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PEOPLE / 寄稿者連載

茎と根と葉っぱ 初夏編 「茎で香り高いジェノヴァ風ペーストを」

長尾智子さん連載「今日の台所」第3回

2023.06.19

連載:長尾智子さん連載「今日の台所」

「それぞれ」が心地よい今日この頃です

あっという間に6月である。今年もぼんやりと、あるいはあたふたとしている間に半年経った。時折、昨日は、先週は、先月は何していたんだっけと思い返してみないと不安になるくらいだが、境界線が曖昧になってどこか気楽な部分もある。いろいろと状況が落ち着いてきた、日常が戻ってきたと言われつつも、それはメディアの中だけだったりするので、いやぁすっかり戻ったじゃない良かったよね、またわいわい集まろうよ、という人は周りにはいない。

それでも、ほんの少しずつと考えて、恐る恐る小窓を開けるように外の様子を伺い、数人を招き入れて短い時間の集まりという程度の集まりくらいはやってみる。それ以外は、相変わらず静かに暮らしている。未だ遠出もしないし、決まった行動範囲とほぼ変わらないルートの移動。そうこうしているうちに、遠くに引っ越した人もいる。二拠点でもなく、別の土地、別の道を選んだり見つけたりして、それぞれなのだな、と深く納得。

私は「それぞれ」が大好きなのだ。以前にも増して「それぞれ」が心地よいと気づいた人もいる世の中になったと思う。そんな風にして「何よあの人」、などと思われたり思ったりすることのない、同調ではなく協調がいい。

ずっと昔、長年フランスに住む知り合いが、「パリの人はね、お店で何か勧められて断る時になんて言うと思う? 『その色素敵ね、でも私には違うわ、ありがとう』って言って出て行くのよ。何て大人っぽいのかしらってね」。なるほどと思い、うまく言ってこれなかった気分が晴れた。そんな感じに思うことは、服や靴を買う場合だけでなく山ほど同じような場面がある。人付き合いも同じ。展示会で自分だけ注文しない、みたいな場面があって驚いたような顔をされた経験があるが、「すみません、また」なんて謝っているような曖昧な挨拶をして出るのもおかしいけどね、でも仕方ないか、となる。パリジェンヌのようにはいかないのである。

「同調圧力」という強い言葉がある。英語ではpeer pressureとなるそうで、同僚とか同等とか仲間という意味もあるpeerだけに強い。そういうことも、協調へと変化する気配がないこともないのは、この数年に起きた変化のうちで、わずかながら悪くない部分という気がする。大勢の中で仕事をするにはなかなか、だけれど、少し自由になれた人もいるだろうし、本来は当たり前の、自主的な理由で選べばいいのだから、ほんの少しは変わってきているのだ。

そんなわけで、直接料理と関係なさそうな気分も、実は無関係ではなく、人気だから食べておかないといけないような気分になって並んでまで買うとか、あまり気が進まないのに誘われるがままに気分が乗らないのに食事に行くとか、「気分」は様々なところに影響するものだから、大いに自分に正直になった方がいい。食材の良し悪しを見極めるのと同じに、自分の気分に敏感になることが、気分良く過ごせるかどうかの肝となる気がする。と書いていると、人の世の中は気でできているんだろうなと思うしかないくらい、重要な「気」や「気分」というもの。


今日の野菜の気分を察知する

(タイトルの)葉っぱの話に戻すと、春先から勢いづく葉物の様子を見極めるには、やはり野菜の気分を察知しなければならない。数日前、産直の農産物を集めた店に寄ったら、関東産の香菜が何種類かあって、値段は同じ、見た目ではどれも様子が違う。育ちの違い、土の違いなのかしら。それこそ、作り手の見極め、気分なのかもしれない。その中で気になったのは、茎が太くて葉がとても繊細に見えるものだった。丈のある大きな株、大きく平らな葉のものをよく見かけるが、それとは違った育ち方をしたような香菜やルッコラ、カーボロネロなども選んでみる。

葉の繊細さに比べて茎はしっかりと太く、香りが強い。と、毎度の事ながら部位に分け、葉と茎を別々にする。葉はふわふわと絡まりやすく軽い。太めの茎は細く切り分けて、ペーストにしよう。香菜に限らず野菜の茎が気になるのは昔からで、炒め物に使ったりオイルに漬けたりもしたが、ペストジェノヴェーゼの材料を置き換えて、アジア風のペーストをよく作っていた時期があったので、蘇る香りが懐かしい。アレンジを思いつかせるジェノヴァ風ペーストは偉大だなと思う。

香菜の茎には山椒の塩漬けも少し入れ、ニンニク、ショウガ、オリーブオイルと菜種油をたっぷり加え、とろりとしたペーストに仕上げる。パスタに、トマトサラダやグリーンサラダにポテサラに。鶏の焼いたの茹でたの蒸したのに、お刺身に(特に白身)、卵とタルタルソースのようにして揚げ物に。炒飯に、餃子のたれに、肉まんにちょっとつけて、野菜炒めに、和え物にと、その都度相性のいい酸味などを組み合わせたら、きりなく使える。

ふわふわした葉っぱの方は、ポークソテーにこんもりと山に盛ってみる。フレーク状の軽い塩を振って、オリーブオイルを注意深く細い糸のようにたらす。そこはひとつ、繊細な葉に、今日の素材の気分に合わせて。というのが勝手な思い込みだとしても、そんな風に素材の様子に沿うことが、何よりも素材を優先させるせめてものやり方ではないかな。その気分に報いるように一皿が良い感じの仕上がりになる気がする。

それぞれのやり方があればその人らしさが出て、違ってこそ料理の面白さとなる。今日のポークソテーは丸い。フィレではないのに丸いのは、カツ用肩ロースの脂身の部分を切り落としたから。野菜にとって油(脂)はなくてはならない相棒だから、次はその話を。



長尾智子
料理家、フードコーディネーター。単行本の出版や雑誌の連載などの執筆、商品開発、メニュー提案などと並行してオリジナルの器〜SOUPsを主宰。また、2019年に友人と東京・神宮前に「Bar Werk」をオープン。料理とお酒について様々に実験中。
http://www.vegemania.com/ 

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