菊池 紳さん(きくち・しん)
ビジネスデザイナー
2020.03.01
食と人のいい関係をデザインする
新型コロナウイルスが深刻化した2020年4月、営業制限を受けた飲食店は、テイクアウトなどの新たな業態に挑戦し始めていた。そんな中、出荷できなくなった生産者の食材を食べ手に直接届ける試み「コロナファームサポート」というSNSグループが立ち上がった。プロジェクト名は「NEW COOP」(仮)。主催者は、昨年5月まで「SEND」という食材生産者と都内レストランを直接つなぐ流通システムを構築した菊池紳さんだ。彼の投稿には「ここでできた生産者と食べ手の関係を、ただの売買の関係にしたくない」と書かれていた。
「農業、やってみんか」
菊池さんのビジネスキャリアは、金融業から始まる。「まずは経済を知るべき」と大学卒業後は外資系の金融・投資畑へ。20代でM&Aなども手がけ、多忙な日々を送る。
20代で既に携帯アドレスに700軒以上のレストランの番号を登録していた菊池さん。趣味はレストランの食べ歩きだった。学生時代のアルバイト先は市場や料亭で探すなど、食材に並ならぬ関心を持っていた。それは「小さな頃から田舎と食を通じて繋がりがあり、食べることも食材も大好きだった」ことに起因するのではと言う。
母方の田舎は東京から片道5時間以上かかる山形県真室川町にあった。農業をしていた祖母の畑を小さな頃からよく手伝った。祖母は孫のために、学生の頃から社会人になっても季節の野菜や果物を送り続けた。
菊池さんが29歳になった時、祖母から電話があった。「農業の後継ぎがいないから『農業やってみんか』と」。まずは祖母の元に向かったところ、久々の田舎は様変わりしていた。「人もいない、店もない。このままでは村がなくなると思いました」。
それから毎週末、山形で農業を1年ほど手伝った。「農業は素晴らしい仕事。何かを生み育てて収穫する喜びは、人の根源的欲求にかなうと思いました。ただ、産業としての問題は大きい」。問題点は3つ。一つは消費地と距離が離れているため未熟なうちに収穫され、おいしい状態で届かない。二つ、誰が作り、誰が食べているかが見えない。三つ、収入が少なすぎる。これらが解決されれば続けやすくなるはずだ。
国の農業ファンドを経て独立。中間流通をなくして産地と飲食業を直接繋ぐ事業「SEND」を立ち上げた。需要と供給を一体化する仕組みだったが簡単ではなかった。「ボリュームが合わないんです」。付加価値の高い作物を栽培する生産者は、少量多品種栽培が多く大手外食企業が求める量は生産できない。ある時、供給量を必死で確保したフルーツトマトを、大手企業から大量にキャンセルされたことがあった。「自分たちで手売りしました」。
一番助けてくれたのが、20代から通ってきた個人店のシェフたちだった。以降、SENDは少量多品種の生産者と個人店を中心としたレストランに対象を絞る。「生産者とシェフの小口取引では物流費がかさむ課題があった。そのために参加店や生産者を増やしながら自社配送を構築しました」。
「SEND」では配達員が重要なマーケターだ。「シェフに店のメニューを直で聞き、ビッグデータ化する。時期ごとに必要になる野菜を会社独自の分析をして割り出す。それを生産者に作付けや出荷の提案で戻すんです。トレンドになったエディブルフラワーやビーツの作付け依頼も、どこよりも早かったと思います」。
20代で既に携帯アドレスに700軒以上のレストランの番号を登録していた菊池さん。趣味はレストランの食べ歩きだった。学生時代のアルバイト先は市場や料亭で探すなど、食材に並ならぬ関心を持っていた。それは「小さな頃から田舎と食を通じて繋がりがあり、食べることも食材も大好きだった」ことに起因するのではと言う。
母方の田舎は東京から片道5時間以上かかる山形県真室川町にあった。農業をしていた祖母の畑を小さな頃からよく手伝った。祖母は孫のために、学生の頃から社会人になっても季節の野菜や果物を送り続けた。
