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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

漁師を、“家業”から“企業”に

まき網船団 取締役社長 坪内知佳

2022.11.28

漁師を、“家業”から“企業”に まき網船団 取締役社長 坪内知佳
text by Reiko Kakimoto / photographs by Daisuke Nakajima
魚の自家出荷を可能に

日本の魚の流通が、一人の女性によって変化を始めている。その人の名は「萩大島船団丸」代表の坪内知佳さん。2012年、3船団60人の漁師たちと水産会社を設立し、魚の自家出荷を実現させた立役者だ。

昨今、魚の消費量が減少したことに加え、海外から安価な魚が輸入され、価格競争は激しくなった。さらに、気候や潮目の変化などで、国内の漁獲量も激減している。漁師たちの手取りは今、わずかだ。

そんな背景から、漁師自らが適正価格をつけ、直接食べ手へ届ける。漁業の6次産業化に沿った出荷の仕組みを構築することで、その課題点の打破を図ったという。一見、簡単そうに見えるこの「仕組み」だが、「ここまで来るのにいくつものハードルがあった」と坪内さんは振り返る。


抜け穴は、ここしかない

結婚を機に山口県萩市にやってきた坪内さん。しかし長男を出産して間もなく配偶者と別居。育児と両立できる仕事をと、得意の英語力を生かして翻訳会社を立ち上げた。業界によって使う単語のニュアンスが違うから、と、クライアントごとにその業界研究をするうち、翻訳だけでなく「こうしたらよりよいのでは、売れるのでは」と提案もするようになった。その的確な指摘に“営業代行”の業務も依頼されることが増えていく。そうした中、視察で訪れた旅館で、萩大島で漁師をしている長岡秀洋さんと出会う。

何度か顔を合わせ、親しくなるにつれ、長岡さんから、なんとか自家出荷がしたい、価格決定権を持ちたいという話が出るようになった。でも「その時は、なぜ漁協を通さず、自立して出荷できないのかがわからなかった。その歴史にも興味が出て、自力で調べ始めたんです」

萩や大島という土地のこと、まき網漁という漁の仕方、漁協と漁師との関係・・・。
「山口県には内海と外海があり、いい魚がたくさん獲れていました。しかし、規制も多いし、漁協との関係も複雑です。自家出荷は難しいように見えましたが、1年間かけて調べていく中で、やり方次第でできるのでは、という方法が見えてきました」

 2010年、国が補助する「6次産業化に基づく認定企業」を募集していることを知った長岡さんから相談を受けた。「(申請書類作成を)できるか?」と聞かれ「なんとかなります」と答えたのは、その“道”が見えていたからだ。半年以上かけて書類を作成。国と地元漁協とのバランスを見ながらの計画書作成は思いの外難航した。「書類を完成させるのに、コピー用紙を1箱分使いました」。同時に、坪内さんは関西圏の飲食店を周り、新規顧客の開拓を急いだ。まずは関西で20軒。以降は東京にも赴き、飛び込み営業で毎月3軒は取引店を増やしていった。顧客は広尾のフレンチ「ア・ニュ」など、素材の価値を理解してくれる飲食店だ。


魚の価格は漁師が決める

「萩大島船団丸」で扱っている商品は「鮮魚BOX」と「干物セット」の2種類。夜、漁に出航した各漁師は、船上で獲れた魚種をそれぞれが担当する取引先の店にLINEで知らせる。飲食店からの注文を船上で受け、朝、港に着いたらすぐにきれいに詰め合わせ、発送。早いところだとその日のうちに魚が届く。市場に出す魚と締め方も違うため、新鮮な状態が長続きすると評判だ。

会社を設立してから2年間は、坪内さんが一晩中、船上の漁師と携帯電話で連絡をとり、全魚種を把握し、LINE上で取引先の飲食店と交渉していた。朝に船が着岸したら昼前まで仕分けと箱詰め。乱雑に魚を詰める漁師を怒鳴り、喧嘩しながら「鮮度と質を保って届ける」ことの大切さを伝え続けた。

昨年(2014年)の1年間は、取引を漁師自らが出来るようトレーニングした。慣れない作業ゆえ、坪内さんが担当していた頃より取引店数は減ったが、「一年間で漁師自ら取引先と交渉できたのは成長の証」と坪内さん。今の坪内さんの仕事は売り手(漁師)と買い手(飲食店)の新規開拓・フォローだ。

坪内さん、長岡さんのスマホには、漁師からの写真が続々と送られてくる。飲食店に送る「鮮魚BOX」の内容だ。以前は坪内さんが、仕分けを担当していたが、1年かけて漁師自ら飲食店と交渉できるようになった。

坪内さん、長岡さんのスマホには、漁師からの写真が続々と送られてくる。飲食店に送る「鮮魚BOX」の内容だ。以前は坪内さんが、仕分けを担当していたが、1年かけて漁師自ら飲食店と交渉できるようになった。

仕事道具は都会のビジネスウーマンと同じように、スマホや手帳など。坪内さん自身は漁には出ない。最近は新規顧客とのミーティングや講演会が多いという。

仕事道具は都会のビジネスウーマンと同じように、スマホや手帳など。坪内さん自身は漁には出ない。最近は新規顧客とのミーティングや講演会が多いという。

「最終的に全国を巻き込んだ、新しい流通の形を作りたい。船団“丸”としたのは、誰が来ても受け入れるという意味合いがあります。全国には漁協や中卸が衰退して、販路に困っている漁師さんがいる。既存の流通ルートを壊すことなく、伸び代のあるところを伸ばしていきたい」

昨年(2014年)、萩大島船団丸に20代前半の男性4人が他府県から就職した。両親とも漁業とは縁のないIターン組という。「この子たちが自力で船を買えるように、当事者意識を持った漁師に育てたい。萩大島からスタートしましたが、私はこれを日本の水産の未来、世界の漁業を見据えた事業だと思っているんです」

3船団、約60人の漁師から設立した「萩大島船団丸」。最近では萩以外の漁場からも入団を希望する漁師(団)がいる。

3船団、約60人の漁師から設立した「萩大島船団丸」。最近では萩以外の漁場からも入団を希望する漁師(団)がいる。

ジャージでもスーツでも使え、パソコンや資料など大容量を収納できるバッグ。

ジャージでもスーツでも使え、パソコンや資料など大容量を収納できるバッグ。


◎萩大島船団丸 
山口県萩市樽屋町22-3
Mail:hagi-ooshima-maru@mail.goo.ne.jp

(雑誌『料理通信』2015年4月号掲載)


(編集部追記)
坪内知佳さんが主人公のモデルとなったTVドラマ「ファーストペンギン!」(日本テレビ)が2022年10月5日~12月7日に放送されました。漁師たちとの威勢のいいやり取り、新規事業を軌道に乗せるまでの奮闘記が実話を元に描かれています。

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