静岡・遠州 “発酵”巡り 食にまつわる “見えぬもの”に触れる旅
2023.11.21
【PROMOTION】text by Michiko Watanabe / photographs by AKANE
かつて遠江国(とおとうみ)と呼ばれた、現在の静岡県西部に位置する「遠州(えんしゅう)」は、食にまつわる古い歴史が眠る町。そんな遠州の食を、精進料理教室から日本酒の酒蔵や醤油蔵見学まで、古くから伝わる調理法、“発酵”をキーワードに巡ります。
無限に複雑な味わいを生み出す、“見えぬものたち”に触れる旅に出かけましょう。
目次
- ■食事も修行。精進料理教室で、食に向き合う心を見つめる「可睡斎」
- ■革命を起こした、静岡酵母の生みの親「土井酒造場」
- ■生醤油搾りと八代目の熱血授業「栄醤油醸造」
- ■歴史と現代文化の融合 発酵づくしの美味に浸る 「葛城 北の丸」
食事も修行。精進料理教室で、食に向き合う心を見つめる「可睡斎」
発酵云々の前に、まずは人間らしく前向きに生きるための己の食と向き合う姿勢を顧みよう。ということで、徳川家康公とゆかりの深い禅寺「可睡斎」(かすいさい)へ。
この不思議な名前の由来はこんなことだ。家康公は今川義元の人質として、8歳から19歳までのもっとも多感な時期を駿府の今川家で過ごした。知識欲旺盛だった幼い家康は、1401年開山の萬松山東陽軒(現・可睡斎)の仙隣等膳(せんりんとうぜん)和尚に教育を受けたこと(諸説あり)があったのだが、その恩を忘れなかった家康が長じて浜松城主になった際、旧恩に報いるべく和尚を城に招待。でも、駕籠に揺られた疲れからついウトウト。その安心しきった和尚の姿を見た家康が、親愛の情を感じたということから、寺の名が可睡(眠ってもいい)斎(寺)となったとか。
立派な山門をくぐって本堂へ進むと、いかにも古刹という偉容に圧倒される。ここ「可睡斎」は、多くの雲水(修行僧)たちが厳しい修行に励む、東海随一の曹洞宗の修行寺である。修行の道場であると同時に、ぼたん苑が有名で、観光客からは花の寺としても知られ、また、精進料理のおいしさから味の寺としても愛されている。
毎月2回、精進料理教室も開かれていて、食材の命をムダにすることなく、その持ち味を最大限に引き出すことを習える。そうして、命を頂いて生きていることに感謝し、真摯に食と向き合う心構えが習得できる。つまり、食事は修行であるということを学ぶ場なのである。
早速、料理教室を覗かせていただく。
厨房の入口には「典座寮」という小さな札が。この「典座(てんぞ)」という言葉は、禅寺において食を司る役職のこと。可睡斎では、精進料理界の重鎮、小金山泰玄(こがねやま・たいげん)和尚自らが料理を手がけ、料理教室の指導も行う。胡麻豆腐、擬製豆腐(蒲焼きもどき)、炊き合わせなど、手際よく仕上げていく。食材は野菜中心の菜食で、分量や味付けが過剰にならないように配慮し、欲が暴れないとされる食材を選ぶ。
「動物性たんぱく質や香りの強い葱、玉ねぎ、にんにくは使いません。蜂蜜やゼラチンも不可。宗派によっても違いますが、わさび、生姜は大丈夫です」と和尚。
和尚の料理は、だしに頼らない。旬の素材の味と水、そして少々の塩、砂糖、醤油が基本。味噌汁にもだしを入れない。時には何百人もの食事を整えることもあるため、調理は目分量でさくさく進む。本来は洗い胡麻から時間をかけて作る胡麻豆腐も、胡麻ペーストやミキサーを使ったり、和えものにオリーブ油を加えたりと、現代的な要素を加味して調理するのが和尚の見識である。そのため、家庭で参考にできる部分も多い。
和尚のお話を拝聴しながら、季節の食材を丁寧に無駄なく用い、彩りよくでき上がった料理をいただくのだが、その前に、箸袋に書かれた「五観の偈(げ)」を皆でお唱えをする。食事も修行の一環。食する心構えが示される、五つの短い経文である。
<五観の偈>
一つには功の多少を計り 彼の来処を量る
二つには己が徳行の 全缺を忖って供に応ず
三つには心を防ぎ 過を離るることは 貪等を宗とす
四つには正に良薬を事とするは 形枯を療ぜんが為なり
五つには成道の為の故に 今此の食を受く
