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PEOPLE / 生産者・伴走者

東京の町工場跡で実現する室内農業の新スタイル「江戸前ハーブ」

2022.09.26

text by Sawako Kimijima / photographs by Ayumi Okubo

東京の飲食店が最近注目する食材のひとつに「江戸前ハーブ」がある。料理人を経て、「梶谷農園」梶谷譲さんの薫陶を受けて独立した村田好平さんが手掛けるマイクロハーブだ。鮮度の良さ、品種本来の風味の凝縮感が人気の理由。「The Burn」「sio」「FARO」など人気レストランも愛用する。東京都大田区の町工場跡18坪の屋内で、水耕ではなく土耕で栽培するが、「欧米の都市で広まっているスタイルです。チャレンジしやすく、事業化を図りやすい」と村田さん。ハーブのクオリティもさることながら、就農の新しいかたちとして日本でも熱い視線が注がれそうだ。

目次







大学と並行してレストラン運営に挑むも挫折。

平和島や昭和島、羽田空港にほど近い湾岸地域。半導体の町工場だった60㎡の物件が、江戸前ハーブの栽培地である。15種のハーブを育て、4社の卸会社と24件の直取引によって月額約200万円を売り上げる。スーパー「ナショナル麻布」などで小売りもされるが、9割以上がレストラン需要だ。
「若芽のしなやかな食感、みずみずしさ、鮮烈な風味がマイクロハーブの持ち味。料理ジャンルを選ばず、栄養価も高い。一般家庭に浸透させたくて、『マイクロハーブサラダ』と銘打ち、調理の手間の要らない12種ブレンドのミックスハーブを主幹商品に据えていますが、まだまだレストランの引きのほうが強いですね」
シェフからの打診が後を絶たず、しかし、すでに生産能力の限界に達しているため、最近は泣く泣く断ることも多いらしい。

「マイクロハーブはおいしい!」を広めたくて、あえてサラダとして商品化。写真は小売り用のパッケージ。レストランは「マイクロハーブサラダ」をメインに、何種か単品をプラスして仕入れるケースが多いそうだ。

6割がヒマワリ、カイワレ、豆苗で、みずみずしさと立体感を、アブラナ科の水菜、赤水菜、ケールが3.5割でスパイシー感を、セリ科のディル、セルフィーユ、ニンジン、フェンネル、マリーゴールドが0.5割で野性味を出す。味の設計は元料理人ならでは。

なぜ、東京の町工場跡で室内農業なのか? 村田好平さんの怒涛の遍歴を駆け足でたどりながらお伝えしよう。

村田さんは1992年、兵庫県高砂市に生まれた。本人いわく「我が強くて、協調性に欠ける。オタク気質で思考がアグレッシブ。必要なものを選んだら、それ以外のすべてを捨てられる。0か100かの性格」。高校時代は劣等生街道を突っ走ったものの、一念発起して「阪大を目指す」と宣言。ドラゴン桜を地で行く猛勉強で見事、大阪大学の外国語学部に合格する。
が、いざ受かってしまうと途端に燃え尽きて、自分探しの日々に。語学留学と称して渡米。ロサンゼルスの日本食レストランで皿洗いのアルバイトをしたことが、飲食業への入り口になった。その後、豪州ゴールドコーストでサービスマンを経験し、帰国後は大阪のイタリアンレストランで調理を担当、店を任されるまでに。しかし、次第にすべてが空回りするようになって退職。そんな時、TV番組「クレイジージャーニー」でハーブ農家・梶谷譲さんの存在を知るのである。

「TV放映直後に速攻で履歴書を送りました。広島県三原市の梶谷農園で1カ月の研修、淡路島にある第二農園で約8カ月の仕事を通して、今の自分のベースをつくってもらった」

イタリアンレストラン時代の村田さん。大学と並行して店長を務めた期間も。ちなみに大学の卒論のテーマは「アフリカの貧困」。「食糧問題、サステナビリティ、オーガニックに興味があって、店のメニューにそれらを取り入れたけど失敗しました(笑)」 
photograph by EDOMAE HERB

梶谷農園の梶谷譲さんと。「たくさんのことを教わった。僕にとってのスーパー師匠」
photograph by EDOMAE HERB


海外の農家のSNSからヒントとノウハウを得る。

“Be you!” 自分らしくあれ!――それが、梶谷農園で働く中で、師匠・梶谷さんから受け取ったメッセージだ。だから、村田さんは常に自分らしい独立の方法を考え続けた。師匠に学んだノウハウを、どうしたら師匠とは違う形で活かせるだろう? ある時、梶谷さんが「こんなのがあるよ」と、“室内×土耕×マイクロハーブ”で成功した海外のファーマーのインスタグラムを送ってきた。

