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PEOPLE / 料理人・パン職人・菓子職人

イタリアで目覚めた“パスタ打ち(スフォリーノ)”の道を、日本で突き進む

「BASE(バーゼ)」河村耕作

2023.09.28

料理人とともに、日本のパスタ文化を作る。スフォリーノ(パスタ打ち)河村耕作 
text by Kei Sasaki / photographs by Daisuke Nakajima

名刺に記された肩書は「パスタ打ち」。文京区小石川にある12坪の“拠点”は、通り側に大きく窓が取られた工房と、その奥の8席の店舗から成る。


パスタだけで生きて行く

店舗といっても一般消費者向けにパスタの小売りをしているわけではないし、いわゆる食事ができる場所ともちょっと違う。河村耕作さんが2015年に開いた「バーゼ」は、飲食への卸しと製麺教室を二本柱に営業。東京近郊には近年、イタリアの食にまつわる様々な専門店(パン、チーズ、サルーミ、ワインや食材など)が増えた印象だが、ここまで表向きにわかりづらい・・・いや、“攻めた”場所はあっただろうか。

カフェをやりたいという漠然とした思いだけで海外を放浪していた20代半ば~30代の頃。イタリアのフランス国境に近い小さな町でのある出会いが、河村さんを「パスタ打ち」へと導いた。5坪に満たない、ショートパスタの量り売り専門店。「これだ! と思った」。

何にそれほど心惹かれたのか。尋ねてみると「そういう瞬間に理屈はない」。偶然とひらめき。なんとも頼りないものが指し示した細い道を、河村さんは、脇目をふらずに今日まで歩いてきた。

パスタ打ちの技術の基礎は、ボローニャのパスタ学校で学んだ。主宰者はイタリアでとても人気のあるスフォリーナ(パスタ打ち)、アレッサンドラ・スピーズニー氏。今も「師匠」と呼ぶ女性だ。修了後、ボローニャのリストランテのスフォリーノに。

「ボローニャでは、レストランの5軒に2軒には製麺専門の職人がいた。製麺職人にも2通りあって、機械を使うのはパスタイオ、麺棒を使って完全な手作業で仕事をするのがスフォリーノ。日本のレストランが手打ちと謳っているものの多くは、パスタマシンなど何らかの機械を使っている。“自家製”であっても、ボローニャでいうところの“手打ち”パスタとは違うんです」

レストランを退職後、母校に戻り、プロコースの講師を務めるうちに、気付けば5年の月日が経っていた。帰国は08年。日本のイタリア料理店を見回して感じたのは、質の高いパスタは提供されているが「パスタの文化が浅い」ということだ。製法に関する知識や提供方法、パスタというものの捉え方。それらをひっくるめて河村さんは「パスタの文化」という。その幾つかがイタリアのスタンダードと違っていると感じた。ボローニャでパスタだけに打ち込んできた男だ。歯がゆく思わないわけがない。

愛用する麺棒は「麺棒界のフェラーリ」といわれ、ボローニャでは数年待たないと手に入らないもの。直径4cm、長さ120cm。10年使い続けてもへたれない。

愛用する麺棒は「麺棒界のフェラーリ」といわれ、ボローニャでは数年待たないと手に入らないもの。直径4cm、長さ120cm。10年使い続けてもへたれない。

セミドライのタリアテッレ。イートインで唯一提供する。パスタの食感、味がわかるよう、オリーブ油と パルミジャーノチーズ、黒胡椒のシンプルなソースで。

セミドライのタリアテッレ。イートインで唯一提供する。パスタの食感、味がわかるよう、オリーブ油とパルミジャーノチーズ、黒胡椒のシンプルなソース「Tagliatelle in bianco 」(¥1,600)とボロネーゼ「 Tagliatelle alla bolognese 」(¥2.600)。


料理人とともに、日本のパスタ文化を作る

パスタ=プリモピアット(第一の皿)。だから〆パスタなんてありえない。魚や肉は質の高い素材を求めるのに、パスタは“自家製”しただけで満足していることにも違和感を感じた。アルデンテ信仰の名残か、硬いパスタも多い。「低加水でこねた生地をローラーでのばす製法だと、生地内の空気が潰れて小麦粉が繋がり、茹でると周りがふやけて芯が残る。それをモチモチと勘違いしている」。

なぜこのパスタ生地はひと晩寝かさなきゃならないのか。きちんと説明ができる料理人は少ないと感じた。「マンマの味? トラットリアならありかもしれませんが、リストランテではおかしい。料亭がお袋の味と言わないのと一緒」

パスタを打たせてくれることを条件に働き始めたイタリア料理店は、すぐに辞めることに。理由はいろいろあったが、結局は「パスタ打ち」=「専門職」という認識がない日本で、やりたいことを貫くのは容易でないとわかったからだ。パスタだけで生きて行く。そう腹を括った。河村さんにとってそれは、同時に「イタリア人になめられないパスタ文化を料理人とともに作る覚悟」を意味した。

その後、河村さんはロサンゼルスでレストランの立ち上げに携わる。ディナー営業が2回転する120席の大箱で、毎晩200食以上の手打ちパスタを打った。店はローカル御用達のカルチャー誌「LAWEEKLY」のベストパスタレストラン賞を受賞する。国内外の料理人たちや技術者たちと話を重ねてゆく中で、河村さんは、自分の生き方に確信を得る。

旨いパスタではなく技術を売る

製麺屋を、違うポジションを担うプロ同志と捉えてほしい。その上で一緒になって初めてできることがあるということを、日本の料理人に知ってほしい。製麺屋は材料屋。一般の食べ手には知られなくていいが、料理人には知って欲しい。アメリカから帰国してすぐ、自宅2階に開いた「河村製麺所」を移転し、「バーゼ」を開いたのは、訪れた料理人たちと話をする場をつくるためだ。旨いパスタ料理を出す店じゃなく「技術を売る店」。技術を売って文化をつくる。それが「生きる手段をくれた」ボローニャと師匠への恩返しになる。日本でおそらく唯一の専業「パスタ打ち」は、そう考えている。

大小のカッターに、ラヴィオリ用のスタンプ、ブラシなど、道具のほとんどはイタリアで購入したもの。一つひとつしっかり手入れが行き届いている。工房の一角に整然と並ぶ様子も美しい。

大小のカッターに、ラヴィオリ用のスタンプ、ブラシなど、道具のほとんどはイタリアで購入したもの。一つひとつしっかり手入れが行き届いている。工房の一角に整然と並ぶ様子も美しい。

通り沿いに大きな窓を設けたのは、子供たちに大人の仕事を見せるため。加えて「見られているという意識が、整理整頓につながるから」とも。

通り沿いに大きな窓を設けたのは、子供たちに大人の仕事を見せるため。加えて「見られているという意識が、整理整頓につながるから」とも。



◎ Base(バーゼ) 
東京都文京区小石川5-34-10-1F
☎03-5844-6992
http://www.pasta-base.com/

(雑誌『料理通信』2016年10月号掲載)

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