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PEOPLE / 寄稿者連載

引き出しを持つということ~「マルディ グラ」和知徹シェフ

藤丸智史さん連載「食の人々が教えてくれたこと」第3回 

2016.04.11

行くと、いる。その常連が和知シェフだった。

2014年4月、東京・浅草橋のたもとにワインショップ併設のレストランを出店した。それが私たちの東京初進出のように見えるのだけれど、実はレストラン向けの業務用販売はそれよりも3年早くスタートしている。いつか東京に拠点を、と模索しながら数年が経ち、やっと辿り着いたのが、私にとっての一等地、屋形船が停泊する神田川を臨む浅草橋だった。

駅を降りてからも高い建物が少なくて、空が見える。しかも、川沿いということで、空気の流れがよく、心地よいのだ。東京駅からそれほど離れていないにも関わらず家賃が安いという完璧な場所だった。今、展開している店の中で一番のお気に入りの場所かもしれない。



連載:藤丸智史さん連載





ただ、2014年は出店が相次ぎ、さらに翌2015年はもう一箇所ワイナリーを展開することになり、そのお気に入りの場所で自分自身が楽しむことは非常に少なかった。夕方、忙しくなる前に業務連絡で行く程度。いつも後ろ髪を引かれる思いで次の目的地に向かっていた。

慌ただしく店を訪れると、かなりの確率で、丸顔無精ひげのおじさんがシェフ前の特等席に陣取り、豪快に杯を空けていた。「あぁ、俺もあれがしたくて、この店を造ったのにな・・・」と恨めしい気持ちになったが、店のスタッフに聞けばとても有名なシェフだという。あまりに何度も見かけるので、さすがに数回目に名刺交換をさせてもらった。

その常連こそが、「マルディ グラ」の和知徹シェフだった。

「見透かされている」と思うほど的確なアドバイス。





もちろん、名前は存じ上げていた。しかし、前回も書いた通り、私は人見知りである。しかも、和知シェフは超有名な大ベテラン。剛腕な噂はたびたび耳にしていたし、なんせ、封建時代の飲食業界で育った私にとって、年上のシェフは誰であろうと全員怖い。いくら自分の店に何度来てくれてようが、怖いものは怖いのだ。その後も何度もお会いしながら、いつも挨拶程度で、変な言い方だが何の進展もなかった。

1年後、清澄白河フジマル醸造所がオープン。そして、ここでも和知シェフが頻繁に現れる。「もしかして、フジマルファン?」などと勝手に都合よいことを想像していたのだが、伺ってみると近くにお住まいだという。さすがにこれはご縁だなぁと、ようやく「マルディ グラ」を訪問する決意をしたのだった。

ただ、本当の理由はそれだけではない。
レセプションパーティにもお越しくださったのだが、その際にスタッフを通じて率直なアドバイスをたくさんいただいた。そのどれもが的確で、私自身が後回しにしていた課題をほぼすべて指摘されたのだった。あまりに見透かされてしまい、逆に痛快になって、思わず笑ってしまったぐらいだ。

それは単なるオペレーション云々ではなくて、もっとお店の礎的な部分が多く、私自身が大事にしている部分だった。たとえば、「数百種類のワインがリストにあるけれど、なぜこれを選んだかを説明できないと意味がない」や「この料理はフジマルで出すべき料理なの?」といった具合に、「伝えきれていない何か」がたくさん掘り起こされていた。こういう声を直接いただけることは、オーナーとして貴重で、本当にありがたかった。

俄然、和知シェフに興味が湧いた。それは数々の指摘が料理の味云々よりも違うところにあったからだ。料理と同じぐらい大事なものがレストランにはあることを知っている人なのだと嬉しく思った。
翌週には足が「マルディ グラ」に向かっていた。和知シェフのレストランはどんな世界観を見せてくれるのだろうと思いながら、銀座の街を通り抜けたのを今でも覚えている。

選べなくてパニックになったメニューの魅力。





華やかな街中の、危うく見落としそうにわかりにくい入口から地下へとつながる階段を下りると、そこは先ほどまでの風景とは対照的なシンプルですっきりとした店内だった。 にこやかなスタッフの案内で着席し、ほどなくしてメニューを渡される。前情報では肉料理が有名と聞いていた。今日は2名だから、前菜、メインと各々がそれぞれオーダーすればよいだろうとメニューを開く。

やられた・・・。

人生で初めてだった。選べない。何を注文すればいいのかわからない。
思わず「なんだ、このメニュー!」という心の声が漏れてしまったほど。

私は、子ども時代から自分好みの料理を選ぶのが上手かった。選ぶのに悩むことはまずなかった。どれだけ豊富なメニューがあろうと、3分悩めば長いほう。それほど好みがはっきりしていて、知らないものには手を出さない保守的嗜好。その私が「マルディ グラ」では食べたいものが多すぎて選べなかったのである。

まずはメニューが多い。ただし、よくあるような、数を稼ぐメニューは一切ない。すべてがしっかりと仕事のなされた料理であることが料理名からわかる。そして、そのすべてにどこか異国の香りが漂っていて、個性が半端ない。ヨーロッパだけでなく、アジアだったり、南米だったり、メニューを眺めているだけで、まるでスパイスの香りがしてくるかのようで、そのどれもが「俺を注文しろ」とアピールしていた。

