食材等を扱う食料品店を4300軒以上、第3部はオリーブオイル生産者約700軒、第4部ではワイン生産者約2700軒を掲載している。
数年前にはレストランのベスト・セレクション部門もあったが、現在では数が2000軒以上に達したため、単独で『il GattiMassobrio(イル・ガッティマッソブリオ)』という一冊のレストラン・ガイドとして発行するようになった。
(『Il Golosario』はパオロ・マッソブリオの作った造語ですが、この言葉はイタリア人なら一見して意味を理解し、口元に笑みを浮かべる人も多いでしょう。『Goloso』という食いしん坊とか食道楽の意味の言葉と、『dizionario(辞書)』、『glossario (用語集)』など言葉や情報を集めて一覧にしたもの示す語尾『−ario』を結んだものです。食いしん坊の為においしいものをそこらじゅうから集めてきたという少しユーモラスな雰囲気の伝わる言葉です。)
私たちの出発点である雑誌『料理通信』は、2006年に「Eating with creativity ~創造的に作り、創造的に食べよう」をキャッチフレーズに誕生しました。
単に「おいしい、まずい」ではなく、「おいしさ」の向こうにあるもの。
料理人や生産者の仕事やクリエイティビティに光をあてることで、料理もワインもお菓子も、もっと深く味わえることを知ってほしいと8人でスタートした雑誌です。
そして、国内外の様々なシェフや生産者を取材する中で、私たちはイタリアの食の豊かさを実感するようになりました。
本当の豊かさとは、自分たちの足下にある食材や、それをおいしく食べる知恵、技術、文化を尊び、受け継いでいくこと。
そんな志を同じくする『イル・ゴロザリオ』と『料理通信』のコラボレーションの第一歩として、2016年にそれぞれのWEBメディアで記事交換をスタートしました。
南北に長く、海に囲まれた狭い国土で、小規模生産者や料理人が志あるものづくりをしている。
イタリアと日本の共通点を見出しながら、食の多様性を発信していくことで、一人ひとりが自分の足下にある豊かさに気づけたら、という願いを込めてお届けします。