日本 [青森] 日本初も、農家発も、クラフトも。
日本の新しいりんご文化 “弘前シードル”
2018.05.07
岩木山をバックにたわわに実るりんご。弘前を象徴する風景だ。(画像提供:弘前市)
世界の名だたるシードルが集う国際コンクールで最高賞「ポム・ドール賞」を2016年、2017年の2年連続で獲得したのは、弘前のリンゴ農家が手掛けたシードルです。活発化する“弘前シードル”の取り組みの数々をレポートします。
日本のシードルは弘前から始まった。
弘前のシードル造りを知るには、まずその原材料であるりんご栽培を知ることが欠かせない。現在日本一のりんご生産量を誇る青森県だが、りんご栽培のきっかけは明治8年。当時の内務省からりんごの苗木3本が青森県庁に配布され、その2年後、弘前市の山野茂樹が初めてりんごを実らせたのがスタートだ。その後、青森にはりんご園が増えた。中には、同じ畑ですももや西洋梨などの西洋果実、トマトやアスパラガスといった西洋野菜を試験栽培していた記録もある。明治、大正とりんごの収穫量は飛躍的に増え、昭和に入ると豊作も続き、りんごの加工食品も積極的に試作されるようになった。
昭和3年には、りんご専門の産業組合である竹舘林檎組合がフランスの飲料会社シャーマー社と合併し「りんごシャンパン」の製造に取り組んだ。しかし、高価で当時の日本人には馴染まなかったこともあり、この試みは実を結ばなかった。それでもりんご酒造りは続き、たとえば戦時中、不足する清酒の代わりにりんご酒が飲まれていた様子が、太宰治の作品「津軽」の中で描かれている。当時のりんご酒の味を知る由もないが、記述ではどうやら歓迎されてはいないようだ。清酒と比較するにはあまりに個性が異なるのも理由だろう。
弘前シードルの大きな一歩目は、1956年(昭和31年)1月8日に発売された「朝日シードル」である。社長の吉井勇は戦時中にりんご酒製造免許を取得し、戦後の昭和28年に2か月間ヨーロッパを視察。帰国後、昭和29年に朝日シードル株式会社弘前工場を創業。大型貯蔵タンク98基、スウェーデン製遠心分離機2台、アメリカ製瓶詰機、濃縮機などの設備を備え、フランスから弘前に技術顧問を3か月間招き入れ、弘前産シードルの商品化に成功した。
吉井氏はこのシードル造りに2つの大きな夢を抱いていた。ひとつは青森県のりんご産業を活性化し、地元経済に貢献したいという願い。そしてもうひとつは、男性主体の日本の酒文化を、女性を加えた家族団欒の飲酒文化へ変えたいというものだった。きっとヨーロッパで見た、家族でシードルを楽しむ食卓の光景を、日本にも取り入れたいと考えたのに違いない。
さらに驚くのは、発売当時の昭和31年の広告文面の中で「ノルマンディー辺の人々は、シードルでお魚を(但し刺身をレモンで)たべています。だから日本料理にもよく合うと思います」と食中酒としてシードルをアピールし、広告キャッチには「フランスでは食事の時女も子供ものみます」と書いてあることだ。現在の弘前シードルも、まさに食中酒を意識していて、地元青森の食と合わせることにも積極的な点を考えると、吉井氏の想いは世代を超えて継がれていると言える。
事業はその後、昭和35年に、ニッカウヰスキー株式会社が引き継ぎ、今日のニッカのシードルへと継承され、発展し続けている。
シードルの匠ニッカ
そんな弘前シードルの黎明期から今日までをリードし続けているのが、ニッカ弘前工場の「ニッカシードル」。全国的なブランドとしても有名なシードル界の匠は、今も国産のりんごを原材料に、定番のスイート、ドライ、ロゼに加えて、スパークリングヌーヴォ(つがる)、紅玉りんごなど季節限定品種のシードル、またマニアックなファンも多い甘味果実酒のアップルワインなどの商品を作り続けている。シードルにおいては、加水や補糖は一切なく、りんごの種類や、醸し方や発酵などで味わいの違いを出している。ニッカシードルのこだわりは、りんごの風味をしっかり残し、雑味のないすっきりした仕上がり。日本人好みの透明感のある味わいを目指して、発酵・貯蔵を低温でゆっくり行い、熱処理せずに遠心分離機で酵母を除去するなど研究と開発を重ね、現代に合う新しい味を生み出し続けてきた。
