日本 [長野/東京] 日本の魅力 発見プロジェクト ~vol.7 長野県 小布施町/東京都 墨田区~
墨田・小布施 葛飾北斎がつなぐ二つの町
2017.12.28
text by Rei Saionji / photographs by Hide Urabe
アメリカのライフ誌が1999年に選定した「この1000年で最も重要な功績を残した世界の人物100人」の中に、日本人として唯一選ばれている葛飾北斎。日本国内で北斎の作品を常時展示する美術館といえば、2016年に北斎の生誕地である墨田に「すみだ北斎美術館」が設立されたが、その40年も前から、小布施に「北斎館」が存在していた。墨田から約250キロも離れた場所になぜ?
全国的な凶作が引き金となった天保の大飢饉に端を発し、厳しい倹約令がしかれ、歌舞伎や浮世絵を楽しむことを幕府によって禁止された。そこで北斎は、江戸で知り合った小布施の豪商、高井鴻山(たかいこうざん1806~1883)を頼り、統制の厳しい江戸を離れ旅に出た。鴻山から金銭的な援助と仕事に打ち込める環境を与えられ、さらに町の人々の温かいもてなしに北斎は、幾度も小布施を訪れた。数々の素晴らしい作品を滞在中に描き、小布施に残したことが「北斎館」設立へとつながるのだ。
墨田区 葛飾北斎を生んだ東京のイーストエンドを歩く
東京スカイツリーのお膝元である墨田区の中央から南部地域は、街の区画が碁盤の目に整備されている。江戸時代、明暦の大火で江戸の市街の6割が消失し、防火対策を念頭においた江戸版都市復興計画で作られた。武家屋敷を中心に、職人や商人も移住。日用品の製造販売などモノづくりで江戸文化を支えていた。江戸時代の町並みは、関東大震災と第二次世界大戦の空襲で、ほとんどが焼失したが、碁盤目状の道と江戸仕込みのものづくりの魂は失われていない。北斎ゆかりの場所を訪ねるとともに、この地に息づいている「ものづくり」の魂に触れたいと思う。
牛嶋神社 墨田の街を守る聖なる牛
隅田川に架かる言問橋のすぐ近く、本所の総鎮守である牛嶋神社。日本全国のほぼ8万社の神社の中でも数えるほどしかないというとても珍しい三ツ鳥居をくぐる。拝殿に向かって左側の壁に掛る大きな白黒の絵は、86歳の北斎が描き奉納した絵馬「須佐之男命厄神退治之図(すさのおのみことやくじんたいじのず)」の複写パネルだ。残念ながら実物は関東大震災の時に焼失。しかし、2016年このモノクロ写真を元に最先端のデジタル技術を駆使。色彩復元された作品が完成し「すみだ北斎美術館」に展示されている。テクノロジーで蘇った北斎の肉筆画はどのようなものなのか。
◎ 牛嶋神社
http://visit-sumida.jp/spot/6163/
東京都墨田区向島1丁目4-5
☎ 03-3622-0973
都営浅草線「本所吾妻橋駅」又は東武伊勢崎線「とうきょうスカイツリー駅」徒歩7分
法性寺(ほっしょうじ) 鬼才・葛飾北斎を導く北極星
押上駅から区内循環バス南部ルート(両国・錦糸町ルート)に乗り北斎ゆかりの寺、柳嶋妙見山法性寺入口で下車。明応元(1492)年創建の法性寺は「柳嶋の妙見さま」と人々から呼ばれている日蓮宗の寺である。バス停近くの十間橋は、北十間川に映る「逆さスカイツリー」の撮影スポットとして有名。
◎ 柳嶋妙見山法性寺
http://www.yanagishima-myouken.net/
東京都墨田区業平5-7−7
☎ 03-3625-3838
都営浅草線//東武伊勢崎線/京成押上線「押上駅」出口から徒歩8分
東京メトロ半蔵門線「押上駅」B1出口から徒歩6分
墨田区循環バス、南部ルート「柳嶋 妙見山 法性寺入口」下車 徒歩3分
すみだ北斎美術館 江戸の最先端、北斎を平成の最先端で表現する
旧弘前藩津軽家屋敷跡緑町公園内にある「すみだ北斎美術館」。斬新な遠近法を駆使したユニークな構図や日本の漫画の起源とも言われるスケッチを残し、目に映る色を表現するために飽なき追及をした江戸の「ポップ」な絵師「葛飾北斎」にふさわしい、シルバーに輝くスーパーモダンで「ポップ」な建物だ。4階には現代の技術で蘇ったあの「須佐之男命厄神退治之図(すさのおのみことやくじんたいじのず)」(推定復元)が展示されている。モノクロの写真を科学的・美術史的に分析し、北斎が使用した絵具の色を再現。インクジェットでは表現できない金箔・金泥などは職人による手作業で仕上げられた。
