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JOURNAL / JAPAN

齋藤 壽 - 食の現場から

楽しさあっての「食事作法」

1999.01.01

連載:齋藤 壽 - 食の現場から



齋藤 壽 - 食の現場から

楽しさあっての「食事作法」



私たち日本人の食卓に並ぶ食器は飯茶碗や汁椀はもちろん、おおかたは深みのある器であり、それらの食器に直接、唇をつけて食べるというのが基本的な習慣である。つまり、家庭で自分専用の茶碗や箸を持っていることがめずらしくない。個人専用の食器を当たり前に使っているわけだ。

これらの食器を手で持って、箸を使って食べる。さらにいえば、飯と汁、そしておかず(菜)を、どのような順番で食べるのが標準的な食事作法であるかということを、日々親から教わるのが家庭の食卓であった。いま、そんな親がいるのかどうかは知らないが、飯や汁を無視して「おかず」から「おかず」への「移り箸」などは禁止されていたものだ。

日本の料理の歴史を調べれば、大饗から本膳や精進、懐石や会席などといった食礼(食事作法)の変遷があるわけだが、いずれもひとつの大きな食卓をみんなで囲んで食事をするというよりは、個人個人がお膳の上に配置された飯や汁、おかずを食べるというのが日本の食卓として続けられてきた。明治に入って「ちゃぶ台」が発明されるまで、食卓を囲むことはほとんどなかった。そういう背景があるからこそ、日本では、学生が社会に出る前にテーブルマナーを学ぶということが行われてきたのだろう。

そのテーブルマナーを高校生に教えてほしいという依頼があった。
では、レストランを運営する立場から見て、お客さんに知っておいてほしいテーブルマナーとは何なのか? 一般的に言えば、いわゆるナイフ・フォークの使い方とか、料理を食べる上で必要な知識、すなわち欧米の「食事作法」であろう。しかし、せっかくレストランに来ていただくのだから、迎える側としては「食事作法」ばかり気遣って、フランス料理を食べることを堅苦しく思ってほしくない。もっと言えば、基本的にナイフ・フォークを使って楽しく食事をしていただければ、それ以外の余計な知識はもっと後でも十分ではないか、と思うのだ。レストランで食事をするってこんなに楽しいことなのか、そう思っていただけることこそ大切だと、日々思っている。

接待などの会食をする機会があった時に社会人として恥ずかしくない程度の食事作法を身に着けておいてほしいというのがテーブルマナーの講習を行う目的なのだろうが、それよりも他人との「会話」を楽しくしてもらうほうが大切である。テーブルの上に置かれたナイフ・フォークを外側から取って食べるとか、グラスをどのように扱うかといった、ごくごく当たり前のことさえ知っていれば、特別なマナーなどは不要と言ってもいいように思う。

食事をしながら同席者たちと喋ること、それが食卓を囲む楽しさ。これから社会に出る若者たちには、ナイフ・フォークの使い方を知る以上に、その楽しさこそ大切なテーブルマナーであると知ってほしい。
(『料理通信』2017年1月号 食の現場から より)

『料理通信』編集顧問 齋藤 壽 (さいとう・ひさし) 
柴田書店「専門料理」編集長等を経て「料理王国」創刊編集長を務める。30年余に渡るジャーナリスト活動の中で現代の日本を代表する著名料理人を多数世に送りだし、フランスの「ミシュラン」ガイドの存在と、名だたる三ツ星シェフをいち早く日本に紹介した。2011年10月、農林水産省より「地産地消の仕事人」として選定される。2014年4月、北海道上川郡美瑛町の町おこしプロジェクトとして開業したオーベルジュ、パン小屋から成る施設「bi ble 北瑛小麦の丘」のプロデュースを手がけ、料理人育成機関「美瑛料理塾」を主宰し、生徒兼オーベルジュスタッフの育成に情熱を注ぐ。「美瑛料理塾」に関する問い合わせはsaito@cooking.jpまで。



























































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