そもそも、どれが前菜でどれがメインなのかもわからない。食材と調理法が入り混じっている。とりわけ肉料理ときたら、私が働いてきた店と比べると3倍ものメニューがあるのだから、もう頭の中がパニックだ。
結局、「選べません」と素直に白状して、スタッフに助けを求めた。助けを得て、なんとか人気の品を絡めながら、前菜、メインを2皿ずつ選んだ。こんなに料理選びに苦労したのは人生初だった。


私はレストランで料理をシェアしない人間だ。だって、食べたいものは一皿全部食べたいし、他人の料理になんて興味ない。昔、6人ぐらいでレストランに行った時、みんなが料理を互いに交換したりシェアしていたのに、私だけ誰とも交換せずに黙々と食べ続け、次回からそのグループに呼ばれなくなったこともある。

いろいろちょっとずつも楽しいだろうけれど、料理は一皿ごとに一つのストーリーがある。たとえば、小説を想像してみてほしい。章ごとに分けて読んでしまったら、作者の意図を感じることはできないでしょう?
でも、そんな自己快楽的で通ぶった考え方も改めないといけないと「マルディ グラ」で悟った。この時、同席した友人に「シェアしよう」と持ち掛けていたのは、他ならぬ私だったのである。

恐ろしい数の引き出し。





初訪問以降、私は東京出張の度に、まずは「マルディ グラ」へ行く時間の隙間はないかを考えるようになった。そして、初訪問からそれほど経たないうちに、その数多いメニューのほとんどを食べてしまうぐらい通った。随時メニューは更新されていくため、完全制覇することは永遠にないだろうけれど。

魅了されたのはメニュー数の多さだけではない。やはり料理自体が凄いのだ。
和知シェフの料理は、存在理由が違うように思う。
訪れた異国の街の空気を吸い込んで、東京のど真ん中でふぅと吐き出したのが、和知シェフの料理だ。どれも異国の土地の空気をまとい、それが和知徹のフィルターによって再現されている。感度の高いレーダーが世界中の旨いものを探し出し、そして、スポンジのような感性が、体験したものすべてを吸収する。そうして、流行り廃りとは無縁の、確実に世界のどこかで息づいている料理を和知流に提供するのだ。
その国のバックグラウンドや宗教、文化によって、豚、牛、鶏、鹿など、食材も調理法も変わる。世界中を回り続けているからこそ、メニューや食材数は多くなるし、それに伴って「マルディ グラ」のメニューも増えるのだ。

料理人によってメニューの作り方は様々だろう。自分のアイデアが先行するタイプ、食材からインスピレーションを受けるタイプ。和知シェフはそのどちらでもない。彼は土地の匂いを嗅ぎ、風景を見て、料理を構築していく。だから、彼の料理にはリアリティがある。華美で美しい絵画のような料理もすばらしいけれど、いつも世界のどこかに軸足を置いて、リアリティのある和知シェフの料理には安心感もある。

レベルが違うのである。いろんな能力、技術、思考回路に至るまで、私たちとは違う世界で生きているとしか思えない。アンテナの高さ、料理の技術、センスなど、料理だけでなく音楽やファッションも含めて恐ろしい数の引き出しがある。こういう化け物みたいな人に出会えるから、この仕事、やめられない。

簡単に言えば、余裕があるのだ。だから、どんな凄い料理も品数もさらっとやってのける。「マルディ グラ」に行く時は、そこが銀座であること、レストランであること、肉料理が有名であることなどの先入観やイメージは捨てて、和知ワールドそのものを鑑賞するために足を運んでほしいと思う。







ジントニックと和知シェフ





連載3回目にしてワインではないことをお詫びしたいが、私はそもそもビール好きでドイツのオクトーバーフェストに行ったり、ワインショップのくせに好きな蔵元の日本酒を扱っていたり、頻度が多いのはワインバーよりバーだったりと割と浮気性なのである。
ある時、和知シェフに連れていってもらったバーがある。そこは、多種類のジン、トニック、ソーダ、柑橘(レモン、ライム、ゆずなど)を一枚のリストにしてあり、客が好きな銘柄を選んで、自分好みのジンのカクテルをオーダーできるという店だった。
和知シェフと話をする時、彼の圧倒的な経験を聞く傍らにある酒として、ワインは少々騒がしい。それよりも、安定感のあるバーで大好きなジントニックを片手にわくわくしながら武勇伝を聴くほうが、まるで映画館でハリウッド映画を観るぐらいのめり込めたのだった。

◎ マルディ グラ
東京都中央区銀座8-6-19 野田屋ビル B1F
☎ 03-5568-0222
18:00~23:00LO(土曜22:00LO)
日曜休
カード可 22席(うちカウンター3席)分煙
JR、東京メトロ新橋駅より徒歩5分 東京メトロ銀座駅より徒歩7分

藤丸智史(ふじまる・ともふみ)
1976年兵庫県生まれ。株式会社パピーユ代表取締役。ソムリエとして勤務後、海外のワイナリーやレストランで研修。2006年、「ワインショップ FUJIMARU」を開店。大阪市内に都市型ワイナリー「島之内フジマル醸造所」、東京に「清澄白河フジマル醸造所」を開設。食の生産者と消費者を繋ぐ楔役としてワインショップやレストランを展開。 www.papilles.net



























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