◎ すみだ北斎美術館
http://hokusai-museum.jp/
東京都墨田区亀沢2-7-2
☎ 03-5777-8600(ハローダイヤル)
開館時間 9:30~17:30(入館は閉館の30分前まで)
月休(月が祝日または振替休日の場合はその翌平日)、年末年始
都営地下鉄大江戸線「両国駅」A3出口より徒歩5分
JR総武線「両国駅」東口より徒歩9分
都営バス・墨田区内循環バス「都営両国駅前」より徒歩5分
墨田区内循環バス「すみだ北斎美術館前(津軽家上屋敷跡)停留所」からすぐ
ものづくりの街 墨田 江戸から昭和の職人の息遣いが聞こえる町
江戸時代には、職人による日用品の製造販売。近代化が始まった明治時代には殖産興業政策による軽工業の発祥の地となった墨田エリア。東京商工会議所の資料によれば、現在でも、東京23区で3番目に多い製造業数を誇り、区内産業構成でも製造業が22.5%を占める(東京都平均8.0%)「ものづくりの街」だ。約3,400もの工場や工房で紙、革、金属、ガラスなど、さまざまなジャンルの製品が伝統の技、革新の技術で作られる。「ものづくり」の現場を見学、体験するイベント「スミファ」は2017年で6回目を数える。
MERIKOTI(メリコティ)(メリヤス・ルームシューズ)
メリヤスとは「ニットと同義語。編物のことを昭和30年代頃まで、一般にメリヤスといった。その後編物の急激な発展により、外衣までも含めた衣料の主要生地となり、肌着・靴下のイメージが強い“メリヤス”から“ニット”ということばに移行した。メリヤスとは、ポルトガル語のメイアッシュ(meias)、またはスペイン語のメジアス(medias)からきた言葉といわれているが、いずれも靴下という意味である。」(出典:ファッションビジネス基礎用語辞典)「MERI」は、そのメリヤス=ニットで作ったルームシューズを販売している店である。なんといっても特徴は、日本の伝統的な履物である「草履」を、モダンで斬新な色使いで作り上げている点。店内には、カラフルな草履が所狭しと陳列されている。イタリアかフランスの街角にあるようなオシャレな店舗だ。
◎ MERIKOTI
http://www.meri-koti.tokyo
東京都墨田区亀沢1-12-10 平井ビル1F
☎ 070-6986-0708
営業時間 10:00~18:00 無休(年末年始を除く)
都営大江戸線「両国駅」A3出口より徒歩5分
JR総武線「 両国駅」東口より徒歩10分
片岡屏風店
屏風の起源は奈良時代に遡る。文字通り風を屏ぐ(防ぐ)ことが目的で、枕元や部屋の間仕切りとして使われた。狩野派などの優れた絵師によって絵が描かれた屏風は芸術としてその地位を高める。戦国時代から江戸時代初期に行われた南蛮貿易では美術品として輸出された。二代目の片岡恭一さんは、伝統を守るだけでなく、新しい風を取り込むことが重要だと考える。現代の生活にあう屏風や、タンスの中に眠る帯、着物、スカーフなどを使ってオリジナルの屏風も作る。
◎ 片岡屏風店
http://www.byoubu.co.jp/
東京都墨田区向島1-31-6
☎ 03-3622-4470
営業時間 10:00~17:00 定休日 日/祝(土は不定休)
東武伊勢崎線「とうきょうスカイツリー駅」から徒歩1分
都営浅草線「本所吾妻橋駅」から徒歩5分
都営浅草線/東京メトロ半蔵門線/東武伊勢崎線/京成押上線「押上駅」から徒歩7分
塚田工房(江戸木目込人形)
木目込人形とは、江戸時代中期に,京都の上賀茂神社で祭事用に初めて作られた観賞用の人形のこと。(出典:ブリタニカ国際大百科事典)木彫又は桐塑(とうそ)と呼ばれる桐の粉末に正麩糊(しょうふのり)を混ぜた粘土で作る人形に筋彫りを入れ、その溝に布の端を押し込んで衣装を貼り付ける。塚田工房では、素地作りから、木目込み、面相描き(顔入れ)、毛吹きまで全ての工程を行う。雛人形の他、干支や招き猫なども制作。ストラップとして使える小さな鞠やフクロウの人形などを木目込みで作るワークショップも随時行う。(予約制)