弘前のりんご農家製が世界最高賞に輝く。
一方で、この数年、弘前には続々とシードル醸造を手掛ける人達が増えてきた。その多くがりんご農家も兼ねていて、これが弘前シードルの真骨頂と言えよう。世界最高賞のポム・ドール賞を2年連続受賞したのは、タムラファームの造る「タムラシードル紅玉」だ。社長の田村昌司さんは、日本で一番おいしいりんごを弘前で作りたいと1989年に自らりんご農園を立ち上げ、りんご栽培と加工品の研究に長年費やしてきた。りんごのことなら何でも知っている人だ。営業部長の田村昌丈さんは昌司さんのことを「どの品種を掛け合わせるとどんな味のジュースになるか、経験ですぐにピンとくる人。シードルの味を決めるのに重要な存在です」と話す。
りんご農家にとって、加工品の開発と販売は命綱にもなる。実際、1991年のりんご台風では路頭に迷う農家が続出し、タムラファームは加工品に助けられた。新たに加工品のシードル造りを模索していた2013年、京都の丹波ワインのシードルに出会い、りんごの持つ良さがそのままお酒に表れていて感激したのを機に、委託醸造を依頼。最初はリンゴの目利きをタムラファームが、醸造を丹波ワインが行い、2015年から自社醸造を開始した。ワイン同様、シードルも原材料がそのまま味になる農産物だから、りんごの目利きができることは味に直結する。
成熟果以上の価値がありながら、誰も見向きもしなかった摘果をシードルに。
もりやま園株式会社代表の森山聡彦さんがシードル造りに取り組み始めたのも、りんご農家の長年の悩みがベースにあった。生食りんごは、味と同じくらい見た目も商品価値に直結する。だから、台風や雹の被害で実が少しでも傷ついたり落ちたりすれば、味は良くても運搬の手間賃にもならない安価で出荷せざるを得ない。リスクに見合うリターンがあれば、農家が減少することはなかっただろう。しかし現実は農家に価格決定権がないため、買い手側の価値基準で取引が成立する。労働と収入のバランスが改善されず、子供に継がせたくないと考える農家も少なくない。森山さんは10年以上農作業をしながら、こうした問題の根本的な解決法を模索してきた。美しい広大なりんご園を守るには、気象に左右されず、捨てる作業をモノづくりに変える仕組みが必要と考えた。そこで着目したのが摘果果(てきかか)だった。摘果果とは、まだりんごの実が小さいうちに摘む摘果(てきか)でふるい落とされる実のことだ。
そもそも、りんご栽培は捨てる作業の積み重ねだという。冬は剪定で余分な枝をこまめに切り落としながら成長を見守り、春から夏は、まだピンポン玉くらいのサイズのうちに、いいりんごだけ残るように手作業で、どんどん実を取る。この摘果(てきか)されるりんごは、全体の約9割。この無駄になった人の手間とりんごをなんとか有効活用できないか。そこから「テキカカシードル」が生まれた。摘果果には品種によっては健康成分プロシアニジンが成熟 果の50倍以上も多く含まれる(明治大学農学部 長田恭一教授発表)が、既存の栽培方法では農産物として扱えない。そこで森山さんは栽培の全工程をスマートフォンで記録するシステムを独自開発し、5年間PDCAを回して従来の成熟果品質を維持しながら、極限まで農薬の使用回数を減らし、摘果を農産物として収穫可能とする栽培管理方法を実用化した。
面白いのはシードルの味の決め方だ。健康成分プロシアニジンを効率よく摂取できるのは食事中のため、目指すは食中酒。森山さんは仲間達と何十種類もの各国のシードルを集め、農園で食事と一緒に試飲し、みんなが好んだシードルに近い味のものを作ろうと考えた。結果、ダントツ人気は、ビールのように辛口ですっきりした、アルコール度数5%程度の切れ味の良いもの。泡立ちも良く、りんごの香りもして、ほどよい酸味。今のテキカカシードルも、そこを目指している。さらに健康成分をスポイルしたくないので、無濾過にもこだわる。減農薬の摘果で造るシードルは、世界でもめずらしい。
弘前のクリエイターが集って盛り上げる。
