質の良い脂で「肉の芸術品」を次代へつなぐ 松阪牛
[三重]未来に届けたい日本の食材 #33
2023.10.02
変わりゆく時代の中で、変わることなく次世代へ伝えたい日本の食材があります。手間を惜しまず、実直に向き合う生産者の手から生まれた個性豊かな食材を、学校法人 服部学園 服部栄養専門学校理事長・校長、服部幸應さんが案内します。
連載:未来に届けたい日本の食材
肥育期間が35カ月を超えると、牛の脂はオリーブ油と同じオレイン酸の含有量が高くなり、生活習慣病を予防、改善すると言われます。A5等級、それも牛脂肪交雑基準(霜降り度合)がトップランクの松阪牛を育てる「伊藤牧場」の主、伊藤浩基さんを訪ねます。
最高の牛肉を提供するために大事なことは4つあります。まず仔牛。妥協せず、日本で一番高い仔牛を集めています。父の代までは全頭但馬牛でした。但馬は素晴しい血統で仔牛も高値で取引されます。ところが現在はA5率が下がってきている。最高級を謳うのであれば、味も見た目も大切にしたい。A5は死守したいので、今は但馬、丹波産は少数に、大半を鹿児島で集めています。A5ランクの霜降り度合(BМS)は8〜12の5段階に分けられるのですが、現在9割がA5等級、そのほとんどがBS10〜12です。
次に飼料。現在、循環型農業による飼育をしています。無農薬で米を作り、刈った後の稲ワラを乾かして粗飼料に。ワラには胃を整える役目があるんです。全量は無理でも、ほとんどを自家製と国産の稲ワラで賄っています。ワラに加えて、美しい肉色、甘い肉質にするためにふすまや大豆、トウモロコシ、麦などを、試行錯誤の末に編み出した独自の比率でブレンドした濃厚飼料を与えています。堆肥は1年間おいて発酵させ、肥料に。米は松阪牛肥米として出荷。もみ殻は牛舎に敷いています。普通はおがくずなのですが、もみ殻だと虫がわかないので安心だし、清潔です。
3番目は環境。うちの牛舎、においがないでしょ。汚れたらすぐ掃除。細やかな衛生管理は怠りません。ご覧の通り、全頭完全個室なので、エサも自分のペースでのびのび食べられて、ストレスがかからない。また、調子が悪いとすぐにわかるのも1頭飼いのいいところです。
最後は肥育期間。2年前から、松阪牛全体の肥育日数を底上げしようと月齢35カ月以上で出荷しています。これにはもう一つ理由があって、34カ月までは融点が高いのですが、35カ月を超えるとどんどん下がり、不飽和脂肪酸が増えてくる。脂の質が良くなるんです。現在、うちは38カ月前後で出荷します。冷蔵庫から出してしばらくおくと、脂が溶けてきます。甘味があってもたれず、香りの余韻が長い。そんなおいしさをぜひ味わってほしくて、近くに焼肉店も開きました。
昭和30年創業以来、祖父、父、私とつないできて60年。創業当初は数十頭。現在500頭ですが、2年後には 1000〜2000頭、10年以内には5000頭規模にしたいと思っています。貿易会社も興し、4年前から海外への輸出も始めました。これが松阪牛の底上げに、ひいては和牛全体の発展に繋がってくれればなと願っています。
◎伊藤牧場
三重県津市一志町高野1696
☎059-293-0708
https://yakinikuito.com/company/
(雑誌『料理通信』2017年8月号掲載)
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