【日本料理の新潮流】異文化とのふれあいから目覚める日本料理の新しい芽
奈良「INA」中村侑矢
2025.02.06

text by Sawako Kimijima / photographs by Shinya Morimoto
35歳以下の若手料理人の発掘・応援を目的とする料理人コンペティション「RED U-35」。2024年の大会では、ファイナリスト5人のうち4人が「日本料理」という、これまでにない展開となった。頭ひとつ抜けて準グランプリに輝いたのが、奈良県宇陀市で「INA」を営む中村侑矢さんである。従来の日本料理人とは異質なキャリアとグローバルで同時代的な感覚が生み出す彼の料理は、日本料理が変革期を迎えていることを示すかのようで興味深い。
目次

中村侑矢(なかむら・ゆうや)
1995年生まれ、福岡県出身。福岡県二日市温泉「大観荘」を皮切りに、2015~19年7月、「たん熊北店」京都本店で日本料理の基礎を学ぶ。19年9月から東京・銀座のスペイン料理店「スリオラ」へ。20~22年、東京・西麻布「山﨑」で再び日本料理に従事。22年12月~23年2月 スウェーデン「FRANTZEN」、23年4月~10月 スロベニア「Hiša Franko」と海外のレストランを経験して帰国。23年11月~24年1月 軽井沢「LA CASA DI Tetsuo Ota」を経て、24年3月~5月 ペルー「CENTRAL」で研修した後、24年5月に奈良県宇陀市で「INA」を開業。「RED U-35」では、22年ブロンズエッグ、23年シルバーエッグ、24年ゴールドエッグ&準グランプリと年々順位を上げてきた。
食材へのアプローチを求めて海外へ
まずは、キャリアの話題から入ろう。8年間の日本料理修業(半年間のスペイン料理店勤務を挟む)の後に身を投じたのは、スウェーデンの三ツ星「フランツェン」、スロベニアの三ツ星「ヒシャ・フランコ」、そしてペルーの「セントラル」など海外の名立たるレストランでの研修だった。その間、アマゾンに精通する太田哲雄シェフのもとで学び、短期ではあるが、スペイン・バスクで薪火焼きの店「チスパ」を開いた前田哲郎シェフの畑を手伝うといった経験もした。
「たん熊での修業が5年経った頃から、日本料理以外の世界を見たい気持ちが湧いてきた」と中村侑矢さんは語る。スペイン料理店「スリオラ」はその第一歩。現地修業を志すも、コロナ禍で渡西が叶わず。緊急事態宣言下、東京・洗足の食材&喫茶店主の好意で弁当を制作・販売していた時に自らの引き出しの乏しさを思い知った。同時に、「ナスは煮浸しがベストなのか? 卵は出汁巻きがよいのか? 食材に対するアプローチはもっと無限にあるのではないか?」と自問を繰り返す。
「絵を描く時、絵具の種類は多いほうが表現の幅は広がる。料理も同じではないか? ならば、調理技術とその使い方や発想法を、ジャンルを超えて知りたい」との気持ちを抑え切れず、コロナ禍が落ち着いた22年秋、中村さんは海外へ飛び出した。
「スロベニアのヒシャ・フランコで働いたことが、とりわけ今の自分に影響を与えている」と彼は振り返る。
同店はスロベニア西部、イタリア国境近くの山・川・森に囲まれた僻地にある。シェフのアナ・ロスは、2016年にNetflixの「CHEF’S TABLE」に登場、2017年には「世界のベストレストラン50」で世界ベスト女性シェフ賞に輝いた気鋭の料理人だ。ローカルな食文化をベースとしつつ、近くの森や自家菜園で採集・栽培した食材を使いながら生み出す料理は独創的――外交官からの転身で料理は独学――かつ生命力に溢れると評される。
「食の本来のあり方を学んだ気がします。現地の人が何を考え、どのように暮らしているかを直接肌で感じることで、料理の視野と考え方の枠組みが広がった。固定観念から解放されて、食材とも柔軟に向き合える。物事をフラットに捉えられるようになりました」
土地を表現する意志と日本料理の枠組みの狭間で
近鉄大阪線室生口大野駅からほど近くの古民家。公共交通機関の利便性は良いものの、人と行き交うことがまずないエリアに「INA」はある。
「過疎地です」と中村さん。きっかけは、たん熊北店時代の修業仲間イ・ゼランさんからの声掛けだった。土木エンジニアに転身していたイさんは、勤務する土木建設コンサルティング会社が地域活性に関わるにあたり、放置されていた古民家をレストランとして活用してはどうかと考えた。そこで中村さんに白羽の矢が立ったというわけである。
グーグルマップで見ると、INA近辺は、駅の周りを残して緑色に染められ、山や森に囲まれているのが一目瞭然。そんな立地を臆せず拠点と定めたのは、スロベニアでの経験があればこそかもしれない。




