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PEOPLE / 料理人・パン職人・菓子職人

月満ちればパンを焼き、欠ければ食材探しの旅へ

旅人ブーランジェ 塚本久美

2023.03.27

月満ちればパンを焼き、欠ければ食材探しの旅へ 旅人ブーランジェ 塚本久美
text by Yoko Soda / photogpraphs by Shinya Morimoto
旅をしながら、パンを売る

兵庫県丹波市氷上町。こんもりとした木立を背景に、目の前には田んぼが広がる。夏場は蛙や蝉の鳴き声でにぎやかなこの地に、塚本久美さんは工房を構える。自称「旅するパン屋」。店舗は構えずにネットで注文を受け、その数だけパンを焼いて送るという営業スタイルを取る。

時にはイベントで販売することもある。その働くリズムは、人と少し違ってユニークだ。
「新月(月齢0)から満月を跨ぐ月齢20日までは、月のエネルギーが満ちてゆく期間と言われ、それを受けてパンを焼いて暮らします。それ以降は内面と向き合う期間。月齢21日~新月は、自身を高めるインプットの旅をして暮らします」


会社員からパン職人へ。ドイツで自らの道を見つける

塚本さんが、独自のスタイルでパンを作るきっかけとなったのは、パン職人を目指していた友人の存在と、パン職人となってからのドイツの旅。「学生時代の親友がパン職人を目指していて、会う時は必ずパン屋巡り(笑)。大学の卒業旅行もデンマークとドイツへ、パンの旅でした」

塚本さんは大学卒業後、求人情報誌の企画に携わるが、パン屋巡りは続けていた。「東京23区だけでも百店以上食べ歩いて、巡ったパン屋はびっしり地図に書き込んでました。そうするうちに、自分がおいしいと思うのが『シニフィアン シニフィエ』志賀勝栄シェフのパンだとわかって」

旅をしたパリで、パンを食べてもおいしいとは思わなかったが、志賀勝栄シェフのパンは「卒業旅行で、ベルリンで食べて感動したパンと同じように感動した」と塚本さん。担当していた求人誌の休刊を機に退職し、運良く「シニフィアン シニフィエ」志賀シェフの下で働くことになり、パン職人の道を歩み始める。

「求人情報=人生の選択に関わる情報を売るという仕事よりも、毎日の暮らしとつながる、ささやかなパン作りが面白いと思うようになっていたんです」。その後、念願叶って32歳の時に3カ月、ビザなしでドイツへ。各地のパン屋をあちこち巡って経験を積み、見聞を深めた。

南ドイツ・ヴァンケン村のパン屋に研修に入った際、「店から数十キロ圏内の、作り手の顔が見える材料を使うのが、ドイツでは当たり前ということを知ったんです。その考え方は自分にぴたりとはまりました」。月の暦に合わせて働くバイオダイナミックの考えも取り入れつつ、今のスタイルにつながった。

顔が見える生産者の素材で、インターネット販売

丹波に工房を構えることになったのも人との出会いからだ。島根「ベッカライ コンディトライ ヒダカ」の立ち上げを手伝った帰り、友人が住む丹波を訪ねた。その際、ふとしたことで東京での開業計画を話したら工房作りの協力者が現れ、住む家までトントン拍子に決まったのだという。

「旅をしながら、いろんな店の厨房に入らせてもらってパンを焼いていたので、どの場所でもパンは焼けるな、と思ってはいたんです。その中で丹波は、地域の人が皆親戚のように親しく付き合ってくれて、私の性に合っていると感じました」。人との繋がりをとても大切にする塚本さん。パンの材料も、多くが自身が会ったことのある人が作っているものだ。

使う粉は丹波、北海道、三重県の生産者のものを15種ほど。パンごとにブレンドを変える。塩は、島根県の藻塩をバゲットに、広島県産を食パンに、淡路島産は・・・と思い入れたっぷりに使い分ける。生産者を知り、自分に合った材料を揃えるのが絶対に崩せないスタイルだ。

「パン屋らしからぬ素材も多いかも」。隣町で作られる木樽仕込みの醤油やその絞り粕、地元の酒蔵が山ブドウで醸すグラッパや日本酒の酒粕、味噌、はったい粉。山椒や筍は干して、完熟の梅はビネガー漬けに。「昨日は、地元の農家さんから完熟の桃が夜に届いたので、深夜、下ごしらえをすることになりました。キルシュ漬けにしてパンに使おうと思っています」とにっこり。


みずみずしいズッキーニを入れたパン。クミン、ナッツメグ、コショウが香る。生地は、北海道産キタノカオリ、ユメチカラと九州のミナミノメグミをブレンド。10℃でオーバーナイト。2次発酵しないで焼く。

みずみずしいズッキーニを入れたパン。クミン、ナッツメグ、コショウが香る。生地は、北海道産キタノカオリ、ユメチカラと九州のミナミノメグミをブレンド。10℃でオーバーナイト。2次発酵しないで焼く。

近隣の農家から持ち込まれる、無農薬有機栽培の素材を使ってパンを作る。タマネギ、ズッキーニ、トウモロコシ・・・。木の芽は干し、完熟梅は氷砂糖と酢で漬け、桃は低温のオーブンでドライにしてからキルシュで漬けて・・・。

近隣の農家から持ち込まれる、無農薬有機栽培の素材を使ってパンを作る。タマネギ、ズッキーニ、トウモロコシ・・・。木の芽は干し、完熟梅は氷砂糖と酢で漬け、桃は低温のオーブンでドライにしてからキルシュで漬けて・・・。

「その瞬間のひらめきや瞬発力が大切なんです(笑)。手に入った素材で、おいしいパンにします」。だから、作るパンは決まっていない。インターネットで受ける注文は、おまかせセットのみ。その時々の一番おいしい素材を使った、一番のパンを、予約の数しか焼かない。それが塚本さんのモットーなのだ。

月に20日間パンを焼いたら、塚本さんは愛車「あずき」を運転して、各地の生産者を訪ねる旅に出る。「7月は北海道に、8月は淡路島で塩作りをしている方とBBQをする予定です。島根県のブドウ農家さんも訪ねたいなあ」

60キロ圏内の材料に収まらないのは、愛車を駆って旅する範囲の広さゆえだろう。塚本さんは旅を続け、パンを作り続ける。

パンの原材料やおすすめの食べ方、保存法などを手書きしたお便りを入れて発送。友人の描いたカラフル なイラストで楽しく。

パンの原材料やおすすめの食べ方、保存法などを手書きしたお便りを入れて発送。友人の描いたカラフルなイラストで楽しく。

各地への旅は、愛車「あずき」で。1999年式の三菱「トッポ」。「パンを積んで出かけたり、野菜や素材をいっぱい乗せて帰ったり」

各地への旅は、愛車「あずき」で。1999年式の三菱「トッポ」。「パンを積んで出かけたり、野菜や素材をいっぱい乗せて帰ったり」



◎ヒヨリブロート 
兵庫県丹波市 
http://hiyoribrot.com
Mail:hiyoribrot@gmail.com

(雑誌『料理通信』2017年9月号掲載)

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