◎ 塚田工房
http://www.edokimekomi.com/
東京都墨田区向島2丁目11-7
☎ 03-3622-4579
都営浅草線/東京メトロ半蔵門線/東武伊勢崎線/京成押上線「押上駅」A3口(向島方面)より徒歩8分
東武伊勢崎線「とうきょうスカイツリー駅」より徒歩10分
アトリエ創藝館(江戸文字)
江戸文字には歌舞伎の看板に使われる勘亭流(歌舞伎文字や、落語の看板やめくりに使われる橘流(寄席文字)。相撲の番付表、千社札に使用される根岸流(相撲文字)など用途に応じた書体がある。相撲文字は力文字とも呼ばれ、力士たちが押し合いもみあうように、客席が埋まるようにと隙間なくぎっしり書く。歌舞伎や寄席では、客入りがどんどん良くなるように文字全体を右肩上がりに書く。加えて文字のハライは「客が流れる」「運気を逃がす」ことを連想するため、はらわずにトメる。外へのハネも、「客を撥(は)ねる」とならぬよう、筆先を内側に取り込むようにつけ、客を逃がさないように囲い込む。「発する言葉」には「言霊」があると言うが、「文字」は「書き方」で縁起を担ぐのだ。アトリエ創藝館では、江戸文字の基礎を教わり、自分で選んだ字を提灯や白扇に書く体験ができるワークショップを随時開催している(予約制)。
◎ アトリエ創藝館
http://visit-sumida.jp/spot/6008/
東京都墨田区横川2丁目10−1
☎ 03-3622-2381
営業時間 10:00~18:00 不定休
JR総武線 /東京メトロ 半蔵門線「錦糸町駅」から徒歩10分
都営浅草線/東京メトロ半蔵門線/東武伊勢崎線/京成押上線「押上駅」から徒歩8分
東武伊勢崎線「とうきょうスカイツリー駅」から徒歩12分
すみだ江戸切子館
江戸切子は天保5(1834)年江戸大伝馬町のビードロ問屋加賀屋久兵衛が、南蛮渡来のカットグラスを真似て、金剛砂を使ってガラスの表面に彫刻したのが始まりと伝えられる。幕末から現代に至るまで、日本の美として世界的に人気を博す。斜めの線の矢来(やらい)、竹篭の網目のような籠目(かごめ)、粟粒大の粒を密に打込んだ地に主文様を浮き出させたた魚子(ななこ)、市松模様、グラスの底に菊の花を施す底菊(そこぎく)など、様々な模様がある。「色被せ(いろきせ)」ガラスにカットを施すのも特徴の一つ。江戸切子館では、数多くの美しい切子のグラスや切子の模様と工作工程、色ガラスの原料、研磨用の円盤を展示。奥で作業をする職人をガラス越しに見学できる。また、体験工房では、自分の好きな色や形のグラスを選び、自由に模様を削りオリジナルの切子グラスを作れるのも魅力だ(予約制)。
◎ すみだ江戸切子館
http://www.edokiriko.net/
東京都墨田区太平2-10-9
☎ 03-3626-4148
営業時間:10:00~18:00 日/祝休
JR総武線「錦糸町駅」から徒歩7分
久米繊維工業ファクトリーショップ(Tシャツ)
まだ日本では「Tシャツ」を知る人が少なかった1950年代半ばに、Tシャツを作り始めて以来、国産のTシャツがほとんど無くなってしまった現在に至るまで、Made in JapanのTシャツを作り続ける久米繊維工業。「色丸首」シリーズは着脱時の瞬間的な強い引張りに耐える縫製方法で丁寧に作るため、ホツレや糸切れも少なく、永きにわたって着られるTシャツだ。時と共に愛着や味わいが増していくものを作ることこそ、日本の「ものづくり」の誇りであると久米繊維工業 久米さんは語る。
◎ 久米繊維工業ファクトリーショップ
http://kume.jp/
東京都墨田区太平3-9-6
☎ 03-3625-4188
営業時間 10:00~18:00 土/日休(祝日は不定休)
JR総武線「錦糸町駅」から徒歩6分
東京メトロ半蔵門線「錦糸町駅」から徒歩4分
日本製革靴として五本の指に入るブランド、スコッチグレインも墨田にある。スコッチグレインの靴もまた、傷んだら直して永年履ける。日本という国が誇る、そして今後も継承していくべき「ものづくりの魂」を実感できる土地、墨田。北斎を見守った北極星が変わらず北の夜空で輝き続けるように、二度の大火災にも負けず立ち直った墨田は、東京のイーストエンドで輝き続けるであろう。