RED U-35 2024で中村さんは奈良の食材をシンボリックに印象深く用いて、今、拠って立つ足元を色濃く映し出した。宇陀に店を構えて日が浅いにも関わらず、その地を自らの足場と決めた覚悟が感じ取れる濃密で集約的な料理への落とし込みだった。



応募作品の「鹿椀 夏仕立て」は、大胆にも椀物にジビエを使用するというチャレンジが、審査で議論の的となった。椀種として野生の獣肉はあり得るのか? 議論が炸裂する中で浮かび上がったのは、「日本料理とは何か?」だった。野生の獣肉は本当に日本料理の枠組みに染まないのか? 日本料理の枠組み、規範は、いつ、どのように確立したのか? それは未来永劫変わり得ないものなのか? 日本料理における変革、イノベーティブとは何か? 中村さんの料理は、審査員に壮大な課題を投げ掛けたと言える。
料理人の発想に重きが置かれ、独創性に高い評価が与えられるのが、世界のガストロノミーの現況だ。既存の枠の内で型通りの再現しか良しとされなければ、クリエイティビティは発揮されず、ポテンシャルも生かされない。そんな空気を海外で体感してきた中村さんは思う、「日本料理を成立させるのは継承だけではないはず。伝統を重んじつつも、思考の枠を狭めるべきではない。『これは日本料理じゃない』といった自制や規制はクリエイションの芽を摘んでしまうのではないか?」
「日本料理とは何か」を考えることは、“技術と表現の関係”を模索することでもある。日本料理には様式美が付いて回り、技術と表現を一体的に捉えがち。しかし、日本料理の技術を使う時に表現まで縛られなくともよいのではないか? 中村さんは日本料理の技術を自身の軸としつつ、自らの表現を世に問いたいのだと思う。




日本人と韓国人、二人三脚でつくるスタイル
INAはインスタグラムに2つのアカウントを持っている。ひとつはINA restaurant、中村さんを主とするレストラン部門、もうひとつがINA KIMCHI、イ・ゼランさんが手掛けるキムチ部門だ。
宇陀で店を開く話を持ち掛けたイさんは、結局、土木建設コンサルティング会社を辞めて、中村さんのビジネスパートナーとなった。元はと言えば、たん熊北店で共に修業した料理人である。必然の帰着と言えるのかもしれない。
「発酵に興味があって、北欧へ勉強に行くことも考えました――イさんは勉強が好き――が、発酵に関しては故郷の韓国こそ本場。昨春、韓国のお寺でカンジャンとコチュジャンを作るところから学んできたんですよ」

レストランの営業は週3日の昼のみ(金・土・日の12時30分~)で最大6席、キムチは月2回オンラインで販売する。超ミニマムにして独自のスタイルの構築を目指す。ちなみに2人は店の2階に居住。「グランメゾンの対極ゆえの新しさを感じさせたい」と意欲的だ。



異文化との接触が、思考を耕し、発想を刺激する
2025年を中村さんはペルーで迎えた。暮れに行われたクスコのレストラン「CASA ICHU」でのコラボイベントに合わせて、2週間ほど滞在してきたという。
「コラボは、標高2000m以上の農園での食材の調達からスタート。食材の多様さと力強さ、土地の豊かさに感銘を受けました。宇陀の空気はしっとり甘やかで、料理が優しい仕立てになるのに対して、ペルーの空気は尖って乾いている。それは自ずと料理にも反映されて、スパイシーで重厚感のある仕上がりになった。環境が自分の料理にもたらす変化の面白さを体験しました」


INAのシェフとして最初のコラボは、2024年11月30日と12月1日、台北「EIKA」だった。「祥雲龍吟」料理長として「台湾の食材で日本料理を作る」「台湾でしか作れない今この瞬間の日本料理」を掲げて高い評価を得た稗田(ひえだ)良平さんの店だ。
自らのクリエイションの中で「日本料理とは何か」を問い続ける中村さんにとって、稗田シェフの仕事を目の当たりにする機会は望外の僥倖だったと言える。
「現地に根を下ろし、台湾の食材を活かしながら、日本料理をフィルターとして、独自の世界観をつくり上げる姿勢に刺激を受けた。日本料理という概念をどう捉えるべきか、改めて考えさせられました」


海外へ出る意味は、他国の文化や技術を学ぶだけではないだろう。異文化に触れることによって、日本の文化を意識的に捉え、特質を突き詰めて考えるようになり、結果、内なる土壌が耕されていく。
その意味では、中村さんにとってイ・ゼランさんの存在は大きいと言える。「会話せずとも互いに理解し合える関係でありながら、日々、異文化を感じさせてくれる」。彼からもたらされる有形無形の技、思考、発想、感覚を無視することはできないだろう。日本料理の枠組みに埋没せず、新たな地平を拓いていこうと立ち向かう原動力は、実は身近なところにあるのかもしれない。
◎INA
奈良県宇陀市室生大野1876
金・土・日曜・祝日・祝前日・祝後日12:30~15:30
☎0745-80-2190
Instagramアカウント:@INA restaurant
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