食材の命の尊さと、かけられた多くの手間と苦労に思いを巡らせているか。この食事をいただくに値する正しき行いをなそうと努めているか・・・自らの食に向かうあり方を自問する。
この偈文をお唱えしたあとは、リラックスしてゆったりと食事をいただく。和尚は何か尋ねたいことがあれば、気さくに質問に答えてくれる。精進料理は目にも美しいが、食べ進むうちに心も美しくなる気がする、大満足、大満腹の体験である。
◎可睡斎
静岡県袋井市久能2915-1
https://www.kasuisai.or.jp/
革命を起こした、静岡酵母の生みの親「土井酒造場」
遠州の誇り、「開運」で今や世界にもその名を知られる「土井酒造場」。静岡を代表する酒蔵のひとつだ。春にはさぞや美しいであろうという桜の大木と、創業当時の堂々たる門構えに迎えられて中へ。
酒蔵は、酒を仕込む時期でないといたって静かである。
明治5(1872)年創業。初代・土井弥市がここ遠州・小貫(おぬき)の里の発展を願って開いた酒蔵で、昨年創業150年を迎えた。初代は田んぼを増やしながら酒造りを始めたという。酒造りに欠かせない豊かな水源にも恵まれなかったのだが、難攻不落の名城址(あと)がある高天神の山麓から仕込み水を運び入れるなど、様々な工夫を重ね、今日まで酒造りを貫いてきた。現在も、仕込み水は高天神の水源から。運び込むのは桶ではなく、タンクローリーだが。
さて、酒蔵を見学させていただく。酒造りのプロセスを追いながら、丁寧に解説をしてくれるのは五代目当主・土井弥市さん。「酒造りのシーズンは10月から4月後半。伝統を守りながら、新技術の開発にも努めています」
創業期に建てられた蔵をはじめ、美しい木造の建物群が積み重ねてきた歴史を物語る。安易な改築をせず、伝統を重んじつつ、最新技術や機器の研究にも余念がない。たとえば、洗米は土井酒造場と酒造機器メーカーが共同開発した、大量の水で米を割らずに余分な糠を一気に洗い流すという画期的な洗米機で行う。また、米糠などの雑排水を浄化するための大型排水処理施設を設け、太陽光パネルも設置・・・と、環境にも配慮した酒造りに取り組んでいる。
何事もいち早く手がけるのも伝統だ。昭和50年代、まだほとんど知られていなかった吟醸酒を先んじて手がけ、早くから海外へも進出した「開運」が大好評を博している。
かつて、能登杜氏四天王のひとりであった波瀬正吉杜氏が先代とともに長年培ってきた吟醸酒造りは、静岡酵母のひとつであるHD-1酵母を生み出し、「全国新酒鑑評会」で7年連続金賞受賞という形で実を結ぶ。HD-1酵母はのちに県内の10の酒蔵にも提供され、他県には真似できない味わいをもつ静岡の酒を確立させた。
その伝統は今、“能登流”として掛川出身の榛葉農(しんば・みのり)杜氏にしっかりと受け継がれ、今年もミラノ酒チャレンジ2023で「開運 純米 葛の里」がゴールド、フランス“Kura Master2023”の純米大吟醸酒部門で最高賞プラチナをはじめ、国内外で数多くの賞を受賞。輝かしい成果を挙げている。
今年もいよいよ酒造りのシーズンが始まった。目指すのは、「飲み飽きしない、香りが穏やかな食中酒です」。雑味のないきれいな酒を目標に、創業者の名を受け継ぐ五代目が率いる土井酒造場がワンチームとなって新たな挑戦が始まる。
◎土井酒造場
静岡県掛川市小貫633
☎ 0537-74-2006
https://kaiunsake.com/
生醤油搾りと八代目の熱血授業「栄醤油醸造」
遠州の若い力はここにも。
寛政7(1795)年から続く老舗醤油醸造元「栄醤油醸造」。七代目当主の深谷益弘さんと八代目の允さんがタッグを組んで暖簾を守っているのだが、この八代目が熱い。
工場を見学することも可能で、生醤油搾りワークショップがセットになったプランあり。これが面白くてためになる。
「栄醤油醸造」は、城下町の面影を残す遠州横須賀で、刀鍛冶の傍ら、醤油を造り始めて230年経つ醸造元である。古い蔵の中で、昔ながらの木桶造り、天然醸造で醤油を造り続けている。
材料は丸大豆と小麦と塩のみ。木桶はほとんどが100年以上経ったもので、道具も60年以上使い込んできたものが中心だ。
