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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

竹内和恵さん (たけうち・かずえ)

フルーツ加工職人

2021.04.08


農業をカルチャーにしたい


「ジューススタンド」ではなく「ジュースバー」。中折れ帽子にエプロン姿の竹内和恵さんは、月に一度、屋台に立ってバーテンダーになる。主軸は自家農園で育てたワイン用ブドウで作るジュースだ。きっかけは百貨店の催事だった。「はじめは生ブドウの販促のための試飲用だったんです。そしたらお客様から『ブドウじゃなくてこれが欲しい』と言われて」

ワイン用ブドウのジュースは、いわゆるコンコードなど生食用のジュースとは異なる渋味や苦味が自然な複雑さを与え、アルコールに代わる嗜好品としての面白さがある。「私はお酒好きで、バーに行くのも大好き。その楽しみや文化は、アルコール抜きでも伝えられると思ったんです。大人も子どもも楽しめ、フルーツ需要の間口が広がると」





text by Miki Numata / photographs by Tsunenori Yamashita

果物加工という「カルチャー」


竹内さんが農業に興味を持ったのは大学生の頃。当時付き合っていた今の夫の実家を訪ねた時、土や畑がそばにあり、採れたての野菜や果物が食卓に並ぶ豊かさに「お腹の底から温まる感覚」を覚えたのだという。卒業後はアパレルの会社で生産管理を担当しながら、農業への道筋を徹底的に探り、休みの日には市民農園で野菜を育てた。

思いを募らせた末、長野のワイナリーに転職。事務畑だったが、業務をこなしながら空いた時間には畑の仕事もワインの仕事も何でも手伝い、自身でも小さな土地を借りて野菜の栽培を始める。「周りの農家さんからはたくさん教わりました。そのうちのひとつが、『作って食べる』こと」。初めて夫の家に行った時の温かい食卓を思い出した。食卓に並ぶ漬け物や干し柿を味わい、農産物はそのまま食べるだけではなく加工することで新しい価値や文化が生まれるのだと改めて実感する。「農業の新たな可能性はここにあるのではないかと思い始めました」

長野に移住した翌年結婚。「ワインに携わる仕事をしていたので、勉強のためにフランスで暮らす計画を立てていました」。渡仏準備のさなか、直前になって「夫が長野で独立する」と。夫の友一さんは兼ねてより、高齢化による近隣の耕作放棄地を耕し直す仕事を引き受けてきた。その数が年々増え、加速が止まらないのだという。今、この土地を守り生かすことが切実な急務だと。

そんな中、「鍵は果物先進国のヨーロッパにある加工食文化にある」と、短期視察に変えて訪れたフランスの田舎で、「畑から食卓に」という意識がさらに強く育つ。果樹農家と街の菓子店・パン店を重点的に車で巡った。その中で見た、菓子や保存食、ワインなどの伝統文化。その加工を前提にした果樹栽培は「信州の保存食文化と通じる。これは受け入れられると確信しました」

日本のフルーツは生食が主流だ。生食用品種を、収量を絞って手をかけて育て、細心の注意で磨き上げ、出荷する。「ですが耕作放棄地が増える中、もっと違う方法で社会に還元できる形もあるのではと」

竹内さんが目を付けたのは、加工用品種への移行栽培だ。加工用は生食用品種と仕立て方から違い、手数が減って収量も上がる。見た目の美しさや規格に払う意識も少なく済み、その分を栽培努力に転換できる。「特にワイン用ブドウは省力栽培なので高齢化により増え続ける休耕地の活用に有効なはず」

長男の出産を機に夫の実家のある長野に戻り、加工用果樹の栽培に着手。「畑は、樹が育つ10年、20年先を見て動かなければなりません。変えるのは今だと、思い切ってプルーンやグリオット、加工用品種のリンゴ・グラニースミス、メルローやシャルドネを植え始めました」。未来への投資であり、持続可能な農業のための種まきだ。「農業を英語でいうと、アグリカルチャー。私たちは、農業を『カルチャー』にしたい」
「体験」で伝える


竹内さんは本格的な加工技術を習得するため東京の製菓学校に通った。卒業後は果樹園敷地内にアトリエを構え、ドライフルーツやジャムなどの製造販売を始める。ジューシーなセミドライのレーズン。プルーンのジャムは品種ごとに特性を生かして製法を分け、食べ比べを謳う。東京で身に付けた専門技術と感性が生きた商品は、チーズショップ「フェルミエ」や加工肉専門店「サルメリア69」など感度の高い客が集う東京の店で瞬く間に評判を呼んだ。

次に手をかけたのが冒頭のジュースバーだ。「ビーバーブレッド」の軒先を借り、「自分の思いが届く客層」を見極めての、世界観を作り込んだ屋台での直接販売。ノンアルコールカクテルやデセールを提供する。

「(2020年)4月には、ここ長野の畑の中にカフェをオープンします」。おいしいコーヒーも用意して、目の前の畑で採れたフルーツで作るジュースやスイーツを楽しんでもらい、訪れた人に農業=カルチャーを体験してもらう。「私たちらしい『アグリカルチャー』の実現に一歩前進です」
(写真左)東京・東日本橋「ビーバーブレッド」での「ジュースバー」。リアカーをベースに、その都度パーツを組み立てて作り上げる屋台の「バー」は、デザインから設計まで、すべて竹内さんのオリジナル。
(写真右)竹内さんのテーマのひとつに「循環型農業」がある。「動物は、私たちの『アグリカルチャー』に欠かせない要素です。それを含めてこそ農業文化だと思っています」。現在、畑にはヤギ1頭、鶏9羽が同居している。

(写真左)完熟ワインブドウのジュースのほか、バーでは、スパイスやフルーツのピュレなどを使ったドリンクを提供する。「なにしろバーですから」と、竹内さん。その時どきのフルーツを楽しめるカクテルなどが揃う充実のメニューだ。
(写真右)名門製菓学校「ル・コルドン・ブルー」で菓子作りを学んだ竹内さんが作るフルーツのスイーツは絶品。ドライフルーツやジャムのほか、季節によってはヴェリーヌなどのデザートも提供する。





◎ ラ・フルティエールタケウチ
長野県長野市若穂綿内8870
☎ 026-285-0590
https://www.la-fruitiere-takeuchi.com/
https://lafruitieretakeuchi.stores.jp/
Instagram:@ la_fruitieretakeuchi

◎ カフェ ル・パニエ
長野県須坂市野辺581-1 ガーデンソイル内
☎ 026-214-3837
Instagram:@ cafelepanier

雑誌『料理通信』2020年5月号 掲載)

























































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