日本茶の新領域「生ボトルティー」に未来を懸ける。
「冬夏 tearoom toka」奥村文絵
2024.09.30
text by Sawako Kimijima / photographs by Yusuke Nishibe, Thomas Kimmerlin, Takumi Ota
その液体を口に含んだ途端、思わず目を見開き、息を止め、ひと呼吸置いてからそっと喉の奥に送り込む。というのが、ボトルティー「冬夏青青(とうかせいせい)」を初めて飲んだ時の多くの人の反応だ。無意識のうちに丹念に味わおうとさせる性質が液体自体に備わっている。手掛けたのは、京都市上京区で「日日 gallery nichinichi」と「冬夏 tearoom toka」を営む奥村文絵さん。農薬と化学肥料を使わない農法による単一品種の茶葉と京都の水だけで仕上げた非加熱抽出の煎茶、その素性の根底にあるのは、「日本茶を通して都市と里山をつなぎ、自然資本に対する人々の意識を喚起したい」との思いだ。銘柄よりも茶樹の個性を。慣習よりも未来への可能性を。それを体感してもらうための一滴である。
(2023年3月に掲出した記事の再掲載です)
茶葉で茶味は再現できない。ならば茶味を届ける方法として
「冬夏 tearoom toka」は京都御所の東側、信富町にある。築100年を超える日本家屋の一室。京都でも名水として知られる水脈の真上に位置し、敷地内から湧き出る汲みたての地下水を使って一客ずつ丁寧に淹れて供する。
「産地の気候風土、畑の地理的条件、品種、農法、製法、収穫年の違いまで、茶味の個性を最大限に引き出す淹れ方を探求してきました」と奥村さんは言う。
茶葉の販売も行ない、料理店などへ卸すが、卸し先の料理人から「冬夏で飲む味が出せない。どうやって淹れているのか?」とよく尋ねられる。
「同じ茶葉を使っていても、抽出する水が違って、茶器が異なり、淹れ方の熟練度にも差があるわけですから、料理のプロでも、ここでお出しする茶味を再現することはむずかしいのかと気付かされました」
であるならば、「冬夏で淹れる味をそのまま提供できる商品を考えられないか?」と思い立ち、誕生したのがクラフトティー「冬夏青青」というわけだ。
喫茶とは、自然環境を丸ごと水に溶かし込む行為。
元はと言えば、奥村さんはフードディレクターである。「デザインで食の未来を考える」という一貫したテーマのもと、日本の食文化に根ざした商品開発やブランドづくりに取り組み、和菓子老舗のデザインディレクション、山形県遊佐町や山梨県韮崎市などの地域特産物開発、デザインのためのリサーチセンター「21_21 DESIGN SIGHT」の「テマヒマ展」や「コメ展」にも関わった経験を持つ。
お茶への目覚めはちょっぴり遅くて、12年ほど前。後に結婚することになるドイツ人の哲学者でホメオパス、エルマー・ヴァインマイヤーさんによってもたらされた。
「エルマーが煎茶を淹れてくれたんですね。お盆の上に湯冷ましと宝瓶を置き、茶器から茶器へ、じゃぶじゃぶとお湯を移し替えるので、お盆は水浸し。やがてわずかに抽出したお茶を抹茶碗に注いでくれた。それが本当においしかった。彼の住まいの台所には『茶頭』と書かれた額が掛かっていました。滋賀県の朝宮茶の茶葉であること、無農薬栽培であることなどを切々と語る様を見て、いかに彼がお茶を選ぶという行為に心を砕いているか、それがどういう意味を持つのかを悟りました」
当時マクロビオティックを実践していた奥村さんは、身体を温める陽の性質を持つとされる紅茶を常用。緑茶は未知の領域だっただけに一気にのめり込み、茶葉の生産者「かたぎ古香園」の片木明さん・隆友さん親子を滋賀県甲賀市信楽に訪ねる。そして、喫茶とは、茶園を取り巻く自然環境や栽培条件を丸ごと水に溶かし込んで飲む行為だと考えるようになるのである。