木桶にも、また古い柱や壁に棲みつく菌の助けを借りながら、ゆっくりと時間をかけて、独特の味、色、香りを生み出す。
製造の流れはこうだ。
蒸した大豆に炒って砕いた小麦を合わせ、麹菌をまく。このとき、蒸しが甘いと醤油が濁る。できた麹を室へ移動させ、約3日かけて育ててから、杉桶の中で塩水と合わせ、濃口醤油なら1年から1年半、櫂入れをして全体を混ぜながら、寝かせる。
まず活動を始めるのが乳酸菌だ。糖分を有機酸に変えながら醤油に酸味や深みを与える。乳酸発酵でpHが下がり出したら、酵母菌の出番。「醤油造りでは主に2種類の酵母菌が働きます。1つ目の酵母でアルコール発酵が進み、複雑な香りが生まれる。追いかけるように後熟酵母の発酵が進むと、さらに深い味わいが醸されていく」
こうしてできたもろみを袋に入れて、“ふね(槽)”と呼ばれるバスタブのような箱の中に入れ、ゆっくりゆっくり圧搾して火入れをしていく。これを瓶詰めすることで商品に。
熱血授業では、八代目の醤油愛が炸裂。楽しく面白く醤油についての知識が深まる。しかも、コーヒーフィルターを使ってもろみを搾る、生搾りプチ体験ができるワークショップも。普段出回ることのないもろみから自分で搾った生の醤油を瓶に詰めて持ち帰ることができる。
◎栄醤油醸造
静岡県掛川市横須賀38
☎0537-48-2114
http://www12.plala.or.jp/sakae-s/
歴史と現代文化の融合 発酵づくしの美味に浸る 「葛城 北の丸」
夕闇迫る頃、地産地消を大切にした料亭料理が楽しめる、ヤマハリゾート「葛城 北の丸」へ。
かつて葛の産地で知られた袋井市にあることから、また、古墳時代に砦があったということから「葛城(かつらぎ)」、そして、殿様がゆったりと心身を休めるようなくつろぎの場にしたいということで、「北の丸」と命名したとか。
まず、もてなしの第一歩、客を迎える郭松門の美しさに圧倒される。北陸の古民家を移築し、再構築した客室や室内にはふんだんに木材が使われ、優れた日本建築を構成している。庭園もまた美しい。
クラブバスで5分の距離にある隣接する「葛城ゴルフ倶楽部」は、井上誠一氏設計による名門クラブ。山名コースと宇刈コースの2コースを擁し、毎年、JLPGAツアー「ヤマハレディースオープン葛城」が開催されるトーナメントコースでもある。
宿では、有機栽培で野菜を育てる掛川の「しあわせ野菜畑」をはじめ、安心安全な上質の食材を駆使した料亭料理もじっくりと愉しみたい。本日のテーマは「舌から未来へ繋ぐ遠州発酵まち巡り旅」。大角康行総料理長が心を尽くした発酵料理と、唎酒師・村松克樹さんセレクトの酒のペアリングの妙を味わう。たとえば、乳酸発酵松茸の土瓶蒸しなど、季節の地の食材と発酵を組み合わせた渾身の料理が並ぶ。
食事のあとは、敷地内の離れのひとつ「梅殿」にある、葛城北の丸内のオーディオ鑑賞ラウンジで、オーディオ体験も楽しめる。抜群の音響で好みの音楽の世界にどっぷりと浸れそうだ。
◎ヤマハリゾート葛城北の丸
静岡県袋井市宇刈2502−2
☎0538-48-6111
https://www.yamaharesort.co.jp/katsuragi-kitanomaru/
さて、遠州ぐるり発酵巡りの旅、いかがでしたか。
発酵の味わいをつくるのは、“目には見えない”微生物たちだけではありません。地元に根ざした食文化を守る人々、彼らの背後に広がる、脈々と受け継がれてきた自然や先人からのいくつもの教えがありました。そして、徳川家康ゆかりの地でもあったことを知りました。
遠州は、“おいしくておもしろくて楽しい”魅力があふれているのです。
この冬、魅力の一端に触れる旅に出かけてみませんか。
静岡県では「静岡ガストロノミーツーリズム」の一環として、生産者や料理人との交流、食と食文化、自然、歴史など、地域ごとの資源を活かした体験ができるモデルコースを提案。コースは、紹介した遠州三山のほか、浜名湖、駿府、伊豆。
詳細は下記公式サイトよりご確認ください。
美味ららら 静岡ガストロノミーツーリズム
https://shizuoka-gastronomy.jp/