最高峰を目指して、持てる力すべてを尽くすのです。
「ル・ビスキュイ・アラン・デュカス」オープン来日インタビュー
2024.12.13
日本各地に受け継がれてきた伝統的な食材や生産技術。その価値に対する認識は国内で薄れつつあり、食文化を支える資源や人材は減少の一途を辿っている。こうした状況の中で日本の食材の真価を見直し、未来を切り開くためには何が必要なのか。33歳でミシュラン三ツ星を獲得。世界8か国で30を超えるレストランを手掛ける料理人であり経営者、そして次世代の育成にも力を注ぐ食業界のトップランナー、アラン・デュカス氏に聞いた。
目次
アラン・デュカス
フランスのランド地方の農村に生まれ育ち、1972年16歳で料理の道へ。33歳でモナコの最高級ホテル「オテル・ド・パリ」内のレストラン「ル・ルイ・キャーンズ」シェフとしてミシュラン三ツ星を獲得、続いてパリの「アラン・デュカス」で三ツ星を獲得。現在世界8カ国で 30 店舗以上のレストランを展開し、料理・製菓の国際的な専門機関「デュカス・エデュケーション」を創設するなど、飲食サービスとホスピタリティ業界において様々なヴィジョンを展開する。68歳になる今も業界の第一線で走り続ける。
「ル・ビスキュイ・アラン・デュカス」
2024年10月24日(木)東京・日本橋に開店したアラン・デュカスが描くおいしさを追求した“ビスキュイ・キュイジネ=料理仕立てのビスケット)のビスケット専門店”。妥協のない素材選びと職人の技術を生かして複雑に重なる食感と究極の味わいを表現する。隣接するビーン・トゥ・バーの工房で仕立てる自家製ショコラ、ガナッシュ、プラリネなども素材に活用。パリ本店に続く世界初の出店となる。
関心のある日本の食材
__興味を持っている日本の食材や分野はありますか?
頂点に君臨するものです。極めた食材、すべてです。
質の高い食材には何でも興味があります。この来日では京都で素晴らしいマツタケをいただきました。「天ぷら 松」 という店です。マツタケごはんをいただいて「ワオ」でした。米、マツタケの組み合わせ。旨みが口の中に広がるあの完璧さ。
あとは錦市場で訪れた「ゆば吉」のゆば。1700年代からある、世界一のゆばです。なにもかけずにそのままいただく。(これまでのゆばとは違いましたか?)あのムッシュのゆばは、そこにしかありません。私のビスキュイもそうでしょう?唯一無二であること、それが大切なのです。もし行かれたことがないならば、必ず行ってみてください。写真を見せましょう。ブティックの奥に入らせていただきました。できたての、温かいゆば。本当に素晴らしかった。
今回は豊洲市場も訪ねましたが、マグロを解体し、その場で握っていただいた寿司も見事でした。解体し始めてから20分で口に入る。まさに素材の味です。日本は来るたびに素晴らしい素材に出会えます。
定番は「一保堂」のいり番茶ですね。嗅いでみて。タバコみたいでしょう?これは古い灰皿に、積み重なったたばこの吸い殻の湿った匂い、そうでしょう?この香りは葉や茎をじっくりと焙煎する伝統的な製法から生まれています。スモーキーなタバコの葉のような香り。あとは好きか嫌いか。私は大好きです。
私が興味があるのはそういうことです。どこの国のどんなジャンル、なんという名前の食材ということではありません。頂点に君臨するものです。極めた食材です。食材という物語の背景には常に人がいます。魚を釣った人がいて、商いをしている人がいて、握る職人がいる。マツタケを摘む人がいて、調理する人がいる。切り離せません。そうした特定の素材に興味があります。ゆば、まぐろ、マツタケ、そしていり番茶。世界一のゆばが京都で食べられるんですよ、ぜひ行ってみてください。いり番茶も同様です。
__そういう食材はご自身の作るものに影響しますか?
自分の持てる力すべてを尽くして、最高峰に到達しなければならないと駆り立てられます。それは私の義務、務めであると思っています。
どうぞ食べてください。(テーブルの上のビスキュイを勧める)それを食べれば私たちが何をしているかわかるはずです。私はマグロとゆばとマツタケ、そしてビスキュイが好きなんです。あといり番茶も。
