サバイバルレシピ05 徳島【阿波晩茶】
漬物のように漬ける 山あいの家々に伝わる乳酸発酵茶
2021.09.27
text and photographs by Koji Nakano
連載:サバイバルレシピ
⾷糧難、災害時をどう乗り越える?
人口爆発による食糧難や自然災害で、これまで当たり前にあった食物が手に入らなくなったとき、求められるのは限られた資源でサバイブする「生きる力」です。日本各地に残る保存食、発酵食、郷土食に、自然の恵みを無駄なく食べつなぐためのサバイバル・テクニックを探ります。今回は、最近人気を集めている徳島の「阿波晩茶」の作り方を、上勝在住のフォトグラファー、中野晃治さんに教わります。
目次
家に住む乳酸菌が決めるわが家のお茶の味
阿波晩茶は全国でも珍しい、茶葉を桶に漬け込んでつくるお茶。緑茶や紅茶と違い、微生物(乳酸菌)で発酵させる「後発酵茶」に分類される。きれいに澄んだ山吹色で、独特のやさしい香りと爽やかな酸味が特徴だ。上勝町や那賀町、美波町など徳島県の山間地域で、1年分の自家用茶として、家々で受け継がれてきた製法で作られている。
2021 年3月、その製造技術が評価され、国の重要無形民俗文化財に指定された。また、最近の研究によると、プロバイオティクス(腸内フローラのバランスを改善することにより人に有益な作用をもたらす生きた微生物)飲料としての役割も期待されている。
その歴史は弘法大師が伝えたとされるなど諸説あるが、定かではない。晩茶の名の由来は、やわらかな新芽の5月頃にではなく、葉が成長して厚みの出る遅い時期(主として7月中旬頃)に摘むため。茶摘みは枝についた葉すべてを指でしごいて摘む。
わが家(上勝町)では、夏のもっとも暑い土用の頃に大きく成長した葉を摘み、薪をくべて釜茹でし、舟と呼ばれる昔ながらの道具で摺った後、木桶に漬け込み、重石をする。半月ほど漬け込み(気温の高い夏場は発酵が促進されると言われている)、嫌気性発酵させる(無酸素状態を好む乳酸菌がここで活躍する)。よく晴れた日、早朝から茶葉をからっと天日干しして仕上げる。すべてが手作業だ。
現在、上勝町では茶摺りの工程は揉捻機を使ったものが主流で、舟で摺る家は希少に。ふたりが対面する形で、櫓(ろ)を漕ぐ要領で茶葉を摺っていく。この時、摺り手の息が合わないと櫓を滑らかに動かすことができず、茶葉を上手に摺ることができない。よく摺ることで茶葉を傷つけ、発酵しやすくするのだ。わが家では毎年親子3代で交代しながら舟を漕ぐ。昔ながらの作り方を通じて家族の絆も深めてくれる、郷土のお茶である。
各家に生息する乳酸菌や使う道具、摺る時間、漬け込み時間の違いから、色や味、香りに特色があるのも魅力だ。みんな「わんく(わが家)のが一番!」と自負するお茶で、地元の産直市「いっきゅう茶屋」や「しのぶちゃんの晩茶屋」では、上勝のいろんな農家の茶葉を販売している。
夏の土用に行う、晩茶の作り方(中野家の場合)
1.茶摘み
枝についた茶葉を手でしごいて摘み取る。それゆえ指にはテーピングし、保護している。わが家では3日間かけて茶摘みを行う。
2.選別
大きな枝や実などを取り除き、できるだけ茶葉のみに選別する。この後の工程でも随時見つかったら取り除く。
3.薪をくべて茹でる
茶葉を釜茹でする。杓子を使って上へ下へと混ぜながら、ムラのないよう、均一に茹でる。薪はカシなどの雑木。灰を取っておき、こんにゃく作りで凝固剤に使う。
4.舟で摺る
舟と呼ばれる昔ながらの道具で、ふたり向かい合って櫓を漕ぐ要領で前後に動かしながら、茶葉を摺る。
舟の仕組み
シュロ紐で編んだ簀の子(すのこ)の上に3の茹でた茶葉を入れ、櫓の先に付いた“摺り板底面”(三角の突起が連なる形状)で摺る。
5.木桶に漬ける
摺り終えた茶葉を木桶に漬け込む。茶葉の層を杵で突いて空気を抜く。
6.嫌気性発酵させる
3~5を繰り返し、すべての茶葉を漬け込んだら、上にシュロの葉(殺菌効果があると言われている)を重ねて蓋をし、さらに木蓋をのせ、その上に重石をする。自然に冷ました茶葉の茹で汁を入れて半月ほど漬け、桶の中で発酵させる。
7.天日干し
晴天の日、早朝からむしろ(藁で編んだ敷物)の上に茶葉を広げ、乾燥させる。茶葉は木桶の中でミルフィーユ状に重なっているので、それをほぐしてからむしろへ。表裏を返しながら天日で2日間干す。
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急須でホット、水出しでアイスに。晩茶の楽しみ方
晩茶を淹れる時は、上勝の水がお薦め。と言っても現地でないと手に入らないので、軟水のミネラルウォーターでお試しを。
■急須の場合
急須に茶葉をひとつまみ(約3g)入れ、熱湯500mlを注いで約3分間抽出する。夏は濃く出して氷を入れた容器に注ぎ、急冷するときれいな色を保てる。また、朝、やかんに入れて1日分を煮出して飲む、昔ながらのスタイルもある。冷めたお茶はそのまま飲んだり、冷蔵庫で冷やしてもよい。
■水出しの場合
ガラス容器に茶葉をひとつまみ(約3g)入れ、水500mlを注いで約5時間抽出する。
水出しは長時間茶葉を浸けていても雑味が出にくく、すっきりとした味わい。
※急須も水出しも好みに応じて茶葉の量を調整する。
<阿波晩茶が買える場所>
◎いっきゅう茶屋
徳島県勝浦郡上勝町福原字下日浦76−12
☎0885‐46‐0198
http://www.ikkyuu-chaya.com
◎しのぶちゃんの晩茶屋
徳島県勝浦郡上勝町大字生実字久保61
☎090‐1901‐7442
https://shinobuchan.shop
中野晃治(なかのこうじ)
徳島県出身、上勝町在住のフォトグラファー。阿波晩茶をはじめ、こんにゃく、豆腐・・・など祖母から山の暮らしを通じて、自家製の愉しみを教わる。徳島県農産加工マイスター。「かみかつ時間編集室」名義で、リトルプレス「かみかつ時間」などを不定期刊行。「しわしわ、ことこと(慌てず、ゆっくりという方言)」をテーマに人口1500人が暮らす山里ならではの食や暮らし、ひとの魅力を伝える。https://folklore5.wixsite.com/kamikatsujikan