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JOURNAL / JAPAN

齋藤 壽 - 食の現場から

「わざわざ訪ねるべき」価値とは

Jan 01, 1999

外国人、とくにアジアからのお客さんが美瑛でも目立って増えてきた。宿泊や食事の予約電話が特別なことではなくなっている。受話器を取って英語が飛び出してくると、慣れないうちは相当にうろたえる。そのたびに、英語を勉強しなければ、と思う。恥ずかしいことだが、料理のフランス語表記の間違いを指摘されたこともある。デザートで出しているミルフイユの発音を直されたりもする。「ミルフィーユ? ノン、ミルフイユ」ミルフィーユ(千人の娘)ではなくミルフイユ(千の葉)ということを、唇をその発音の形にして、何回も繰り返して教えてくれた。なんとタイからのお客さんだった。情けないし、これはアジアのお客さんを侮れないぞ、と反省しきり、だ。いま世の中を騒がせている「爆買い」の中国人の方々はさすがに美瑛ではほとんど見かけないが、台湾や香港、タイやマレーシアといったアジアの国々からのお客さんの来訪は確実に増えている。こうした動きに、私たちの料理がおいしいから来てくれているのだ、といううぬぼれはない。第一は美瑛という土地が持つ景観への期待が来店の大きな理由だろう。



齋藤 壽 - 食の現場から

「わざわざ訪ねるべき」価値とは



そしてこの景観は農家の方々が起伏のある丘の農地を、曲芸ともいえるテクニックでトラクターやコンバインを運転して営むことで作り出されている。
「丘のまち」美瑛の景観が農家によって作り出されている事実は、とても嬉しいし、ありがたい。その農家が作る野菜こそ、レストランの主役でもあるからだ。日本のお客さんは、こうした丘の景観の素晴らしさを「まるでヨーロッパみたい」と喜んでくれるが、アジア諸国の方たちにとっては「北海道らしさ」として映っているのだろう。
背景には、いわゆる「インバウンド」(海外からの旅行者)の大幅な増加があるはずだ。ただし彼らの訪問先のほとんどが国内の大都市に集中しているのをみると、それでも美瑛のレストランに予約を入れていただいていることに感謝したい。ますます「わざわざ訪ねるべき」価値を、「料理」はもちろん、私たちが求めている「クオリティ」とは何かをお客さんに感じてもらわなければならない。それがなくては「感動」も生まれないと思うからだ。
東京でも京都でも、そして札幌でもなく美瑛だからこそ提供できるものとは何か?
日本という国が持っている古い文化には、外国の人々を魅了するに十分な価値を持っていると思う。食文化も実に多様で豊富だ。ただ、残念なことに北海道は、先住民であるアイヌの文化を除けば、百年ほどの歴史しかない。言葉を変えれば、守るべき文化がきわめて少ないが故に、逆に自然という環境や資源を自由にデザインできるという大きな利点もあるはずだ。
そのうえで私たちが「深く掘り下げ」て独自の料理文化を創出する。そんな構想を少しでも進めていきたいものだ。
(『料理通信』2015年12月号 食の現場から より)

『料理通信』編集顧問 齋藤 壽 (さいとう・ひさし) 
柴田書店「専門料理」編集長等を経て「料理王国」創刊編集長を務める。30年余に渡るジャーナリスト活動の中で現代の日本を代表する著名料理人を多数世に送りだし、フランスの「ミシュラン」ガイドの存在と、名だたる三ツ星シェフをいち早く日本に紹介した。2011年10月、農林水産省より「地産地消の仕事人」として選定される。2014年4月、北海道上川郡美瑛町の町おこしプロジェクトとして開業したオーベルジュ、パン小屋から成る施設「bi ble 北瑛小麦の丘」のプロデュースを手がけ、料理人育成機関「美瑛料理塾」を主宰し、生徒兼オーベルジュスタッフの育成に情熱を注ぐ。「美瑛料理塾」に関する問い合わせはsaito@cooking.jpまで。



























































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