持続可能な農業において、料理人が果たす役割
__日本では食材を支える農家が高齢化し、担い手が減っています。この問題について料理人が果たすべき役割についてどう考えますか?
料理人と生産者が絆を深め、経済を回すのです。
「CCJ※」はご存じですか。コレージュ キュリネール デュ ジャポン。作り手と料理人を繋ぎ、コミュニティをつくる。ネットワークを作ることを目的としています。素材には作り手と使いこなす料理人がいる。そういう人たちのネットワークを構築する団体です。メンバーには私や「菊乃井」村田 吉弘さんなどが名を連ねています。食材を最高の料理に仕立てる人が繋がり、絆を深める場所。最高峰を目指す人たちの集まりです。
※コレージュ キュリネール デュ ジャポン(CCJ)。日本で高品質な食文化と職人技を推進するために設立された団体で、フランスのコレージュ・キュリネール・ド・フランスの日本版。アラン・デュカスをはじめとする著名なシェフたちによって設立され、食材の生産から料理に至るまでのすべての工程において、自然への敬意とテロワール(その土地の特徴)を大切にする理念を掲げている。
パリでは最高峰の食材は最高峰の農家や、最高峰の釣り人によって支えられています。最高峰の料理人は、それら最高峰の人々に出会って初めて料理ができるのです。必ず“人”なのです。
高齢化、担い手不足。フランスでも起きている現象は同じです。だからCCF※※をフランスで作りました。そして日本にも姉妹団体を作った。優れた作り手をグランシェフとつなぐことで、グランシェフは最高の作り手のものを使い続けられるようになる。そこにビジネスが生まれ、最高のシェフに不可欠な生産者も評価されるのです。
※※コレージュ・キュリネール・ド・フランス(CCF)は、フランスの料理文化を守り、発展させることを目的として、2011年に設立。創立メンバーにはアラン・デュカスやジョエル・ロブションなど。質の高い料理と職人技を重視し、優れたレストランや食品業者、農家、製造業者を認定する「アペラシオン(品質認定)」制度を運営。伝統的な職人技術や地元の生産者との協力を強化し、持続可能な方法での生産や消費を奨励。また、レストラン業界の質を高めるために、アルティザン(職人)や農家、ワイナリーなど、さまざまな食品生産者との連携を強化している。
独立した活動を続けるために、団体はみなさんの会費で運営しています。シェフが最高の作り手に出会い、買い続けると評判になる。正当な報酬を得れば、生産者も潤う。経済的に潤うということは、子供たちや子孫にとって誇りとなる。ひいては後継者の育成につながります。そのつながりを作ることで、はじめて全体のクオリティの底上げができるんです。いいですか。経済を回すことが重要です。
今は産地で育つ次世代がサバイバルの状態となっている。そうじゃない。正当な報酬と正しい栄誉を得て、継続できる環境を、我々が作り上げていかなくてはならない。それが持続可能性をつくるということなのです。それがコレージュ キュリネールです。
私たちはこの問題をまさに意識しています。フランスではすでに3000人以上が会員となり、影響力のある著名なシェフも多く名を連ねています。よく機能してきているので、日本でも機能すると信じています。問題は同じなので、ソリューションも同じはずです。つながり、コネクションを作ること。互いの仕事を正当に評価し、そして生産者や職人が、社会的にも経済的にも正当に評価される状況を作るのです。
働き手は“コラボレーター”
__日本では飲食店での働き方について議論があります。業界の人手不足についてお考えはありますか?
ともに働く人間を、コラボレーター(協力者)として捉えることです。
フランスでもまったく同じことがいえるでしょう。ともに働く人間は、使用人ではなく、協力者であり、パートナーです。互いが平等なパートナーとして取引を行うこと、正当に評価しあうことが必要です。「ル・ビスキュイ・アラン・デュカス」の責任者であり、私のコラボレーターでもある、フローラ・デイヴィス、「ル・ショコラ・アラン・デュカス」及び「ル・ビスキュイ・アラン・デュカス」のエグゼクティブ・シェフ・ショコラティエ&パティシエであるパトリック・パイエーもパートナーです。私は彼らに対して「稀有な人材」という表現をしています。稀有な人材であり、財産=asset(アセット)です。
フローラは12年前私と仕事を始めて、最初はもちろん見習いでしたが、今や「ル・ビスキュイ・アラン・デュカス」の責任者、マダム・ビスキュイです。パートナーを維持したいと思ったら、その職業的にも経済的にも正当に評価しなければなりません。
企業の中にとどまりたい、そう思ってもらえるだけの価値をパートナーに与えることです。従業員としてではなく、協力者、コラボレーターとして与えるのです。そのためには、仕事をその人が興味をもってできることが非常に大切です。変化も進化もない業務を慣れでこなしていく仕事はしてほしくありません。常に情熱を傾けられる仕事をデュカスのグループにいたらできる、と感じてほしいと思っています。
給料はもちろん大切ですが、実は二次的なものです。なによりも大切なのはやりがいです。仕事のやりがい。コラボレーターに対して一人ひとり個人的にどういう風にケアできるか、人間関係を一人ひとりに考える。主従関係でも従業員としてではなく、コラボレーターとしてどのような人間関係を構築できるかということに尽きます。
フローラはね、ビスキュイを任せなかったらどうなっていたか。私は新しいビスキュイの事業を立ち上げて彼女を責任者に据えました。おそらく新しいこのビジネスがなければ、フローラは会社を辞めてどこか優れた新しいものを探しにいってしまっていたでしょう。
労働者は単なる労働者であってはなりません。雇用する側も常に関心をもって対峙するコラボレーターとして捉えなければなりません。家族の意味や絆が希薄化している中で、第二の家族だなと思えるような存在でなければならない。
仕事のやりがい、互いに相手に対する想いやり、ケア、尊重、経済的に常に向上するということ。仕事面でも経済的にも成長と進化がある。成長していけたら、誰もやめようと思わないでしょう?
__これまで人々の潜在的なニーズに応えた店づくりをされてきました。日々の考え方のヒントになる活動、心掛けていることはありますか?
よく働くことです。
観察する、見る、そして理解する。その進化を促す存在であろうと努力することです。世界の競争はものすごく厳しい。その競争も常にリードしなければならない。寝るのは、ちょっとだけにしておきなさい。(何時間ですか?)少し、だよ。
これが結論です(笑)。パリにいらっしゃい。3、4日、レストラン、カフェ、ショコラ、私がコーディネートする最先端の店を全部味わってみてください。そうすると東京でもっとも尖った、先をいく存在になれるでしょう。すべての答えはパリにあります。パリで会いましょう。
◎ル・ビスキュイ・アラン・デュカス 東京
東京都中央区日本橋本町 1-1-1
☎03-3516-3511
11:00~20:00 不定休
Instagram:@lebiscuitalainducassejapan
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