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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

村瀬美幸さん(むらせ・みゆき)フロマジェ

第3話「得意領域を伸ばす」(全5話)

2016.11.01

持ち味を考える

田崎さんを筆頭に、講師陣はチャンピオンばかり。
海外の複数のソムリエコンクールで優勝し、03年には日本チャンピオンになった阿部誠さん、シャンパーニュのポメリーソムリエコンテストで初女王となった濱田知佐さん。
コンテストで1位を目指すのが当たり前の雰囲気でした。

「とても太刀打ちできない」。
そう感じた村瀬さんは、自分の持ち味とは何か、考えました。
担当していたワインクラスの生徒からは、「料理やチーズとの相性についての話が面白い、先生自身も楽しそう」、そんな声がありました。
事実、ワインの講師を務める傍ら、チーズクラスのアシスタントをこなすうち、チーズの世界にもすっかり魅了されていました。
何より、チーズプロフェッショナルという資格をただ一人自分だけが持っている。





Photographs by Masahiro Goda,text by Kyoko Kita




自分らしいアプローチで





「チーズを極めよう」。

それからというもの、年に3~4回渡欧しては、ワイン産地だけでなく、チーズの農家や工房、熟成士、ヨーロッパで行われるチーズのイベントも訪ねるようになりました。
フランス、イタリア、スイス。
「フランスだけで1300種ものチーズがあるといいますが、その産地をすべて見て、食べて巡りたいと思ったんです」。
実際、主要な産地にはほとんど足を運びました。
パリのランジス市場のチーズ卸市場を回り、チーズ専門店にも足繁く通いました。
さらに、フランスの乳製品専門学校の集中講義や、チーズ店での研修も重ねました。

すると経験が買われ、ワインサロン主催の産地を巡るツアーでコーディネートを任されるようになります。
授業でも、チーズとのマッチングを試みたり、レストランへ“課外授業”に繰り出したり。
村瀬さんならではのアプローチでワインの楽しさを伝えることに心を砕きました。

ワインからチーズへ





ワイン講師になって3年が経った頃、チーズクラスの講師の海外赴任が決定。長くアシスタントを務めていた村瀬さんは、その後任に指名されます。
それからしばらくは、ワイン講師とチーズ講師、二足の草鞋。
徐々に比重は逆転し、チーズクラスを受け持つようになって3年ほど経った頃から、チーズに専念するようになりました。

ワインからチーズへ。
環境の変化が追い風となり、専門領域はこうしてゆるやかにスライドしたのです。

ミッションを託されて





チーズのコンテストで優勝を目指すようになったのも、自然な流れでした。
チーズを教え始めて3年目の2006年、初めてタイトルを獲得します。
翌年の国際大会に向けた代表選でもある、「カゼウス アワード ジャパン」での最優秀賞でした。
国際大会では、国内準優勝者とペアを組んで出場。
結果は、4位。
「表彰台を逃した悔しさに、2人で大泣きしました」。

08年、前回とは違うペアでリベンジ。
この2年間、徹底的に現地で食べ込み、研修も重ねました。
そして掴んだ映えある2位。
「正直、ホッとしました」。

しかし、田崎さんからは厳しい激励の言葉をもらいます。
「よく頑張った、でも1位でないと意味がない」。

国際大会で1位を取ることは、もはや村瀬さん個人の問題ではなくなっていました。
日本のチーズ文化の未来を開拓していく、というミッションが託されたのです。
世界1位を取り、日本人の日常にワインを根付かせた張本人からの言葉は、村瀬さんの心に重く響きました。

毎日が実践練習





「現場で経験を積まなくては」。

村瀬さんはワインサロンを退職。自宅でチーズ料理を教える傍ら、以前から付き合いのあったチーズ専門店「フェルミエ」で店長の職に就きます。
日々チーズの状態を確認し、ショーケースに並べ、お客様に説明をし、カットして、ラッピング。
数百人単位のパーティへのケータリングを請け負うこともしばしばでした。
さらに、チーズレシピを開発したり、イベントでは講義をして、チーズ料理でお客様をもてなすことも。
毎日が、コンテストに向けての実践練習でした。

極度の“楽しい集中”





