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PEOPLE / 食の世界のスペシャリスト

88歳。「お客さまを通じて、自分の知らない世界を垣間見ています」

生涯現役|「コックドール」窪内佳子

2023.03.13

窪内佳子

text by Kasumi Matsuoka / photographs by Taisuke Tsurui

連載:生涯現役シリーズ

世間では定年と言われる年齢をゆうに過ぎても元気に仕事を続けている食のプロたちを、全国に追うシリーズ「生涯現役」。超高齢社会を豊かに生きるためのヒントを探ります。


窪内佳子(くぼうち・よしこ)
御歳88歳 1935年(昭和10年)1月1日生まれ
高知「レストラン コックドール」

高知県香美(かみ)市生まれ。21歳で「レストラン コックドール」を営む初代の元に嫁ぎ、夫婦二人三脚で店を切り盛り。夫とともに、店の内装デザインや工事の大部分も夫婦で取り組んだ。子ども2人、孫4人、ひ孫3人を持つ。長寿家系で、父は99歳、母は104歳の大往生を遂げている。

(写真)客と談笑する窪内佳子さん。親しみやすい人柄を慕う客も多い。トレードマークのショートヘアは、近所の床屋で3週間に一度カット。高知市随一の繁華街・帯屋町に位置する同店に嫁いだ際、「先輩方から“帯屋町に嫁ぐと、定年なんてない。一生働かないと”と言われたけれど、本当にそうなりました」。「コックドール」は1951年創業。瀬戸内寂聴、山本一力、王貞治、五木寛之らも通った名店としても知られる。

お店が長生きだから、私も長生きできたと思います。

「いらっしゃいませ。今日は何になさいますか?」

今は亡き夫が始めたこの店に嫁いで以来、70年近く、こうしてお客さまと接してきました。最初の頃は右も左も分からず、柱の陰に隠れて店の様子を伺っていたものです。その時分は、お客さまから「借りて来た猫」と言われていましたが、そのうち「家主になったのう」と言われるように。お客さまに恵まれ、いろんなことを教えていただいて今があります。お客さまを通じて、自分の知らない世界を垣間見ることができました。

夫が店を創業して、今年で72年。出征し、戦争で焼け野原になった高知市に戻った夫は、しばらくしてから日本料理店で修業した後、独立して割烹店を開きました。ところが当時は当たり前だった“つけ”払いの回収に苦労した経験から、全く別のジャンルである洋食屋を開こうと考えたようです。

夫は和食の道を歩んできたのですから、洋食については門外漢。板前の経験から、魚のさばき方などは若い料理人に教えたりしていましたが、料理は信頼できる調理師に任せてきました。初代チーフから代々、味を受け継ぎ、現在で6代目。代々の調理師は、主に先代からの紹介や調理師学校出身者が多く、材料の扱い方や道具の使い方から始まり、店の味を習得します。こうして長年、うちの味を受け継ぐ流れができているのは、ありがたいことです。

今は、次男夫婦に代を引き継いで店を切り盛り。調理場では孫も頑張っています。私はお客さまに料理をお運びしたり、注文を取ったりする接客を長年担当。中には4代にわたって通い続けてくれるお客さまもいらっしゃいます。

私の日常は、基本的に店を中心に回っています。朝は8時頃に起き、身支度して朝食。白ご飯に煮物と漬物、そして味噌汁やスープなどの汁物を、その日の気分で。今朝は、昨夜のうちに仕込んでおいたモロッコインゲンと厚揚げとシイタケの煮物に、カブの浅漬けと味噌汁でした。自宅から店までは、四季の風を感じながらの徒歩通勤です。ランチ営業が始まる11時半にお店に入ります。

お昼はランチ営業が終わった15時過ぎに、みんなで賄いをいただきます。その後、ディナー営業が始まる17時までは休憩時間。夜は閉店後に、みんなで賄いを食べてから帰宅します。最近は、近くに住む孫が、夜の見守りに来てくれるのでありがたいです。寒い夜に帰宅して、家の中が暖かいと嬉しいですね。帰宅してからは、お風呂に入ったり、朝食の準備をしたり、日々の出来事をメモしたりしていると、あっという間に深夜0時。寝るのは大体、それぐらいの時間になります。

今は、食材や公共料金も、何もかもが値上がりし、コロナの影響も尾を引く中で、店の営業を続けるのは何かと大変な時期です。それでも続けてこられたのは、ご来店くださるお客さまがいるおかげです。お店が長生きだから、私も長生きできたと思います。今のところ、体の不調もなく、毎日元気。だから次男夫婦から「もう来なくていい」と言われるまでは、毎日店に出るつもりです(笑)。これからも温故知新の心を忘れず、暮らしていきたいものですね。

ビーフシチュー

店の看板メニューの一つであるビーフシチュー(単品¥3,630、セット¥4,290ともに税込)。創業当初から受け継がれてきたデミグラスソースの味わいを堪能できる。全ての料理に使用する牛肉は、土佐和牛の“生”のみ。野菜は高知県産が中心。


毎日続けているもの 「デミグラスソース」


◎レストラン コックドール
高知県高知市帯屋町1-13-13
☎088-872-0745
ランチ11:30〜15:00、ディナー17:00〜21:30(21:00LO)
水曜休
とさでん交通伊野線堀詰停留所から徒歩3分

※新型コロナウイルス感染拡大等により、営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。事前に店舗に確認してください。

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