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JOURNAL / JAPAN

地域ぐるみの循環型工房
埼玉「秩父やまなみチーズ工房」

地方のチーズ工房

2025.06.06

photographs by Tsunenori Yamashita

連載:地方のチーズ工房

日本の柔らかい水と草で育った牛のミルクを使い、土地の菌で醸す国産チーズ。かつての豆腐屋さんのように、作りたてのチーズを地元の人に提供する、“おらが街のチーズ工房”を紹介します。

地域ぐるみの循環型工房

地域資源を個人で生かすには限界があるが、生産者同士で循環させて生かせるなら、地域にとってとても心強い。

新聞社に勤めて数十年、体調を崩した高沢徹さんが退社後に選んだ仕事が、チーズ職人だ。北海道「共働学舎新得農場」や「白糠酪恵舎」での研修を経て、妻の故郷・秩父で独立。移住先で待っていたのは、予想以上に豊かな資源と、志の高い生産者達だった。


ショップ兼工房。側面の壁画は、秩父在住のクリエイター作。裏には新しい熟成庫。最寄り駅からは大分離れているが、車で通う常連客やバスではるばる訪れる遠方客も多い。店頭販売は、金~日曜のみ。
一番人気、ウォッシュタイプの「ルビー」。名水100選にも選ばれた秩父「毘沙門水」を使った塩水で1カ月間磨きながら熟成させる。写真は通常のものより熟成期間が長く、ねっとりしたコクと余韻を感じる。

まず出会ったのは、学校給食用の牛乳を出荷する吉田牧場三代目・吉田恭寛さん。牛が自由に歩き回れる牛舎や、24時間食事をとれる環境など、ストレスのない牛の飼育を身上とし、エコフィードにも積極的に取り組む酪農家だ。

そんな吉田さんが育てる元気な牛達に惹かれた高沢さんは、牧場から8㎞の場所に工房を設立。早朝に搾られた生乳を迅速に運び、仕込める環境を整えた。近隣には、「イチローズモルト」を製造するベンチャーウイスキー「秩父蒸溜所」や「兎田ワイナリー」、「秩父麦酒」、また秩父の食材にこだわった飲食店などが点在。

それらも現在地を選ぶ大きな要素となり、ウイスキーでチーズを磨いたり、ワインやビールを加えた商品を試作したりと、地域食材を取り入れ、地元住民に喜ばれるチーズ作りを意識するようになった。

高沢徹さん
「ルビー」の仕込み。レンネットを加えた後、時間を置きpHを計る。凝固したら全体を細かくカットしてモールドへ。  

独立して、2年弱。気候によるpH値の調整や、熟成具合の見極めなど、製造面の課題はまだ山ほどある。それでも、「おいしいチーズの水準を満たすのは大前提。その上で資源をどう循環させるかを意識するようになりました」と高沢さん。排出した乳清を、飲食店のだし汁や豚の餌に活用してもらうなど、周囲と密に繋がる工房を目指す。辿り着いたこの地の酪農や食文化が、廃れていかないように。

右から時計回りに2種のペッパーを塗したリコッタ・サルーテ、スカモルツァの燻製、優しい酸味のフロマージュ・ブラン、フレッシュ・モッツァレッラ、トマトとチーズのバジルオイル漬け。
高沢さん(写真右)と吉田牧場の吉田さん。秩父の子どもたちはみんなこの牧場の牛乳を飲んで大きくなるという。

乳牛は約60 頭。9 割がホルスタイン、1 割がブラウンスイスとジャージー牛。毎日食べる餌には穀類を始め、トウモロコシ、小豆やパイナップルの皮、近隣の酒蔵の搾りかすなどエコで栄養価の高い資源がたっぷり含まれる。

地方を元気にする、工房の魅力
「エコフィードに取り組む牧場の生乳を使用」
「地元の醸造所、蒸溜所とコラボレーション」
「飲食店や豚の餌に乳清(ホエイ)を活用」

◎秩父やまなみチーズ工房
埼玉県秩父市下吉田4074-2
☎0494-26-7638 12:00~17:00
金~日曜営業
Instagram:@chichibucheese

(雑誌『料理通信』2020年6月号掲載)

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