「トスカーナナイト@鎌倉」メイキング・ストーリー
vol.3「イタリアと日本。2つの国のスピリットが出合った時に魔法がおきる」
2016.05.06
text by Kei Sasaki / photographs by Masahiro Goda
トスカーナの土着品種で
世界に挑戦できるワインをつくる
20時を回り、トルテッリがサーブされる頃には、ゲスト同志もすっかり打ち解けた雰囲気に。「次は愛のワインで乾杯しよう」と、グラーツさんが手にしたボトルは「ソッフォコーネ ディ ヴィンチリアータ2011」です。
「フィエーゾレ地区にある“ヴィンチリアータ”はフィレンツェを望む丘で、トスカーナ人の間では“恋人の丘”として有名です。“ソッフォコーネ”は“息が詰まるような”といった意味で、少々セクシャルなニュアンスも(笑)」。
いたずらっぽく笑うグラーツさんの、遊び心あふれるネーミング。しかし、凝縮感ある果実味としなやかな酸味、独特の華やかさから、トスカーナの上質なサンジョヴェーゼの輪郭がしっかりと浮かび上がります。
フィエーゾレ地区には樹齢30~80年のサンジョヴェーゼを中心に、黒ブドウの畑が広がります。グラーツさんの代名詞ともいえる「テスタマッタ」も、フィエーゾレの畑から生まれます。
さあ、いよいよゲストが待ち望んだ「テスタマッタ2011」の登場! 「トスカーナナイト」もいよいよクライマックスです。
料理は、無角和牛のシンプルなグリルがサーブされました。
「これから、一番大事な料理の仕上げをします。最高のオリーブオイルをご用意しました」。そういいながら古澤シェフが掲げた小瓶には、チェッキーニさんの写真が! これは奥様の千恵さんが先のイタリア出張時に、この日のために買ってきたものだとか。誰よりも驚いたのはチェッキーニさん本人。自ら、一人ひとりの皿にそのオイルをかけて回ります。
ワイン造りの道を歩み始めたグラーツさんが、天才醸造家といわれるアルベルト・アントニーニ氏の助言を受けて生み出した「テスタマッタ2000」。このファーストヴィンテージがワイン専門誌『ヴェネロッリ』で95点という高得点を獲得したことは先にもお伝えした通り。それから数年の間に、グラーツさんは自分自身の方法論を確立していきます。
「私のワイン造りは直観、感性に従ったものですが、作業自体はとても細かいといえます。収量をぎりぎりまで制限して、ブドウを粒レベルで選別する。仕込みは70の区画別で、発酵は自然酵母に委ね開放バリックで行います。いいブドウがしっかりその個性を発揮できるよう、情熱と愛情をもって道筋を立てる。それが私のワイン造りです」。
「テスタマッタ」はイタリア語で「独自の姿勢で物事に突き進む人」という意味。
「わかりやすくいうと“奇人”のこと。僕も、そしてダリオも(笑)。最初に話した通りです」と、グラーツさん。一瞬のひらめきで付けた名前だといいますが、「独自の姿勢で物事に突き進む」とは、まさに彼のワイン造りを表すかのようです。
トスカーナのスピリットが宿った
鎌倉の熱く、長い夜が更けて
「今日は日本の皆さんと一緒にこのワインを飲むことができ、とても幸せです」と、グラーツさんは感慨を露わに、そんな言葉を漏らしました。それには理由があります。実は「テスタマッタ」は、日本で最初に人気に火が付き、世界中から注文が殺到した歴史を経て、今に至るのです。
「私が信頼し、愛する日本の皆さまと楽しみたい」と、特別な赤ワインを用意してくれました。「コローレ2008」というそのワインは、樽育成中のワインから最高の樽だけを選んでつくられる非常に希少なワイン。グラーツさんは「私の夢」と表現しました。
「サンジョヴェーゼやカナイオーロ、コロリーノ。このトスカーナの歴史を背負った土着品種で造るワインが、いつか“イタリアのロマネコンティ”と呼ばれる日を夢見ています。自信過剰に見えるかもしれませんが、やるつもりです。楽しみに見守ってください」。
店内にまた(いや、何度目かの)、拍手と歓声が沸き起こりました。
ドルチェまで7皿の料理を提供し終えた厨房のスタッフや、隅々まで細やかに目を行き届かせてサービスに当たっていた千恵さん、舞さんの二人も、ようやく一息つき、達成感とともにしみじみと話に聞き入っています。そしてゲストは、グラーツさんの最高のワインと、チェッキーニさんへのオマージュにあふれた古澤シェフの料理とのアッビナメントの余韻に、深く、深く陶酔している様子でした。
「グランデ、カズキ!(素晴らしき一記シェフ)」と、拍手をしながら立ち上がるチェッキーニさん。それに続けと、古澤シェフをはじめとするスタッフへの感謝を込めた、割れんばかりの拍手が店内いっぱいに響き渡りました。
「私は妻と一緒にイタリアに渡り、10年のほとんどをトスカーナで過ごしました。田舎に古い一軒家を借り過ごした数年間で、料理やワインはもちろん、暮らし方、ものの考え方、あらゆることを教えていただいた。今日はそのトスカーナに恩返しができたらという気持ちで料理をつくらせていただきました」。
古澤シェフは、この会への想いをそう、話します。
「カズキの料理が、トスカーナの魂を日本へ運んできたんだ」
応えるように、チェッキーニさんが続けます。
「我々トスカーナ人は、ルネッサンスの歴史が物語るように、伝統と美と調和を重んじる人間です。そしてどこかスピリチュアルなところがある。日本人とよく似ていませんか。だから2つのスピリットが出会うと、魔法が起こる。今日ここには大勢のトスカーナ人の魂がともにあるようだ。昔の日本人の魂もね。魂たちは少し神経質だから“なんで自分たちばかりおいしい料理とワインを楽しんでいるんだ”と、腹を立てているかもしれない。私たちは幸運だってことだ!(笑)」
トスカーナ最高峰のワイン生産者であるグラーツさん。トスカーナの食と暮らしのすばらしさを日本に伝える古澤シェフ。そして2人と深い友情で結ばれた、肉のカリスマ、チェッキーニさん。三者のトスカーナへの愛が生む妥協のない仕事と、互いへの敬意、深い愛情が混じり合って、独特の空気の渦を醸していたことを、多くの人が感じていたはずです。その“魔法”こそが、おいしい時間の、最高の調味料になっていたことも。
最後はグラーツさん、チェッキーニさん、古澤シェフを囲んで、ゲストもスタッフも全員一緒に記念撮影。「トスカーナナイト」は、その場にいた全員の心に大切なものを残し、最後まで賑やかなまま幕を閉じました。
トスカーナナイトが動画でもご覧いただけます!
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