「そうだ、室内に土を持ち込めばいいんだ。室内の水耕栽培は設備費がかかり、初期投資も大きいが、土耕ならLED照明と土と種があればできる。しかも海外ではすでに浸透していて、世界中の実践者がSNSでトライ&エラーをシェアしている・・・。彼らの動画を繰り返し見ては、細部にわたるまで頭の中にインストールしました」

“室内×土耕×マイクロハーブ”という鉱脈を見つけたちょうどその頃、2人の人物の言葉に背中を押される。まず、淡路島のイチゴ農家の「農業には、技術型農業とコミュニケーション型農業の2タイプがある。マイクロハーブはコミュニケーション型農業だね。買い手のニーズを細やかに汲み取り、ニーズに応えるように栽培する」。であるならば、農業経験が豊富とは言い難い自分にもできるかもしれない。もうひとつは東京のIT企業で働く友人からの「それ、東京でできないの?」。確かに、東京で栽培したなら、最大消費地の食べ手に最高の鮮度で届けられる……。こうして、“室内×土耕×マイクロハーブ”を東京でとのイメージが固まっていった。
そうと決まれば善は急げ、村田さんは“室内×土耕×マイクロハーブ”で大成功を収めたカナダの大都市、トロントのファーマー「Living Earth Farm」からオンラインで指導を受ける。「1時間200ドルでコーチングをしてくれるんですよ」。他にも2人ほど海外の先駆的ファーマーにzoomで相談をしたという。


室内×土耕×マイクロハーブをシステマチックに構築する。

2021年6月、村田さんは農業で起業すべく東京へ移住。先駆者たちから教わった通りに歩を進めていった。

Step1.物件の確保

指導を受けたカナダのLiving Earth Farmが60㎡からスタートしたと聞いていたので、60㎡の物件を探すことに。「東京へ行ったらまず、レストランやケータリング事業を手掛ける「サイタブリア」の石田聡社長に会え」という梶谷さんの指示通り、石田氏に面会を求め、何をやろうとしているかを伝えて、「渋谷辺りの物件を紹介していただけませんか?」と打診。即座に「東京の端で一番安い物件を自力で探しなさい。そして1日も早く1円でもいいから利益を出しなさい」と叱咤された。「あぁ、おっしゃる通りだなと恥ずかしくなって、その足で不動産屋に駆け込んだ」。そうして現物件と出会う。ちなみに家賃は月額132,000円、駐車スペース込みで15万円という超格安である。

大田区大森東の町工場跡の物件。誰もこの中で野菜を栽培しているとは思わない。

Step2.設備の導入

60㎡のうち、屋内の40㎡を栽培エリア、15㎡を出荷エリア、屋外で屋根付きの5㎡を種蒔きエリアとして使用。栽培エリアにラックを入れて、LED照明を設置。ちなみに、光合成に必要なのは赤と青のみで緑は要らない。緑を抜くと電気代が安くなるという。土を張って種を蒔くトレイは日本で見つからなかったため、中国の会社からネットで購入した。

デジタルアート空間のよう。「しゃがまず立ったままで作業ができるので、腰や膝に負担がかからないというメリットもある」

Step3.栽培メソッドの確立

温度、湿度、風、光、土という5つの環境要因がどんな条件の時に最も効果を発揮するのかを見出すまで、約3カ月を要した。たどり着いたのが、空調を25℃に設定し、扇風機で絶えず空気を循環させ、湿度は50%を目安に除湿する。「日本は湿度が高いためカビが発生しやすい。教わった通りに再現しても納得のいく出来にならず、カスタマイズの必要があった」。困難を極めたのが培養土の配合で、「水耕栽培用の液肥、慣行栽培用の土、有機栽培用の土、3種を様々に買い揃えて、10通り以上試してみた。結局、有機栽培用の土で育てたものの味が圧倒的に良かった。そこからさらにこの空間に適した性質にして、かつ食味を底上げすべく、パーライト(土壌改良材)や鶏糞を独自にブレンドして『江戸前ソイル』を作り上げた」。


独自配合の土「江戸前ソイル」を深さ3cmほどのトレイに敷き詰める。コテで表面を平らにならすのも大事なポイント。

種蒔きは手で。密集しすぎると蒸れて適切に育たないので、適度な間隔が得られるように蒔く。1週間に約500枚のトレイに種蒔き。

上から圧を掛けると発芽が促進されるという自然のメカニズムに従い、トレイを重ねて重石をのせる。トレイの隙き間に発芽が見える。

品種ごとの栽培量は、基本的に前述の「マイクロハーブサラダ」のブレンド比率と同じ割合。「刈り取ればサラダになる(笑)」

水菜3日、ヒマワリ5日、ハーブ類は1週間で発芽する。出荷日から逆算して種を蒔く。

村田さんは言う、「生育条件を徹底的に突き詰められるのが室内農業の面白み。自然環境下で行なう農業は理屈で割り切れない部分があり、諦めも必要。対して、室内農業は人工的に環境をつくる分、妥協する必要がない。そして、ベストな条件が見出せたら、それは動かない。しかも、マイクロハーブは種蒔きから収穫までの期間が短いから、トライアルを何度でも繰り返せる」。