菊池さんが29歳になった時、祖母から電話があった。「農業の後継ぎがいないから『農業やってみんか』と」。まずは祖母の元に向かったところ、久々の田舎は様変わりしていた。「人もいない、店もない。このままでは村がなくなると思いました」。
それから毎週末、山形で農業を1年ほど手伝った。「農業は素晴らしい仕事。何かを生み育てて収穫する喜びは、人の根源的欲求にかなうと思いました。ただ、産業としての問題は大きい」。問題点は3つ。一つは消費地と距離が離れているため未熟なうちに収穫され、おいしい状態で届かない。二つ、誰が作り、誰が食べているかが見えない。三つ、収入が少なすぎる。これらが解決されれば続けやすくなるはずだ。
国の農業ファンドを経て独立。中間流通をなくして産地と飲食業を直接繋ぐ事業「SEND」を立ち上げた。需要と供給を一体化する仕組みだったが簡単ではなかった。「ボリュームが合わないんです」。付加価値の高い作物を栽培する生産者は、少量多品種栽培が多く大手外食企業が求める量は生産できない。ある時、供給量を必死で確保したフルーツトマトを、大手企業から大量にキャンセルされたことがあった。「自分たちで手売りしました」。
一番助けてくれたのが、20代から通ってきた個人店のシェフたちだった。以降、SENDは少量多品種の生産者と個人店を中心としたレストランに対象を絞る。「生産者とシェフの小口取引では物流費がかさむ課題があった。そのために参加店や生産者を増やしながら自社配送を構築しました」。
「SEND」では配達員が重要なマーケターだ。「シェフに店のメニューを直で聞き、ビッグデータ化する。時期ごとに必要になる野菜を会社独自の分析をして割り出す。それを生産者に作付けや出荷の提案で戻すんです。トレンドになったエディブルフラワーやビーツの作付け依頼も、どこよりも早かったと思います」。
生産者と食べ手のより良い関係を
昨年5月、菊池さんは「SEND」の代表をメンバーに引き継いだ。「食と人の新たな関係を作るため」だ。祖母の田舎で痛感した人材不足の問題、農業の持続性はまだまだ課題が大きい。「イメージしているのは、食べる人が作る人に近づく社会。これまでは買い手が生産者を支えるみたいな考えがあったけれど、それはちょっと違う。むしろ、作る人が食べ手にとってセーフティネットになっている、親戚みたいな関係を築ければ」。
コロナ禍で、かえってイメージはしやすくなった。「もしそんな関係ができていれば、人はもっと大きな安心の中で生きられる」。
生産者と食べ手の関係を良い形にするのに、「これから重要になってくるのは「料理ができる人が増えること」。料理人でも研究家でも、どんな食材でも経験と知恵でおいしい料理に仕立てられる人。生産者は、今の消費者に合わせると定番野菜しか作れなくなる。でも、“食材ファースト”で料理できる人が増えれば、地域や季節にあったマイナー食材でも使ってもらえる。食材の需要が分散できれば、農家は得意な特殊食材を今より持続的に作れます」。
菊池さんの頭の中にはすでに、理想の食と人の関係が描けているようだ。大事なのは、何より続く仕組みの設計だ。皆が持続的に関われる形にするのがビジネスデザイナー、自分の仕事だという自負がある。
コロナ禍で、かえってイメージはしやすくなった。「もしそんな関係ができていれば、人はもっと大きな安心の中で生きられる」。
生産者と食べ手の関係を良い形にするのに、「これから重要になってくるのは「料理ができる人が増えること」。料理人でも研究家でも、どんな食材でも経験と知恵でおいしい料理に仕立てられる人。生産者は、今の消費者に合わせると定番野菜しか作れなくなる。でも、“食材ファースト”で料理できる人が増えれば、地域や季節にあったマイナー食材でも使ってもらえる。食材の需要が分散できれば、農家は得意な特殊食材を今より持続的に作れます」。
菊池さんの頭の中にはすでに、理想の食と人の関係が描けているようだ。大事なのは、何より続く仕組みの設計だ。皆が持続的に関われる形にするのがビジネスデザイナー、自分の仕事だという自負がある。