「収穫した生葉をそのまま加熱するお茶作りには、洗浄という工程がありません」
今でこそ回数は減ったが、日本茶の栽培過程では一般的に10数回に及ぶ農薬散布が施される。つまり、それだけの量の農薬もそのまま摂取しているわけである。
「片木さんは百貨店の産直イベントに出展した際、小さな子供がお茶を飲む姿を見て、農薬を使うまいと決めたそうです。1975年のことと聞いています。農薬を止めて1年目、2年目は収穫がなくて無収入。3年目からようやく少しずつ採れるようになっていったそうです」
「冬夏」のWEBサイトを開いてtoka_seisei(冬夏青青)のページを見ていくと、茶畑のクモの巣の写真が登場する。無農薬の田畑にはクモの巣が張るとはしばしば語られる話で、茶畑も例外ではない。クモの巣が害虫を防御するネットの役割を果たすそうだ。片木さんの畑では10種以上のクモがいて、クモの種類によって巣の網の目の大きさが異なるため、捕食する害虫の種類も異なるらしい。
奥村さんを突き動かすのは、日本茶を通して自然資本への意識を喚起し、農薬を使わない、化学肥料を使わない農業を応援しようとのミッションだ。
「私自身、中学時代から銀座に寄り道するような絵に描いた都会っ子で、食の仕事を始めて、初めて農家の仕事を知りました。料理人、和菓子職人や杜氏など、食に関わるプロたちと働くなかで、食の原点をもっと知りたいと思うようになり、縁あって30代に有機農業家の高柳功さんのところに毎月通わせていただいたんです。農作業を手伝いながら、高柳さんには食べること、生きることを教えてもらいました。この経験がなければ、今の仕事はありません。無農薬や無施肥にこだわるのは、それが自然の持つ自己免疫力を生かした農法であり、土地の味を最も表現する農法だから。人間もまた自然の一部であり、今日よりも健康な明日の自然を、次の世代にリレーするのが私たちの役目。手間暇かけた茶づくりに挑む茶農家たちが育むお茶を通して、それを伝えたい」
3軒の無農薬栽培農家を深く掘り下げる
「冬夏」が取り引きする茶農家はたった3軒。2015年のオープン当初は滋賀県朝宮茶の片木さんのみ、2018年から宮崎県西臼杵郡五ヶ瀬町の「宮﨑茶房」が加わり、2020年からは京都府和束町(わづかちょう)の林嘉人さんが加わった。いずれも無農薬栽培による作り手だ。
「コロナ禍のなかでラボをつくり、その棚にファイルボックスを100箱並べました。日本中のオーガニック茶農家のデータとサンプルをファイリングしようと考えたのです。いろんな産地や生産者を訪ねましたが、私たちのようなスタートアップの小さな会社と協働できるオーガニックの農家はそんなに多くないかもしれないと思い始めています。と同時に、生産者の数を揃えずとも、優れた農家の仕事を細かく掘り下げていけば、それだけでバリエーションが広がることもわかりました」
畑のロケーション、品種、収穫年、施肥か無施肥か、被覆(かぶせ)か否か、蒸しか釜炒りか、などによって、一軒の農家でも得られる茶葉は様々に異なる。無施肥であればなお土壌の違いを表現する。さらに、得られた茶葉をどんな水で淹れるのか、どのように抽出するのか、飲む器と温度帯によっても茶の味わいは変化する。
「信頼できる農家と深く長く育て合えるビジネスを目標に据えようと決めたら、20軒、30軒、40軒と揃えなければいけないといった定量的な通念から解放されました」
自然が相手である限り、茶葉も固定できる部分は少なくて、絶えず変化していく。その「生(なま)」な感じを大事にしよう、生もの商売としてやっていこう、奥村さんはそう決めた。お茶をマクロじゃなくてミクロに捉えることは、自然の実像により深く入り込んでいくことでもある。
世界で最も小さな清涼飲料メーカー!?