苦労の多いりんご栽培には、だからこそ素敵な言葉がある。畑の神様に、今年の感謝と来年の豊作を願い、収穫が終わった木にひとつだけりんごの実を残す風習を「木守(きもり)」という。この言葉には、将来への願いが込められている。そう考えて、弘前シードル工房kimori代表の高橋哲史さんは、弘前市りんご公園の一角に、シードル醸造所と人の集うスペースを兼ねた素敵な空間を作った。地元の建築家やデザイナーが、シードルを楽しむ空間を盛り上げている。
高橋さんも実家がりんご農家。リンゴ畑に人を集めたい。シードルは、その人と畑を繋ぐ存在と考え、シードルを飲みながら楽しむ音楽会を開いたり、薪ストーブで焼きりんごを味わう集いなど、弘前ならではのイベントを開きながら、若い人の関心をりんご畑に集めようとしている。「kimoriシードル」はスイート、ドライの2種に加え、初搾りのハーベスト、ひと冬寝かせた熟成シードルのグリーンなど季節限定商品もあり、ファンを飽きさせないラインナップが魅力だ。ちなみに酵母は世界自然遺産の白神山地で採取される弘大白神酵母を使用。徹底して地元にこだわっている。
青森の食材と合わせて楽しむ。
弘前を取材して知ったのが、弘前人の岩木山への果てしない愛だ。市内を見守るかのように高くそびえる山は、面白いことにシードルのラベルデザインにもさりげなく登場し、弘前スピリットを否応なく感じさせてくれる。
「オステリア エノテカ ダ・サスィーノ」のオーナーシェフ笹森通彰さんも、生粋の弘前人。以前から野菜や果物、ハムやチーズ、ワインなどを地元で作り、自身のイタリア料理に活かしていることで全国的に有名だが、2016年からついにシードル造りもスタートした。
笹森さんのシードル「弘前アポ―ワイン!」は、昔から自身がファンだった岩木地区のりんご5種をブレンドした果汁をベースに、白ワイン用の酵母を加え、スパークリングワインを意識してアルコール度数は11%以上を狙った。ボディがしっかりして飲み応えもあり、油分の多い食事ともマッチする。「シードルは肉、魚はもちろん、ほやや塩辛系の珍味にいたるまで受け止める間口が広く、残念なことに、ワインよりシードルの方が食事に合っちゃうことが多い」と笹森さんも苦笑するほどだ。店内には、ひねればワインとシードルが出てくる蛇口が設置されていて、酒飲みの夢がここで実現できる。
一方、2017年11月に誕生したGARUTSU代官町醸造所では、醸造したてのドラフトシードル「弘前シードルGARUTSU」をカウンターで楽しめる。弘前産つがるをベースにした辛口を主力に、今後は異なる品種のシードルも造っていくそうだ。町のカフェバーでビールかワインかシードルかを選べる。そんな状況が、弘前では現実になり始めた。
弘前のりんごが好きだからこそ、なんとかしたい。弘前でシードルに関わる人達に共通するのは、弘前への強い想いだった。弘前シードルを通じて弘前のりんご農家を守る。黎明期の大きな一歩を踏み出した吉井勇と現代の造り手の想いは、面白いほどに重なる。きっと、弘前がそれほどにも愛着を持てる、魅力のある土地だからなのだろう。
(記事掲載順)
◎ ニッカウヰスキー(株) 弘前工場
青森県弘前市栄町2-1-1
☎ 0172-35-2511
◎ タムラファーム株式会社
青森県弘前市青樹町18-28
☎ 0172-88-3836
◎ もりやま園
青森県弘前市緑ケ丘1-10-4
☎ 0172-78-3395
◎ 弘前シードル工房kimori
青森県弘前市 大字清水富田字寺沢52-3
☎ 0172-88-8936
◎ ピッツェリア・ダ・サスィーノ
青森県弘前市土手町62-1
☎ 0172-33-2139
11:30~14:30 17:00~21:00
月曜休(休日の場合は火曜休)
◎ ファットリア・ダ・サスィーノ(醸造所)
☎ 0172-26-6368
◎ GARUTSU(ガルツ)代官町醸造所
青森県弘前市代官町13-1
☎ 0172-55-6170
代官町cafe & bar
18:00~24:00(23:00LO)
月曜休