資金不足により中止された「カゼウス アワード」に変わり、4年ぶりの国際大会「世界最優秀フロマジェコンクール2013」が開催されると知ったのは、エントリー〆切の1週間前でした。
余談ですがそのコンクール、告知はfacebookで行われたと言いますから、何とも今どき。
アンテナを張って、情報収集していなければ、見逃しているところでした。
慌てて履歴書と課題を提出し、滑り込みセーフ。

知識も経験も、十分に蓄えてきました。
さらに今回は、強力な助っ人を味方につけていました。
現在、村瀬さんが講師を勤めているチーズ教室「The Cheese Room」の校長であり、デザイン会社社長(自らも医系建築デザイナー)の金子敏春さんです。

「コンクール出場にあたり、様々なアドバイスをいただきました。
主催者から求められていることは何か、課題の意図はどこにあるのか、あるいはいかに精神面を整えて取り組むかといったことまで。
事前にテーマを知らされていたカッティング&盛り付けテストのイメージも、校長自ら、緻密なデザイン計画を練ってくださったんです。そして楽しんできてね!と送り出してくださいました」。

念には念を入れ、フランスのチーズ店や熟成士の下でさらに研修を積み、直前に習ったタイフルーツカービングも何度も練習。
1週間前に現地入りしてからは、日本からの一切の連絡を断ち、本番に向けて集中力を高めました。

迎えた本番。
「緊張感はありましたが、会場に流れている時間を楽しむことができました。
チーズプラトーの課題では、グランドデザインを基に楽しんで完成すればよいんだという気持ちでいれたので、コンクール中まったく迷いは感じませんでした。
時間に追われながらも、次々と新たなアイデアが浮かんできて、手もよく動きましたし。
過去のコンクールでは到達しなかった、極度の“楽しい集中”という域に達することが出来たように思います」。

満面の笑みで小さな日の丸を振る村瀬さんの姿は、フランスやイタリアだけでなく、出場していなかったスイスの新聞でも取り上げられました。

「突き詰める」ということ





「ガツガツ」や「必死」なんて言葉は到底似つかわしくない、柔らかい笑顔とおっとりした話し方。
村瀬さんを世界チャンピオンへと導いたものは、一体何だったのでしょう?

「好きなことを伸び伸びと突き詰めた結果」、村瀬さんはそう言います。

現地で話を聞き、チーズが生まれ育つ空気を肌で感じ、現地の味を確かめてきました。
常に新しい知識を吸収し、それを楽しくわかりやすく人に伝えることを心掛けてきました。
販売の現場にも立ち、チーズを取り扱う技術も磨いてきました。

「突き詰める」。
言葉で言うのは簡単ですが、これがなかなかできないんですよね。
でも村瀬さんには、「突き詰めた」という自負がある。

突き詰めたのは、経験や知識、技術だけではありません。
「チーズが好きだ」という、思い。
「チーズの面白さを、たくさんの人に知ってほしい」という一途な願い。
それはいつしか、「チーズの可能性を、自分の手で切り開くのだ」という強い意志に変わりました。
あるいは、自分がその使命を背負っているという、自覚に。

「アヒルのヒナが最初に見た動くものを親と認識するように、何かを習う時、最初についた先生の影響はとても大きいですよね」。
世界チャンピオンへの道は、ひょっとしたら、チーズに目覚めるずっと前から、意識の深いところに刷り込まれていたのかもしれません。
そう、トンカツ弁当にカリフォルニアワインを合わせた辺りから。




村瀬美幸(むらせ・みゆき)
短大卒業後、全日空に客室乗務員として入社。1995年ソムリエ資格取得、1998年から田崎真也ワインサロンに通い始め、チーズプロフェッショナルの資格も取得。教わる側から教える側へ転身し、同サロンのワイン&チーズ講師となる。同サロン3代目支配人、「フェルミエ」愛宕店・品川店店長を経て、2013年、チーズ教室「ザ・チーズ・ルーム」開校。同年、「世界最優秀賞フロマジェ・コンクール」優勝。チーズの本当のおいしさ、楽しさをより広く伝える講座を各種開催する。日本チーズアートフロマジェ協会を立ち上げ、チーズの専門家「フロマジェ」の普及と養成に力を注ぐ。

























































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