佐藤卓(さとう・たく) グラフィックデザイナー
2017.02.06
食品のマスプロダクトのパッケージデザインから、企業ロゴマーク、展示会まで
佐藤卓さんが手掛けた仕事に触れたことのない人は、少ないはずだ。
愛着を感じさせるデザイン、おもわず参加したくなる展示会には卓さんならではの、抜群の編集能力が垣間見える。
「美しい」より「おいしそう」
アノニマス(匿名)なデザイン。佐藤卓さんの食品、パッケージデザインの特長の一つである。「明治おいしい牛乳」「キシリトール」など、スーパーやコンビニで誰もが一度は手に取ったことがあるだろう。しかし、この著名なデザイナーが関与していることは知る人は少ない。
佐藤さんは言う。
「口に入るもののパッケージを考えるときは、自分のモードを切り替えなくてはならない」
求めるべきはシズル感のあるデザインだ。「いかに唾液をだしてもらえるか」。時にそれは、「美しさ」とは異なるベクトルへと向かう。が、佐藤さんは迷いなく「美しくはないが、おいしそう」な道を選ぶ。
「脳科学のように、実証的に明らかにできる可能性はあるとは思う。しかし現在、味覚と論理とデザインの関係は曖昧模糊としていて、まだ検証されていないのです。そういった未知の分野に関わるのは面白い」
美しさは「左脳的」だと佐藤さんは言う。時代の価値観によって変化する美しさは、言葉で表現し得る、と。しかしプリミティブな器官に訴えるデザインとなると、ハードルは一気に高まる。個人が持つ「おいしさ」の記憶をいかに引き出し、幾多ある商品と差別化さえるか。まず中身を理解し、開発意図を聞き、言語化できない「おいしさ」という霧の中で、手さぐりでキーワードを見出す。デザインが生み出される過程は、まるで難解なクロスワードパズルを解くかのよう。この作業を佐藤さんは「感覚の束をまとめる」と表現する。
「言語化できないおいしさの感覚を束ねて、キーワードを提示しても、おいしさそのものは到底表現できていないのですが、味覚の一部を共有するきっかけにはなります」
出来上がったサンプルを並べ「どれがおいしそう?」と聞く時、意見の分かれることはほぼないそうだ。そこに理屈はない。個性の入り込む隙も許されない。
ポテンシャルを信じる
デザインはもとより、佐藤さんがディレクションする展覧会においても、その編集能力の高さには驚かざるを得ない。
公開中の「water」展は、五感で水を感じ楽しみつつ、水を通して社会・環境問題がわかる構成である。コンセプト・スーパーバイザーに文化人類学者の竹村真一さんを迎え、ぎりぎりまで水の専門家に会って、コンテンツを収容した。世の中で水はどうなっているのか?
世界中から湧き出る情報を、決して広いとは言えない空間に編集する。と聞くと、なんだかむずかしそう?いやいや、実際に足を運んでみると、センサー反応で鳴る雨音に驚き、水を湛えた静謐な器の底の映像にしばし見とれ・・・・・・と、思い思いに楽しんでいる来観者たちに出会う。堅苦しくないのだ。そこに佐藤さんの情報選択や見せ方の妙がある。
「環境問題は深刻な課題ではあるのですが、シリアスではなく〝スマイル″な方向からのアプローチをしたかった」
佐藤さんは、展覧会など世に問い掛ける仕事を「世の中のポテンシャルを生かした、新しい実験」と表現んする。重んじるのは自己の表現よりも、受け手が持っている可能性を信じることだ。すべてを伝達し切らずとも、受け手には想像し、工夫をする能力があることを、展覧会を重ねるごとに実感する。このことは、佐藤さんのデザインにも大きな影響を与えているようだ。
ほどほど
「ほどほど、という言葉が好きです。やり過ぎないということは、それと接した人が入り込む余地を残すということなんです。だからデザインする時は、一度行き切ったところでほどほどの地点に戻すんです。そう、伝え過ぎないこと、受け手の可能性を信じることが、21世紀ノデザインではないでしょうか」
受け手が持つポテンシャルを考慮に入れると、デザインの可能性が一挙に広がる。余計なことをしない点から、ゆくゆくは「エコ」にもつながるのではないかと感じている。
卓さんデザインの「クールミント」では、前から2番目のペンギンが片手を上げている。あえて知らせずとも、知ってしまった受け手は、誰かにそのことを伝えたくなる。見えたことで、愛着が増す・・・・・・佐藤さんのデザインはそのようにして、長い時間をかけて少しずつ、確実に人と人をつなげている。
佐藤卓(さとう・たく)
1955年生まれ。電通を経て84年佐藤卓デザイン事務所設立。「ニッカ・ピュアモルト」の商品開発、「ロッテ・ミントガムシリーズ」「ロッテ・キシリトールガム」などの商品デザインのほか、大量生産品をデザインの視点から探究した展覧会『デザインの解剖』プロジェクトなども手掛ける。著書に『クジラは潮を吹いていた。』(トランスアート)など。
本記事は、「EATING WITH CREATIVITY」をキャッチフレーズとする雑誌『料理通信』において、各界の第一線で活躍するクリエイターを取材した連載「クリエイター・インタビュー」からご紹介しています。テーマは「トップクリエイションには共通するものがある」。