HOME 〉

PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

85歳。「寒天は固まってみないとわからない。できが悪いとひと釜全部処分します」

生涯現役|「寒天工房 讃岐屋」工場長・岡 範子

2024.06.27

oriko_oka_01

text by Michiko Watanabe / photographs by Masashi Mitsui

連載:生涯現役シリーズ

世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。


岡 範子(おか・のりこ)
御歳85歳  1939年(昭和14 年)7月22日

6人きょうだいの三番目として香川県の農家に生まれる。20歳の頃、乞われて上京し、「讃岐屋」先代の長男と結婚。今日まで寒天をはじめ、赤えんどう豆、求肥、などを作り続けている。現在は娘婿が社長を務め、自らは工場長として、社長とともに「讃岐屋」を盛りたてる。最近はデパートのイベントなどにもひっぱりだこ。神田川に面した店舗では、テイクアウトもイートインも可能。ただし、行列覚悟で。

(写真)問屋から届く寒天の状態を確認する岡範子さん。製造現場は娘婿である社長が担うものの、仕入れた天草のチェックや完成品の味のブレは岡さんが厳しくチェックする。天草は同じ種類でも時期によって粘度の具合も異なるため、ブレンド具合や圧力のかけ方でバランスをとる。社長が進めた機械化や製造の工夫で、澱が溜まらず、膜も張らないため、ロスも少ない。


寒天が主役だから、
みつ豆には2センチ角で

6人きょうだいの上3人が女で、私は三番目。年頃だった私が選ばれて、東京にいる夫のもとへ嫁ぎました。先代、つまり義父は香川の出身。だから、「讃岐屋」と名づけたみたいです。店は大正3(1914)年創業。当時は小売りはしてなくて卸し専門でした。冬は寒天が売れないから、芋羊羹や大福とか和菓子もいろいろやっていて、私は見よう見まねで仕事を覚えていったという感じです。寒天は、大きな釜で炊いてから、流し舟に布で漉し入れて固めてましたね。私の担当は主に求肥餅でした。

店は忙しくてね。嫁に来てから19年間、田舎にかえれなかったんです。娘たちも夏休みが来てもどこにも連れて行ってやれなかった。やっと田舎に帰れた時にはほんとうに嬉しかったし、その変わり様に驚きました。

夫は7年前に亡くなったのですが、あるときから、持病のせいで、あまり仕事ができなくなっていて、私が中心でやらざるを得なくなっていました。夫亡きあとは、次女の婿が社長になって、ほとんどの仕事をこなしてくれていますので、おまかせしています。

工場の中は随分と機械化が進んで、天草(てんぐさ)を煮るのは大きな圧力釜に変わりましたが、材料は伊豆産の一番いい天草を4種類ミックスしています。粘度、香り、風味など、理想の寒天になるようブレンド。最近は天草から寒天を作るお店も減っていますが、うちは100年以上取り引きのある、信頼のおける問屋から仕入れた天草を使っています。

私は足が痛いので座ってることも多いんですけど、社長がほんとうによく働いてくれるので、安心して任せていられます。ただ、相談されることはありますよ。「今日のはどうですか」って。長年の讃岐屋の味を知っているのは私ですからね。軟らかすぎたり、仕上がりがよくない時はちょっと考えて、やっぱり処分しちゃおうと思いきって決断します。寒天って固まってみないとわからないんです。硬いのか軟らかいのか。だから、たまにですけど、できが悪いときはひと釜全部処分ということがあるんです。

うちの寒天はぶりんとしっかりした弾力と、こりっとして独特の歯ごたえ、そして香りのよさが特徴。昔ながらの味わいです。色もちょっとほんのりベージュ色でしょ。普通、みつ豆用の寒天は1センチ角に切る店が多いのですが、うちのは倍の2センチ角。本来の寒天の味をしっかりと味わっていただきたくて、そうしています。一方、求肥はふかふわもちもちの食感。どちらも、私が手で切っています。

え、お肌がきれいって? ふだんは化粧水もつけてないんです。何にもかまわない。蒸し釜から吹き出す水蒸気のせいかもしれませんね。いつも潤ってる(笑)。

毎朝5時頃起きて、パンと目玉焼き程度の朝ご飯を食べて、娘と社長と私、3人分のお弁当を作って3人で車で出かけます。6時半か7時に工場に着いて、仕事を始めます。帰りも3人で車で帰宅。それから、娘とちゃちゃっと晩ご飯を作って、23時頃就寝。お弁当のおかずは休みの日にまとめて作ったりしています。趣味がまったくなくて、一番嬉しいのは週1日水曜のお休み。5、6年前までは休みがなかったですからね。

ともかく、仕事をしているから元気でいられる。社長がいろいろと気遣ってくれるから、工場長でいられる。今は、行列ができる日もあるほど、ご愛顧いただいて、また、デパートのイベントなどにも呼んでいただいて。そうやって、元気で仕事ができていることがありがたいです。

oriko_oka_02
「こし餡あんみつ」(¥650)。コリッと歯応えのある、きりっと角の立った凛々しいビジュアルの寒天と、上品な甘さのこしあん、ほんのり塩気の効いた茹で小豆。素材の味がストレートに伝わる一品。「小倉餡あんみつ」や「杏子あんみつ」や「クリームあんみつ」も。寒天、黒蜜、求肥など、素材ごとに購入することもできるので、自宅でのアレンジもおすすめ。


毎日続けているもの「あんみつ

◎寒天工房 讃岐屋
東京都新宿区高田馬場3-46-11
☎ 03-5489-5489
11:00 ~17:00(イートインは12:00~15:30)
水曜休
西武新宿線下落合駅より徒歩7分
https://sanukiya.co.jp/

(料理通信)

料理通信メールマガジン(無料)に登録しませんか?

食のプロや愛好家が求める国内外の食の世界の動き、プロの名作レシピ、スペシャルなイベント情報などをお届けします。