88 歳。「一日に作る豆腐は、36丁。大豆を煮る薪も、自分で割りよるよ」
生涯現役|「山口豆腐店」山口 信子
2024.05.23
text by Kasumi Matsuoka / photographs by Taisuke Turui
連載:生涯現役シリーズ
世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。
山口 信子(やまぐち・のぶこ)
御歳88歳 1936年(昭和11年)11月20日生まれ
高知県生まれ。大工の夫と結婚後、二人の子どもを出産。仕事を手伝う傍ら、40年前から手作り豆腐を作り始める。1日に5〜6回仕込んでいた時期もあるが、現在は週に1回、2回の仕込みで、店頭販売のみ。豆腐作りがない日は、畑仕事に精を出す。畑でできた作物は、「自分で食べる分はほんの少しで、ほぼ人にあげる用」とは義理の息子さん談。
(写真)町で唯一の手作り豆腐を作る山口信子さん。豆腐作りに使う薪は、今も自分で割る。豆腐作りをそばで見守る義理の息子さん曰く、「週1回の豆腐作りになって、やっと豆腐を作れる日が来た、と以前より目的意識が高まったように見える」。取材日も、早朝から豆腐を買いにくる人が続いた。山口さんの穏やかな人柄を慕って訪れる人も多い。
豆腐作りは週に1回
あとは畑仕事
うちの豆腐は、豆腐作りを始めた40年前から、ほとんど変わらん。昔、お父さん(夫)が作ってくれたかまどに、今も薪をくべて作りよう。
豆腐作りは、前日の夕方から大豆を水に浸すところから。浸す時間は、夏場は6時間、冬場は8時間が目安やね。朝は4時頃から仕込みを始めます。水に浸した大豆を機械ですり潰して、大鍋に入れた湯で30分ぐらいグツグツ煮る。泡消しを入れて、焦げ付かんようにかき混ぜながらね。薪を使いようけん、火加減や熱量は、その日に使う木とか天気によっても変わってくる。何で今も薪を使うか? 昔からずっとそうしてきたし、かまどもまだまだ使えるけんね。
大豆が煮えたら容器に移して、手動の器具で豆乳を絞って、にがりを加えます。それから頃合いをみて、型に流し込んで固め、包丁で18個に切り分けて、袋詰めしたら完成。かまどの火起こしから始めて、18丁作るのに1時間半かかる。
使う機械と言うたら、豆を潰す機械だけで、あとは手作業でやりようけんね。これを1日2回繰り返すけん、1日に作る量は36丁、浸水時間を除いた仕込み時間は、大体3時間やね。
豆腐作りを始めたのは、大工やったお父さんの弟子夫妻が、自分たちで食べる用の手作り豆腐を作りよったことがきっかけ。家庭用に作りよった豆腐やけど、自分たちでは食べきれんけん、近所の人同士で物々交換しよった。それを販売用で作ってみたらどうやろうと思うてね。私は豆腐の作り方を習って、お父さんは作業場となる小屋から、かまど、豆腐作りに必要な道具一式を全部作ってくれた。
最初は生活のために始めた豆腐作りやったけど、作るうちに楽しみになった。何で続けてこられたか? 特に考えたこともないけんど、やっぱり作ることが楽しみで、お客さんが買ってくれるのが嬉しくて、これまで続けてこられたんやないかなと思う。
今は、豆腐を作るのは週に1回。去年までは、近くの道の駅で販売する用にも、週4日豆腐を作っては、バイクで配達してきたけど、体力的にもこたえるけんね。それでもやっぱり、お客さんがここまで豆腐を買いに来てくれるけん、嬉しい。いろんな人が遊びがてら来てくれるのが、一番楽しい時間です。
豆腐作りがない日は、朝6〜7時頃に起きて、8時頃に朝ごはん。豆腐を入れた味噌汁は毎朝飲むようにしちょう。好き嫌いはなく、何でも食べます。日中は、家の前にある畑仕事をして過ごすことが多いね。季節によって、いろんなものを植えて育てよう。夜は8時頃には寝るけん、よう寝ようよ。
5年前から、娘家族が帰って来てくれて、家の向かいに住むようになったけん、ありがたいね。作業場の掃除も、娘の夫がしてくれるし、ご飯を作って持って来てくれたり、こないだも夜に地震があったら迎えに来てくれたり。
豆腐作りを40年も続けるとは思わんかったけど、作るのは楽しいし、嫌やない。やけん、できる間はなんでもやろうと思いよう。それができるように、頑張らにゃいかんね。
毎日続けているもの「豆腐」
◎山口豆腐店
高知県幡多郡大月町弘見4258-155
☎ 088-073-0630
7:30〜売り切れ次第終了
毎週木曜日のみ営業
土佐くろしお鉄道宿毛線宿毛駅から車で約20分
(料理通信)