海外の先駆者が開発・販売する卓上刈取り機で収穫作業。「畑を持ち運べるから卓上で刈り取れるのもいい」

刈取り機の動力はドリルドライバー。購入者が用意して組み合わせて使う。「どの国でも使えるように」という開発者のアイデア。

Step4.営業

「栽培できても、売るのがむずかしい」とは、梶谷さんの教えのひとつ。村田さんは栽培メソッドが確立したところでレストランに営業をかけた。第1のターゲットは東京・青山「The Burn」の米澤文雄シェフ(当時)。台風の日を狙って飛び込み営業、即決で「来週から持って来て」と取り引きがスタートした。「台風の日のレストランは時間の余裕がある。シェフ自ら会ってくれる確率が高い」とレストラン出身者ならでは営業戦略。米澤シェフの紹介で「TATSUM」Iなどレストラン卸との取り引きも獲得した。

Step5.オペレーション

室内農業は、屋外での栽培と違って、環境が一定条件に設定されるため、作業がルーティン化される点は労務管理に幸いする。ノウハウさえ習得すれば誰でも作業に関われて、固定の勤務時間で回せて、休日も確実に取れる。


就農のハードルを下げたい。

「“農業で起業するために東京へ来る”という考え方にシビレた」と語るのは、広島・瀬戸田のレモン農家「たてみち屋」の菅秀和さんだ。「使用量の少ない食材であるレモンをわざわざエネルギーと送料をかけて送る作業を繰り返していると、東京で栽培したほうがいいのではないかと思うことがある。消費地の近くで栽培する方法を探る時代を迎えていると思う」。さらに「土耕を垂直に立体的に展開することで、小さな敷地で大きく栽培できて、反収が上がる。室内農業ならではのルーティン化されたアナログなシステムは革新的」と絶賛する。また、「この場所は農地ではないから、社会制度的には農業に類せず、農業に付与される保障や補償が受けられない可能性もある」と驚きの指摘も。農業に類しないとすれば何になる? 「農業と製造業のハイブリッドでしょうか」。江戸前ハーブは農業の概念を変える取り組みなのかもしれない。

気になるのが、室内農業はサステナブルなのかという点だろう。村田さんは次のように説明する。
「電力によって成立する点でサステナブルではないと感じる人もいるでしょう。でも、いろんな角度から総合的に判断すると、持続可能性は高いと僕自身は思っています。そもそも、食料自給の必要性が叫ばれる今、農業従事者の減少を食い止めなければならない。農地がなければ、技術がなければ、体力がなければ農業はできないという就農ハードルを見直すべきでしょう。また、気候変動による自然災害が多発して、農家のリスクは増大しています。その点、室内農業は、作柄や収量が天候に左右されない。農地がなくとも実践できて、自然災害のリスクがほとんどなくて、作業がルーティンなので誰でも関われて、労働時間も固定化できる。空き物件が食料生産の場になり、消費地で行なえば、鮮度良く届けられ、フードマイレージも小さい。これはサステナビリティを内包するメソッドだと思いますね」

「好奇心が強くて細部まで追求しないと気の済まないオタク気質は農業に向いている」

料理人時代、人気シェフの周りには、自分よりよほどハングリーな若者が張り付いていて、スキルアップのために勉強したいと思っても、順番待ちの長い行列ができていた。でも、農業の世界に順番待ちの行列はなく、ベテランと若手の間の密度はまばらだ。これからの日本の食を考えたら、農業の人材の密度を濃くしたほうがいい。いろんな人間が参入できたほうがいい。そのためには飛び込みやすい環境があったほうがいい。だから、地方でなくとも、農地がなくても、農家になれる道筋を村田さんは示しそうとしている。


村田好平(むらた・こうへい)
1992年、兵庫県高砂市生まれ。2011年、大阪大学外国語学部入学。2013年、ロサンゼルスに語学留学。日本食レストランで皿洗いを経験する中で、飲食業を志す。2014年、ワーキングホリデーを利用して豪州ゴールドコーストの日本食レストランでサービスを経験。2014年、帰国後、大阪のイタリア料理店でアルバイトとして調理を経験。2017年、アルバイト先のイタリア料理店に就職、店長として店舗運営と料理を担当。2018年、大学卒業。2019年、レストラン退職後、広島県三原市の「梶谷農園」で1カ月の研修。兵庫へ戻り、高砂市の市民農園でベビーリーフやハーブを栽培。2020年、梶谷農園の第二農場(淡路島)で責任者であるマリアさんのドライバーを務めながら、ハーブやエディブルフラワーの栽培を学ぶ。2021年、東京で「江戸前ハーブ」を創業。


◎江戸前ハーブ
mail:edomaeherb@outlook.jp
Instagram @edomaeherb.kohei

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