「手間暇かけて耕された茶畑と茶樹は、紀元前から続く人類の農耕の叡智が結集するランドスケープと言える。液体の中にそれを映し出すようにお茶を淹れることを心がけています」
淹れ方は、エルマーさん譲り。「彼の淹れ方をベースに、スタッフと一緒に試行錯誤しながら、冬夏の淹れ方を確立していきました」
「冬夏青青」に関しても、そのやり方は変わらない。水、温度、抽出容器、抽出時間、どの条件の時に最も良い結果が得られるか、スタッフと2人で2年にわたって延々と実験を繰り返したという。
「水の条件を変えたり、抽出方法を変えてみたり。茶葉と水だけなのに、条件が異なると、味わいは驚くほど変わります」
最も鍵を握るのは「水が生きているかどうか」であるという。「長期保管や流通を重視して、食品は細部にまで加工され、腐らず均一であるように求められてきました。私たちのプロダクトはその真逆です。もぎたてのりんごを齧った時のシンプルで複雑な味わいには、細胞を震動させるような喜びとおいしさがある。私たちが届けたいのは、そんな生きた茶味なのです。京都の水は酸素をたっぷり含んで、水の分子が絶えずスパークしているイメージの水です。そこから得られるのは、弾けるような香りと味と透明感、旨味と甘味・・・」
非加熱でボトリングするからこそ、高基準の衛生管理に基づく製造環境を整え、厳密な温度管理を行なうようにした。完全受注生産で常に新鮮なボトルティーを配達。賞味期限は製造から1カ月だが、製造直後から徐々に円熟味を増していくのはワインとそっくりだ。「手作業の工程を多く残しています。たぶん世界で最も小さな清涼飲料メーカーだと思う」と奥村さんは笑う。
ユニークなのは、ボトルを回収するシステムを採っている点だろう。配達の際に使用済ボトルを回収し、洗瓶して再利用する。
「京都・伏見では古くから洗瓶という仕組みが酒蔵を支えてきました。伏見には年間500万本もの一升瓶の洗浄を生業とする老舗洗瓶会社、吉川商店があります。吉川商店さんの協力を得て、瓶を使い回すという京都の当たり前を冬夏のボトルにも活かしています」
ちなみに「冬夏青青」のボトルはドイツからの独自輸入品。ボトル選定の段階で数タイプを吉川商店に持ち込み、洗浄のしやすさや破損のしにくさを検証して決定したという。
再利用が当たり前の時代のボトルラベルは、洗浄時にはがれやすい糊が使われていた。しかし、温度変化による結露でラベルが浮くのを防ぐために強力な接着剤が使われたり、凝った紙質やデザインのラベルが増えたことにより、洗浄時のラベルのはがれにくさが問題になってきた。「私たちは今、損傷しにくく、かつ洗瓶時にはがれやすいラベルを目指して、印刷業者と改良を重ねているところです」
ボトルティーという商品の成立を目指した時、喫茶や茶葉の販売を通して市場との関わるのとはまた違った社会との接触面と責任が生まれる。それはまた新たな考える材料を与えてくれる。淹れた茶の中に自然や生産者の様相が溶け出しているのだとすると、ボトルには社会の循環の仕組みが組み込まれていると言っていい。
アウトサイダーの眼が未来を照らす
「冬夏」を立ち上げた時の奥村さんは、お茶に関して素人だった。
「経験がない上に少量しか扱わない私たちに卸してくださる農家さんの存在は、本当にありがたかった。自分の所では茶葉の適切な保管ができないので、保管もお願いしている。同じ道を走るランナーとして責任を分担していただいている気持ちです。彼らのバックアップがなければ、私たちの挑戦はあり得ない」
それにしても老舗茶商がひしめく京都で茶を商う勇気はどこから来るのか?
「茶といえば京都、京都といえば茶。この町には“お茶の常識”があり、老舗が切磋琢磨してきた歴史が息づいています。この常識は日本人の教科書であり、ありがたい存在です。同時に我々のようなアウトサイダーが果たす役割もあるのではないかと考えています。型があるから、型破りができる。私たちはお茶をワインやコーヒー、日本酒のようにワクワクするビバレッジにシフトさせることで、自然や農業、大事な食文化への意識を高めたいという願いがあります。また、ものづくりカンパニーとして日本から世界に発信する仕事がしたい。デジタルの世界が加速度的に進展していくのは、アウトサイダーが次々と参入し、オープンソースだから。それが今の社会の趨勢であり、私たちのようなスタートアップの取り組みも時代が後押ししてくれる。『冬夏青青』も、まもなく他の都市への販売がスタートします。お茶の世界も開かれて、変わっていくはずです」
この10年、日本茶の輸出量は右肩上がりだ。特に健康や安全性への意識の高い欧州諸国では有機栽培茶が大きな割合を占める。
「農業を受け継ぐ若い世代が地域の仲間と連携し、有機栽培へシフトするなど、日本の茶園は転換期を迎えています。オーガニックのお茶に光を当てることは、次世代の食を守り、向かうべき未来を照らし出すことだと信じています」
奥村文絵(おくむら・ふみえ)
フードディレクター。日本の“食べる”をデザインする仕事の草分けとして、味や食文化をビジュアライズするフードディレクションファーム Foodelco Inc. (フーデリコ)を主宰し、飲食業の店舗ディレクションや地域の特産物の商品化などを手掛ける。21_21DESIGN SIGHTで開催された「テマヒマ展(東北の食と住)」と「コメ展」に企画協力。著書に『地域の「おいしい」をつくるフードディレクションという仕事』(青幻舎)。2015年より京都、御所東にて日用の美しいものを集めたギャラリー「日日」と、オーガニックの日本茶に特化したティールーム「冬夏」を開く。 2021年に冬夏株式会社を設立し、新しい茶業に取り組む。
◎冬夏tearoom toka
京都市上京区信富町298
☎075-254-7533
11:00~18:00 (17:30LO)
火曜、水曜休
https://tokaseisei.com/
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