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RECIPE

板ずりしてガシガシ“つぶす”「きゅうりのシャーベット」

プラントベースの始め方19

2022.08.08

text by Noriko Horikoshi / photographs by Masahiro Goda

連載:プラントベースの始め方

健康や環境への配慮から、植物性の食材を主体とする“プラントベース(Plant Based)”な食事法が注目されています。肉や魚や乳製品に頼らずとも「おいしい」料理を作る知恵は、世界各地に存在します。身近なレシピからおいしくプラントベースを始めるヒントを紹介します。

教えてくれたシェフ
東京・渋谷「ラ・ブランシュ」田代和久シェフ

「ル・ランデ」「ギィ・サヴォワ」などフランス各地で修業、都内仏料理店を経て86年現店をオープン。2013年『田代和久のフランス料理』、2019年『シェフが好きな野菜の食べ方』(ともに柴田書店)を上梓。


技術でなく、五感で対峙。慣れないことが大事

目の前のトマトに、さっと手が伸びる。つかむ。触る。鼻に近づけて匂いを嗅ぎ、またじっと見る。淀みのない一連の動作。野菜に向き合う時は、いつもそうしているという。そこがレストランの厨房であっても、市場でも。「手に持つだけで、だいたいわかりますよね。ほどよい重みとか、実の締まり方で。で、匂いを嗅いで、‟よしよし、間違いないぞ“と確かめる感じ」と田代シェフ。「おいしい野菜は面構えがいい」が持論でもある。旬の放つエネルギーのようなものと言ってもいい。「こいつは間違いない。いい根性してるな!という顔があるんです」 

ただし、顔つきにも、いろいろ基準あり。たとえば、ジャガイモなら、ジャガイモらしい武骨な色気があるか。キュウリなら、子どもの頃に井戸水で冷やしたのをガブリとかじったような、青臭くも懐かしい野趣が匂い立っているかどうか。テクニックではなく、五感で対峙する。そして、飽きずに探し求めること。

「この料理には、このトマトじゃないと、という味があります。そのピンポイントを、草の根分けても探しにいく。見つかる時?化学反応ですよ。スパークが起こる。何と組み合わせたらいいか、レシピが無限に湧き起こってくる。まさに感動の瞬間です。そういう熱いものは、料理に映し出される気がしますね」

もちろん、スパークを感知するには、舌の修練も必要だ。だから、縁あって手にした野菜は、手を替え、品を替えて食べてみる。生で、焼いて、蒸して、煮て。未知の野菜と出会った時とて同じこと。「初めての野菜を使う時は、いまだにドキドキする」。野菜づかいの熟練でならすシェフが、そうおっしゃる。愛情という言葉では足りない。手放しの敬意である。

リスペクトは生産者にも向けられる。徒歩数分の青山ファーマーズマーケットには、ほぼ毎週末通っているという田代シェフ。行けば、決まって出店農家と話し込み、おすすめの食べ方を聞く。作り手ならばこそ知る野菜の生かし方が、料理に新しいヒントを与えてくれることも多いからだ。

こんなことがあった。ゴボウをソースに仕込む時、叩いたゴボウをしばらくおくと、色が黒く変わる。一般には“あく”“えぐみ”と呼ばれる変色だが、舐めてみると〝ザ・ゴボウ"の濃い香りがした。買い入れ先の農家に聞いてみたら、「それはあくじゃなくて個性。黒いところにポリフェノールがあって、一番栄養が集まっているところです」と明答が返ってきた。以来、ブイヨンで煮出す従来のレシピから、まず水煮でゴボウのエキスを引き出し、後からブイヨンを足す作り方に改めた。

野菜は皮の下に本当の旨味がある。そう教えてくれたのも、ある生産者だったという。トマトは湯剥きするもの。カブは皮を剥くもの。そんなフレンチの定石を飛び越え、皮も葉も根っこも丸ごと使うサラダ、スープ、ガルニチュールが「ラ・ブランシュ」のメニューに加えられてきた。和の技法とリンクする板ずりのキュウリ。皮ごとじりじり焼くズッキーニ。いずれも皮まわりの旨味を生かすべく、柔軟自在に着想された食べ方と言ってよい。一見地味な野菜に、王道のレシピを上書きさせるチカラがあることに、田代シェフの料理は気づかせてくれる。

「いや、これからも変わるかもしれません。野菜が変わりますのでね。同じ品種でも、収穫の場所、年度、時期によって味わいも食感もまるで違う。知ったつもりになって使っていると、イメージとしていた料理とは別物になってしまうことも。侮れません。何が起こるかわからないから(笑)」

目下、思案中なのは、スペシャリテのメイン素材であり、自身も愛してやまないジャガイモの、皮の活用法だという。マエストロの学びは尽きない。


<植物性食材だけでおいしくなるコツ>


1 塩はたっぷりふる
2 きゅうりは手のひらのつけ根で押し込むように潰し、生臭さと水分を抜く

「きゅうりのシャーベット」の作り方

[材 料](すべて適量)
キュウリ
シャインマスカット



砂糖

[レシピのポイント]

キュウリの下処理は、意外にも日本料理でおなじみの“板ずり”で。ただし、手法はより豪快だ。塩をたっぷりまぶし、てのひらの付け根で押し込むようにガシガシ“つぶす”。キュウリの生臭さが取り除かれ、水分がほどよく抜けて、味しみが格段にアップ。理にかなった和風の技法を、あえてフレンチにも取り入れている。

[1]キュウリを板ずりする

キュウリの表面に塩をふり、板ずりをする。体重をかけて手のひらでつぶす(すりこぎで叩いてもよい)。

[2]休ませて水分を抜く

30分おいて水分を出す。30分おくと、水分が出て味が凝縮される。

[3]ミキサーで攪拌する


ミキサーにのキュウリ、氷、水、砂糖を加え、果肉が少し残る程度に粗く粉砕する。

[4]凍らせて、フォークでかく
冷凍庫で凍らせ、フォークで細かくかく。

[5]盛り付ける

器に盛り、マスカットを添える。キュウリが香るグラニテと、芳醇な甘味のシャインマスカット。口直しにぴったりの目にも爽やかな一皿。



◎ ラ・ブランシュ
東京都渋谷区神宮前2-3-1
☎03-3499-0824
12:00~13:30LO 18:00~20:00LO
火、水曜休
東京メトロ表参道駅より徒歩10分

※新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため要請に合わせて営業時間が変わることがあります。

(雑誌『料理通信』2019年9月号掲載)

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