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PEOPLE / 寄稿者連載

パリ、Cheval d’Or

関根拓さん連載 「食を旅する」第13回

Dec 25, 2018

パリで食堂を開く夢。

いよいよ大詰めだ。
いろいろなドキドキを通り越してここまで来た。
物件探し、契約交渉、仮契約、本契約、銀行の融資、追加融資、デザイン、実際の工事。
レストランは偶然では作られない。
ただ時にはその偶然に身をまかせることで、店は血の通った生き物となる。




僕には夢がある。
それは食堂を開くこと。
お客の会話や足音までがBGMとなってお腹を満たしてくれる場所。
そして、どこか温かく庶民的で、つい行きたくなってしまうような空間。
僕はいつかそんなお店ができればと思っていた。

2017年秋、僕は友人Florent Ciccoliの元を訪れた。
新しいプロジェクトに一緒に取り組んでくれるパートナーを探していた。
僕は彼の作る店がどれも自然体で大好きだった。
「子供から大人まで来られる食堂が作りたい」
僕はそう切り出すと、頭の中にあるアイディアを一つ一つ言葉にし続けた。
蒸篭から溢れる湯気、麺をカウンターですする音、通りまで漂う炭の香り。
それはしっとりとしたどこかアジアにありそうな食堂のイメージだった。

「ここにしよう」、どちらともなく言い出した。


春、物件を探し始めて早くも半年が過ぎようとしていた。
どの物件も高額過ぎて、これでは食堂として経営が成り立たない。
週に一度ほどの内見も日常のルーティーンのごとく形骸化していた。
物件取得費の高額なこの街では、単価の低い食堂を開店するのにそれなりのリスクがあった。
僕らは市街中心部を諦めて、さらに大きな範囲で探すことにした。

ある日、Florentから電話が鳴る。
「19区ビレット通りの中華料理店がいい条件で売りに出ている」
19区と言われても一般的に出店を検討するようなロケーションではない。
それでも念のため、週末に内見させてもらう約束を取り付けた。
僕らはいつもの如く、失望することのないよう、特別な期待もせずに現地へと向かった。
店の前に着いて、僕らはハッとした。
通りはビュットショモン公園に抜ける人々や地元の家族連れで溢れかえっていた。
長くなり始めた春の一日の終わりを惜しむかのような暖かい雰囲気がそこにはあった。

その中華料理店の名は「Cheval d’Or」といった。
中国風の紅色の店の正面には漢字で「金馬車」と記してある。
聞けば30年以上続いたこの店は、主人の病をもって閉店を余儀なくされたらしい。
そのせいか店はどこか寂しそうな表情をしていた。
店内は天井も高く、陽の光がたっぷりと差し込んでいた。
「ここにしよう」
どちらともなく言い出した。
僕らは家族が円卓に座って楽しそうに食事をする姿を思い描いていた。

2つの恩恵。

仮契約のための詳細を根気よく詰めていくと、季節はもう初夏にかわっていた。
必要な初期費用も見る見る間に膨大な額に上っていた。
物件取得費、不動産手数料、改装費、家賃、破産保険料、キャッシュフロー。
目の前にないお金を数えること自体に抵抗を感じる。
それでも2カ月後に迫る本契約の日は刻一刻と近づいていた。
それまでに銀行の融資が得られなければ、せっかく見つけた物件も台無しだ。
不安定な緊張感の中でまだ見ることのない未来の事業計画書を練り上げる。



食堂とはいえ素敵な内装にしたかった。
パリらしいアジア食堂。
これまでの30年と次の30年を紡ぐデザイン。
僕らは共通の友人Hugoを頼った。
彼の率いるCiguëは素朴でありながらモダンなフレンチタッチを得意としていた。
世界中で数多のプロジェクトを手がける彼らに恐縮しながら、
「低予算で世界一居心地のいい食堂を作ってほしい」
と図々しいお願いができるのは少しこの街で鍛えられてきたからだろうか。
Hugoは呆れたように笑っていた。
CiguëのHugo



本契約が一週間後に迫っていた。
僕らの痺れが切れそうになるのを見計らったかのように電話のベルが鳴る。
銀行から全額融資を知らせる内容だった。
安堵のため息が漏れる。
するとさらにもうひとつ奇跡が起きた。
借り入れの条件が無担保だったのだ。
僕は耳を疑った。
これまで不利なことも辛いこともたくさんあった。
だから、外国人である自分の小さな思いつきをこの国の銀行がリスクを共有しながら応援してくれているのだと思うと、僕はとても誇らしかった。

昨年、僕は男の子を授かった。
息子の成長を見ていると、店もつくづく子供のようだと思う。
寝返りも打てなかった赤子が次第に歩き出して言葉を発するようになる。
人の手を借りながらも子供は確実に成長していく。
新しい「Cheval d’Or」はまだこの街に生まれたばかり。
長い間ずっと人々に愛され、親しまれる店へと健やかに育ってほしい。

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